第20話「封印の失敗――“次は守れない”という影」
夢は、唐突に始まる。
京香は、雪の匂いで目を覚ました。
目を覚ました、というより——夢の中で目を開いた。
白い野。
息が白い。
火の粉が遠くで舞っている。
規律正しい軍靴の音が近づく。
その音は、恐怖ではなく“整然”としている。
整然とした暴力が、いちばん怖い。
雪の中に、女が立っている。
月香。
振り返らない。
背中だけで、意志が伝わる。
京香は一歩近づいた。
足が雪に沈む。
沈むたびに、体温が奪われる。
「……月香」
名を呼ぶと、胸の奥が痛む。
繋がるから。
月香は振り返らないまま、雪の向こうを指した。
そこに“影”が立っている。
最初の影は、鎧の重さを持つ。
次の影は、馬の速さを持つ。
次の影は、槍の強さを持つ。
次の影は、忠誠の狂気を持つ。
四つの影。
京香は、名前を知らないのに“徳川四天王”だと直感した。
そしてそのさらに奥。
影の中心に、もう一つ。
僧衣の影。
顔は見えない。
だが、その影だけが“言葉”を持っている。
『秩序は、恐怖ではない。秩序は、救いだ』
声が、やさしい。
やさしいほど、背中が冷える。
月香の肩が、ほんの少し震えた。
恐怖ではない。
——決意の震え。
雪の中で、月香が初めて、京香へ“言葉なし”で伝えてくる。
——あの夜、私は限界を超えた。
——止めたかった。
——でも、封じきれなかった。
京香は息を呑む。
封印の失敗。
事件は防いだのに、根は残った。
月香が雪の中へ、ゆっくり歩き出す。
歩くたび、足跡が薄くなる。
存在が薄くなる。
京香は叫ぶ。
「行かないで!」
叫びは、恋じゃない。
でも、喪失が怖い叫び。
月香は振り返らないまま、最後に一度だけ首を傾けた。
それが“さよなら”ではなく、“託す”の合図だと京香は分かった。
——次は、あなたが選ぶ。
——でも、同じ道を歩くな。
——守れ。自分を。
そこで夢が崩れた。
京香は自室で目を開け、息を吸った。
指先が冷たい。
冷たさが、昨日より一段深い。
(ユッキー……)
胸の奥から返事が来る。
いつもより、苦い声。
(……見たか)
「見た。……封印、失敗したの?」
ユッキーの沈黙は、肯定だった。
京香は喉が詰まる。
「じゃあ……私たち、勝てないの?」
(勝つ)
ユッキーが言った。
短い。強い。
だが、その強さの裏に、恐怖がある。
(……だが、次は守れないかもしれぬ)
京香の胸が凍った。
守れない。
それは世界ではなく、京香のことだと分かる。
「ユッキー」
(……うむ)
「私、まだ、世界を救う覚悟はない」
(……うむ)
「でも、守られっぱなしは嫌」
京香は硬貨を握り、冷たさに耐える。
耐えるだけで、何かが減っていく気がする。
——代償。
「だから、私が選ぶ」
ユッキーの気配が、少しだけ柔らかくなる。
それは安心ではない。
“覚悟の共有”だ。
窓の外で風が鳴った。
雪の匂いはしない。
でも、世界は確実に次の夜へ進んでいる。
そして遠くで、誰かが拍手をした気がした。
拍手は、正しさを作る。
正しさは、刃になる。




