第42話 それは、ありふれた物語
「今日はどんな依頼があるかしらね」
宿を出て、シグルドと二人で冒険者ギルドに向かって歩く。とはいっても、まだまだ薬草などの採取がメインで討伐らしい討伐はしていない。
「洞窟にヒカリ苔を取りに行くのはどうかな」
「苔?」
私は正直、あまりピンとこなかった。
「薬に使われる素材なんだ。洞窟の中は薄暗いから注意は必要だけど、特に危険な魔物はいない。買取金額はそれなりだけど、駆け出しの冒険者には向いているし、一度トリアを連れていきたいと思っていたんだ」
「楽しそうね、そこにしましょう!」
危険度は高くないとシグルドはいうし、洞窟というのはなかなか冒険者っぽいのではないだろうか。
冒険者ギルドについて、シグルドが受付で依頼受理の手続きをしている時だった。
「お姉さんたち、冒険者? 洞窟に行くの?」
声を掛けられ、そちらに顔を向ける。10歳頃だろうか、困り切った顔をした少年がこちらをうかがっていた。
「ええ、そうよ。今日はヒカリ苔の採取に行く予定」
私の言葉に、少年はホッとした顔を見せた。
「ヒカリ苔が必要なの? 夕方には戻るから、その頃にまた来たら買えるのではないかしら」
少年は少し迷ってから、意を決したように言った。
「ぼくも、一緒に連れて行ってくれませんか」
「洞窟へ?」
こくん、と少年が頷く。
「薬が必要なんだけど買えなくて、せめてヒカリ苔を食べさせるだけでも効き目があるって聞いたんだ」
その声は、どこか必死だった。
話を聞くと、少年の犬が体調を崩しているらしい。人間にとっても安くはない薬を犬のために買うような余裕はないとお母さんにいわれて思いつめている様子だった。
「それで、自分で取りに行こうと思ったの?」
少年が頷く。
私は胸が締めつけられるような気持ちになった。
確かに、強い魔物も出ない初心者向けの依頼だとシグルドはいった。だけど、それはあくまでも装備を身に着けた冒険者にとって、だ。何も持たない、日本でいえば小学生くらいの少年にとっては、どれだけの覚悟が必要なことだろう。
「お姉さんたちの邪魔はしないよ、だからお願い。一緒に行かせてほしいんだ」
「大事な友達なのね」
三度頷く少年に、私はどう答えるか考えていた。
──連れて行ってあげたいけれど。
自分も初心者でシグルドに守られてばかりの状況だ。もう一人となればシグルドに負担が増してしまうだろう。勝手な判断はできない。
考え込む私に、少年がすがるような眼を向けてくる。
「あの、ね」
「坊主、俺たちに任せておけ」
言いかけた私を遮るように、後ろからシグルドの声がした。
「苔を取って昼過ぎには戻るから、その時にまた冒険者ギルドの前にくればいい」
「お兄さん、いいの? だけど、僕は依頼料が払えないから」
自分でいかないと、と少年が口ごもる。
「子供がそんなこと気にするな。でもギルドの職員の前で大っぴらにやるわけにはいかないから、中には入らず入口の横で待っていてほしい」
できるか、とシグルドが少年にいう。
「うん!」
少年は大きく頷いてシグルドを見上げた。
「お兄さん、ありがとう! 僕、ここでずっと待っているよ」
「昼過ぎにもう一度くればいいよ、お前の友達のそばにいてやれ」
シグルドが少年の頭をなでると、彼は泣きそうな顔をして、コクコクと二度頷いた。
「じゃあ、また昼過ぎにな」
「ありがとう、お兄さん、お姉さん!」
少年は大きく手を振って、街中に走っていった。
「さて、重大な依頼になったな」
「ええ、失敗できない大仕事ね!」
ありがとう、というと。シグルドは優しく微笑んで、いこうかと私の背中を軽く押した。
森の中を10分程進んだろうか、地面から生えるようにぽっかりと暗がりが口を開けている。
「わぁ、本当に洞窟だわ!」
「危険な魔物は出ないけれど、中は暗いから気をつけて」
シグルドがランプを灯し、私に差し出してくる。
「悪いんだけど、ランプを持ってもらえるかな? 片手は剣のために空けておきたい」
「もちろんよ!」
私はシグルドが差し出すランプを受け取った。シグルドはスラリと剣を抜いて、構えるでなく体の脇にだらりと下げている。そしてもう片方の手を私に差し出した
「さあ、行こう」
「手がふさがってしまうわよ?」
「万が一にもトリアとはぐれるなんて考えたら、その方が落ち着いていられない。こうしているのが一番冷静に冒険できるんだよ」
シグルドに手を取られて、初めての洞窟探検に私は胸を高鳴らせながら中へと足をすすめた。
「空気がしっとりしてる」
だけど、想像していたようなジメっとした感覚はない。
「薄暗くてひんやりしていて、夏はお昼寝がはかどりそうね」
「トリアが昼寝がしたいなら、オレが見張りに立つよ」
クスリとシグルドが笑った。
洞窟内はどこかから光が差し込んでいるのか、真っ暗ではない。ランプがなくても進めそうだけど、あったほうがより安全、という感じだった。
私たちが二人並んで歩ける程度の通路を何十メートルか進んでいくと、天井の広い開けた場所にでた。
「ここがヒカリ苔の採取場所だよ」
「なんだか、不思議な空間ね」
広場のような空間の中央にこんもりと苔の生えた大きな丸い岩がある。まるで、苔をみっしりと積んだ大きな丸テーブルのようだった。
「苔は日持ちがしないから、小さな袋に一杯分だけ摘んでいこう」
苔を取りつくさないことが大切なんだよ、とシグルドが教えてくれる。
私は屈んで、そっと苔を摘み取っていった。
「こんなものかしら?」
「そんなものだね。それから、こっちにあの子の分をいただいていこう」
シグルドが手のひら程の巾着に苔を摘み取っていく。
「あの子の犬、元気になるといいわね」
「ああ」
「じゃあ、さっそく戻りましょうか」
きっと、心配で首を長くして待ちわびているだろう少年が思い浮かんでしまう。
「その前に、ちょっとだけ」
シグルドが私の手からランプを取って、そっと灯りを絞った。
「シグルド、どうして?」
慌てる私の手を、シグルドがぎゅっと握ってくれる。
「大丈夫、すぐに目が慣れるから。落ち着いて、一度目を閉じて」
正直、怖い気持ちはあった。だけど、シグルドが握ってくれる手の力強さを信じて、私はいわれるままに目を閉じる。
少し浮遊感を感じたけれど、シグルドが体を包み込むように支えてくれた。
「オレが五つ、数えたら目を開けて」
いち、に、と耳元で優しい声がする。そして。
「さあ、目を開けて見て」
いわれるままにゆっくりと瞼を開くと、目の前の黒々と見えていた苔が淡く光っていた。
「きれい……」
蛍ほどではないけれど、ぼんやりと薄緑色の光が周囲を照らしている。
「一度、トリアに見せてあげたかったんだ」
シグルド曰く、苔は摘んで持って帰っても光らないのだそうだ。ここのような群生地で根のついた状態でうっすらと光るから、その場に足を箱まないと見ることができないもの。
「冒険者でないと見られない贅沢ってことね」
「そうだな」
私たちは少しの間、その幻想的な光景を二人締めした。
「坊主、待たせたな」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
約束通り、冒険者ギルドの傍らで待っていた少年にシグルドが小袋を渡す。
「あんまり強く握ると、中の苔が潰れてしまうぞ」
「あ、そうか。気を付けるよ」
シグルドの声に、少年が手をゆるめた。
「ヒカリ苔って、本当にキラキラしてるんだね」
少年が無邪気にそういった通り、昼の明るい陽射しの中、小さな麻の袋越しにもキラキラと光を放っているのがわかる。
「あなたのお友達、元気になるといいわね」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
少年が嬉しそうに私を見上げていた。
「相棒が待っているんだろ、早くいってやれ」
「うん、二人とも。本当にどうもありがとう!」
少年が上げた手を振り、また街中に消えていく。その背中を二人で手を振りながら見送る。
「トリア、三回くらいかけたの?」
「念のため、五回かけておいたわ」
「犬、元気になった途端に火を噴くようになったりして」
「大丈夫、かけたのは治癒だけだから」
「なら安心だ」
ふふっと二人で顔を見合わせて笑う。
少年に渡したヒカリ苔には、洞窟を出る前にこっそりと治癒を重ね掛けしておいたのだ。
明日には坊主と走り回っているな、と。シグルドの優しい声がする。
「無事、依頼達成ね!」
私が差し出した手に、シグルドがパチンと手を合わせてくれた。
「さて、こっちの苔をギルドに買い取ってもらったら、俺たちは屋台に昼飯でも冷やかしにいこうか」
「そうね、今日は何を食べようかしら」
「戻ってくるまでに考えておいて」
そういってシグルドはギルドの入口をくぐっていった。
彼が買い取りの手続きをしている間、私は街を行く人たちを嬉しい気持ちで眺めていた。
「お待たせ」
背後から、聞きなれた優しい声がする。
「手続きありがとう」
「大した手間じゃない。それで、お昼のメニューは決まった?」
「三つまでは絞ったんだけど、あとは実物を見てから決めるわ」
「三つ買ったって大丈夫だよ?」
オレが食べるから、とシグルドは真面目に言う。
「じゃあ、一緒に選びましょう」
いいね、と笑うシグルドを見上げる。
「ねえ、冒険者って素敵なお仕事ね」
シグルドが柔らかいまなざしで私を見下ろしている。
「ああ、トリアは冒険者に向いているな」
ふふっと顔を見合わせて笑って。私たちはまた歩き出した。
ずっと、こうして二人で。吟遊詩人が歌にすることもないような、小さな冒険を重ねていくのだろう。
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