第24話「月香の“介入しない介入”――残像が残す手紙」
週末。京香は図書館へ行くつもりだった。
でも図書室の件があって、白い場所が少し怖い。代わりに自宅で参考書。
机のライトの温かい色が安心だ。
母の白衣を思い出す。
白が怖くないときもある。白は命を守る色でもある。
シャーペンを握ると、指先がすぐ冷える。
ため息をつき、体温計を挟んだ。
35.9。
「……落ちてる」
数字は嘘をつかない。
でも数字だけで全てを語れない。
メモに書く。
『体温−0.5/指先×/夢:危険』
その瞬間、硬貨が机の上でわずかに動いた。
勝手に、ではない。“示す”ように。
胸の奥が低く言った。
(……来る)
眠っていないのに、視界が白くなる。
白い霧が部屋に差し込み、窓の外の音が遠ざかる。
月香の夢の白だ。
「……月香?」
返事はない。
でも机の上に紙が一枚あった。さっきまで無かったはずの紙。
白い便箋。六つの円が薄く透かしで入っている。
震える指で触れる。
触れた瞬間、視界の端に雪が差し込んだ。
文字ではなく、感覚が流れ込む。
——私は介入しない。
——でも、記録は残す。
——あなたが選ぶために。
紙の上の字は読めない。
でも意味だけが読める。
最後にひとつだけ、鮮明な一文が浮かび上がる。
『嘘をつくな。嘘は命を奪う』
医療の倫理と同じ言葉だ。京香は息を止めた。
「……月香、あなた……看護の人みたい」
月香は答えない。
答えないのが“介入しない介入”。
それでも次の感覚が流れ込む。
——ユッキーは嘘をつかない。
——でも、知らないことがある。
——知らないことが、あなたを削る。
京香は唇を噛む。
知らないことが削る。だからチェックする。だから記録する。
京香は紙を机の引き出しにしまった。
お守りとしてではなく、カルテとして。
「ユッキー。あなたは嘘をつかない。でも、知らないことは“知らない”って言って」
(……うむ)
「私も、怖いって言う。怖くないふり、やめる」
胸の奥が少しだけ柔らかくなる。
心拍が整う。それが不思議で、京香は小さく笑った。
「ねえユッキー。あなたが近いと、なんか落ち着く」
(……近いとは)
「距離。……心の距離」
答えはない。
でも逃げもしない。
その沈黙が京香には優しい。
白い霧が引く。部屋が戻る。
引き出しの中の紙は残っている。夢ではない証拠だ。
京香はその紙に、赤ペンで追記した。
『嘘はしない。怖いは言う。兆候は記録する』
——医療みたいに。
——人生みたいに。




