第41話 Happily ever after
「これでいよいよ、私も冒険者ね!」
店内には所狭しと武器や防具などが並べられている。
「これ、どうかしら?」
さっそく目についた立派な剣を手に、しようとしたが思いのほか重たくて私はちょっとよろめいた。
「トリアッ」
駆け寄ったシグルドが支えてくれる。
「おいおいねーちゃん、しっかりしろよ」
いかにも武器屋といった、ヒゲもじゃの巨漢おじさんに笑われてしまった。
「持ち上げることすらまともにできないなんて。私、これでも一年以上剣の稽古をしてきたのに」
手に豆まで作って真面目に頑張ったのに。少しばかり、冷や水を浴びせられたような気持ちになってしまった。
「前にもいっただろ、剣は体格や腕力にあわせないと怪我をすることもあるって」
これはトリアには少し大き過ぎただけだよ、とシグルドが微笑んだ。
「あ、そうだったわね。私、つい」
そういえば、学院の中庭でシグルドが用意してくれていた剣はもっと細身で刀身も短かった。
「じゃあ、もっと小ぶりの剣を……」
店内に視線を走らせる。
「うーん、それなんだけど。剣ではなくて弓ではどうかな?」
「弓?」
バートンさんと同じ、という言葉は吞み込んだ。
「私としては、せっかく剣の稽古をしてきたからそれを活かしたいって思っているのだけど」
なんといっても、冒険者といえば剣、という感じがするし。
「これまではトリアの護身としての稽古だっただろう? 冒険者としてやっていくなら俺としては弓にしてもらいたいんだ」
「どうして?」
シグルドに否定されたようで、少し心が痛んだ。
困った顔で、だけど優しい声でシグルドはいう。
「剣っていうのは、刀身が届く距離じゃないと役に立たない武器だ。目前で敵と相対する接近戦になる。血しぶきが飛ぶこともあるし、手には、その……」
魔物を切る感触もある、とシグルドが声を低くした。
その言葉にハッとする。
「冒険者として剣を選ぶって、そういうことなのね」
元日本人で公爵令嬢だった私が、目の前の魔物を切った時にどんな心境になるだろう。高揚感か、それとも……。そもそも、前衛として敵の目の前で戦えるだろうか、そう考えると。否だった。
「ごめん、トリアの望みをなんでも叶えてあげたいんだけど、これだけは譲ってほしい。危険から距離を置いて後衛についてほしいんだ」
シグルドが真剣なまなざしで私を見つめてくる。
「私、考えなしだったかも」
意気消沈した私に、シグルドが優しく首を振った。
「まずは遠距離からの戦いになれていこう。いずれトリアが望むなら剣はその時に考える」
いいかな、とシグルドがいう。
「そうするわ、ありがとう」
おそらく、もう剣で戦おうとは思わないだろうけど。私のやる気や安全を優先しようとしてくれる、シグルドの気持ちが嬉しかった。
「じゃあ、弓にするわね!」
私が目についた弓を手に取ろうとして、大きすぎると店主に笑われたり。シグルドが私にやたらと防具をたくさんつけさせようとして店主に過保護すぎると笑われたり。
紆余曲折を経て、私の装備が揃った。
軽い革の胸当てと手袋に弓を背負った出で立ちは、どこか前世の弓道を思い出させる。この世界ではありふれた、どこにでもいそうな新人冒険者そのものだ。
手をニギニギとしてギュギュっとなる新しい手袋の感触を確かめる。鏡の中の自分の“冒険者ぶり”に満足していると、店主がやれやれといった顔をした。
「さっきから見てると、いくら新人にしても危なっかしいねーちゃんだなあ。怪我するなよ」
「怪我なんかさせないさ」
私が言い返す前に、シグルドが店主にいった。それから、少し真剣な顔をして。
「もう誰も、何も。あなたを傷つけさせない」
私を覗き込む、琥珀色の瞳。静かなのに熱を感じる視線と誓いのようなその言葉に、私は呼吸の仕方を忘れてしまった。自分の心臓の音が耳の奥でドキドキと早鐘を打つ。
「ったく、惚気はもう結構! お前らさっさと金置いて出てけってんだ」
ガハハと笑う店主の声に追い出されるように、私たちは店をあとにした。
◇◇◇◇◇
「さあ、冒険者の初手といえば薬草採取ね!」
真新しい装備に身を包んだヴィクトリアが気合十分にいう。
武器屋を出て、二人は町からほど近い林が見える草原にいた。弓を買ったのだからてっきり討伐に行くものだと思っていたシグルドは、拍子抜けしつつもホッと胸をなでおろしていた。
──薬草採取なら、そう危険なこともない。
「私はこれでも、子供の頃は四葉のクローバー探しの名人といわれていたのよ」
足元を見ながらゆっくりと進んでいくヴィクトリアの後ろを、辺りを警戒しながらも微笑ましい気持ちで歩いていたシグルドはふと気づく。
──誰に名人といわれたんだろう。
幼い頃から友達がいなかったと以前にきいたことがある。王家からほかの貴族家との付き合いを制限されていたとも、友達がいなかったとも。
──王子、なのかなあ。
あの日、王城でヴィクトリアの指から抜いた大きな大きな王子の瞳の色をした石のついた金の指輪を投げつけてきた。そして美しいドレスに身を包んだ彼女を竜に乗せて連れ去った。
あの時、『ヴィクトリア、いくな』と叫んでいた王子の捨てられた子供のような顔をシグルドは思い出す。
特待生に現を抜かしながら、それでもヴィクトリアと結婚しようとしていた王子。
──トリアが自分から離れていくなんて、考えたこともないって顔してたなあ。
かわいそうだとは思わない。全然、まったく。だけど、自分が決して知ることのできない王子とヴィクトリアだけの思い出が、他にもたくさんあるのだろうと思うとイラつくのが止められないだけだった。
「どう、シグルド。私もなかなかのものでしょ?」
ヴィクトリアの声に、シグルドが我に返る。いつの間にか、手にしたかごを薬草でいっぱいにしたヴィクトリアが誇らしげに立っていた。
「あっという間に、すごいな」
素直に感嘆すると、彼女は満面の笑みを見せた。それから、細い指が白い頬にかかる髪をはらった。
「あっ」
つい声を漏らしたシグルドを、彼女が不思議そうに見る。
「どうかした?」
「指についていた土が、頬にもついてしまったようだ」
シグルドが手を伸ばしてそっと拭う。
「ありがとう……」
ヴィクトリアは少し恥ずかしそうに礼をいった。
「土の女神かな」
「え、いやだ。そんなに汚れている?」
ヴィクトリアは腰から下げた小物入れを探って、ハンカチを取り出し顔を拭った。
彼女は知らないのだろう。学院で、下級貴族の男性学生連中から密かに月の女神と称えられていたことを。
将来は王族になる王子の婚約者で公爵令嬢だった。背中を覆っていた、月光のように輝く銀の髪はすっかり短くなった。美しいドレスでも上品な学院の制服姿でもない。身に着けているのは小さな町の武器屋で売っているような、ありふれた装備。だけど。だから。
「きれいだよ」
「よかった」
ヴィクトリアがホッとした様子でハンカチをしまう。
「さあ、もうひと頑張りして、このかごを薬草で山盛りにするわよ!」
あそこにもあったわ、と。まるで宝物でもみつけたようなキラキラとした瞳で、彼女は駆け出した。
将来の王妃に相応しく、天上で一人静かに輝いていた彼女が。今、自分の隣で、自分にだけ向けてくれる笑顔がシグルドは嬉しかった。
──こんな笑顔は、あいつは絶対に見たことがないはずだ。
王子だけじゃない。たぶん、他には誰もいないだろう。
──自分だけ。
確かな優越感は、いささか後ろ暗い気持ちにもなる。自分は思っている以上に狭量な人間だったと知らされるから。
「シグルド、見て見て! あそこ、木の実がなっているわ」
楽しげな声に視線を向けると、ヴィクトリアが弾ける笑顔で手を振っている。
「ああ、よく熟しているみたいだな」
「そろそろおやつの時間にちょうどいいわね」
ヴィクトリアは踵をあげて、木の実に手を伸ばした。が、惜しくも届かない。それでも諦めずに手を伸ばすヴィクトリアの足元は少し危うい様子だった。
「待って、俺が取るよ!」
シグルドは風を切るように駆け出した。
◇◇◇◇◇
「今日は大収穫ね!」
「トリアは本当に採取の名人だったね」
かごいっぱいの薬草を手に、袋いっぱいの木の実を背負ったシグルドが隣で笑っている。
「そろそろ町に戻ろう。日が暮れる前には宿屋に入りたい」
「そうね」
シグルドに促されて、私たちは町に向かって歩き出した。
「私の冒険者デビュー、まんざらでもないわね」
「まんざらどころか、満点なんじゃないか?
「じゃあ、今日の夕飯はお祝いにしましょうよ」
「ああ、トリアの冒険者デビュー記念になんでもごちそうするよ」
「あら、私がごちそうするわ。その薬草の買い取り代金でパーッとやりましょう!」
えへん、と私が胸をはると、シグルドは少し申し訳なさそうに笑った。
「確かにかごにいっぱいあるけれど、ごめん、全部買い取ってもらってもそこまでの金額にはならないかもしれない」
「そうなの? 残念。だけど、そう遠くないうちにシグルドにごちそうしてみせるわ。待っててね!」
「焦ることないさ、これからはずっと一緒なんだから」
シグルドの優しい微笑み。私は自然と足が止まって、シグルドを見つめ返した。
──そうだ、これからはずっと一緒にいられるんだ。
改めて、嬉しくも、ちょっとくすぐったい気持ちになる。
「いこうか」
一歩先で足を止めていたシグルドが、そっと手を差し出した。
「いきましょう!」
シグルドの手を取ると、ぎゅっと強く握ってくれる。
私はシグルドに並んで歩き出した。
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