第25話 決裂
「クロイツ君」
放課後、気晴らしがてら裏庭で剣を振っていると、バートンが現れた。
「その、お昼はごめんなさい。言い過ぎたわ」
ちらりと見やって、手を止めることをなく剣を振り続ける俺にバートンが言い募る。
「ねえ、私、謝っているのよ」
俺は剣を降ろして、一つため息をついた。
「わかった、謝罪は受け入れるよ。だからもう関わらないで欲しい」
「どうして? 許してくれたのならいいじゃない」
「バートンは冒険者として俺を誘いに来てるのではなく、貴族としてあの人に取り入りたいとわかった。もう、これ以上近づけるわけにはいかない」
「なによ、それ」
バートンの声が高くなる。
「冒険者として私がいくら誘ってもクロイツ君は応じてくれなかったじゃない。それなら、せめて将来の王妃と知り合えた機会を貴族令嬢として家の役に立てようと思ってやっているの。何も悪いことはしていないわ。そんなの、貴族として当たり前のことじゃない」
「それなら貴族としてお茶会や社交界で誘えばいいだろう? 貴族の利益を得るために、冒険者の顔で俺を足掛かりにするのはやめて欲しい」
バートンが顔をゆがめた。
「何が、“あの人に近づけるわけにはいかない”、よ。クロイツ君なんか冒険者のくせに。ちょっと剣の指南を頼まれたくらいで。王家の、王太子の婚約者にのぼせ上がってまるで忠臣の騎士気どり?」
「……何をいっている?」
俺の低い声を、バートンが皮肉そうに笑った。
「隠しているつもりなの? 見ればわかるわよ。好きなんでしょう、アーヴィング様のこと。でもね、あの人は公爵令嬢で王太子の婚約者よ。将来はこの国の王妃になる、私たちになんか目もくれない雲の上の人」
わかっているさ、そんなこと。返す言葉もなく目をそらした俺に、バートンが妙に優しい声音でいう。
「ねえ、絶対に手の届かない人なんてさっさとあきらめたほうがいいわ」
「バートンには関係のないことだ」
「そんなことない。だって、私ならあなたとずっと一緒にいてあげられるわ。あの人は王族になる人。学院を卒業したらクロイツ君なんて近寄ることも許されない。でも私となら、ずっとずっと一緒に冒険者をしていけるじゃない」
腹の底でふつふつと湧き上がるどす黒い感情を押さえつけるために黙っている俺に、バートンがいっそ得意げに続ける。
「地方の男爵家とはいえ、クロイツ君だって貴族の出身だもの。いくら王都育ちとはいえ庶民の冒険者女性とは付き合えないでしょう? その点私は貴族令嬢で学院でしっかり魔法の勉強もしているし、弓手として剣士のクロイツ君を支えてあげられる。王都周辺で冒険者として活動してもいいし、領地を守るために実家に帰るというならついていけるわ。赤い牙団への理解もあるし、子爵家とつながりができれば、クロイツ君の実家の人にも喜んで貰えるはずよ」
勝手な計画をペラペラと話した挙句、黙ったままの俺に何を勘違いしたのかバートンが微笑みかけてきた。
「ね、私のほうがあなたに相応しいってわかるでしょう?」
「悪いけど……」
深呼吸をして、怒鳴り声にならないように細心の注意をはらう。
「何度もいっている通り、もうバートンと組むことはない。学院でも、ギルドであっても、二度と声をかけないで欲しい」
もう今日は訓練にならない。俺は剣を鞘に納めると、バートンに背を向けて校舎に足早に歩き出した。
「クロイツ君待って! 私はクロイツ君のためにいっているのに」
どうしてわかってくれないの、と。背後からバートンの声が追いかけてくるけれど、俺は振り返らなかった。
「なによ、きっと後悔するんだから!」
最後に聞こえたのは、バートンの叫び声だった。
「最近バートンさん見なくなったわね」
剣を振る手を止めて、彼女が辺りを見回すようにいった。
「あそこまでのことをいったんだ、ようやく諦めてくれたんだろう」
「確かに、あそこまでいってしまうとやっぱりお互い気まずいわよね」
優しい彼女が眉を下げている。
あれ以来、昼休みの裏庭にバートンが姿を現すことはなくなった。放課後も、ギルドでも顔を合わせることがなくって、俺はホッとしていた。あの日の放課後、昼休みよりももっと酷い応酬があったことは彼女には知らせなかった。
そうして以前と同じように、彼女の打ち込んでくる剣を受けては振り、短い休憩時間には他愛ない話をした。俺やグラムに治癒や祝福をかけてくれ、彼女が作ってきた刺繍小物や組紐を預かる。でも、それ以外の話題も増えた。
例の特待生が学院創始者の後継者に選ばれ、その遺産を相続したらしい。最近、学院だけでなく社交界でもまことしやかに囁かれているという噂だ。下っ端貴族で社交界に縁のない俺には真偽のほどはわからない。でも、彼女は真剣な面持ちで“万が一に備えたいから協力して欲しい”といって、俺は頷いた。
それからは、これまでより更に実践的な準備を始めた。預かった小物の売り上げや水車小屋に運んだ物資の報告。いろいろな道具の用途や使い方。冒険者ギルドの利用方法や討伐のあれこれ。乗合馬車や糧食の相場、宿の選び方など。“万が一”の時に怪しまれずに市井に紛れ、無事に逃げおおせるために役に立ちそうなことを伝えていく。
今日も打ち込みの合間の休憩は、お互い剣を片手に“万が一”対策を話し込んでいた。
「だから、“万が一”の時は、水車小屋について着替えたら忘れずに髪や肌に灰をまぶすんだ。ちょうど良くくすませることができる。土を塗る奴もいるけれど、王都では逆に目立つ。それに赤くなったりかゆくなったりすることもある。灰は匂いがないし虫もいないから使いやすい」
灰は小袋に入れて置いてあるというと、彼女が頷く。
「髪はくすませるだけじゃなくて、少し切ったほうがいいわよね。腰まであると目立つし、移動の負担にもなるでしょう?」
「そうだな。街中では肩より少し長いくらいの女性が多い」
そこまでいって俺が黙り込むと、彼女が不思議そうな顔をした。
「いや、ごめん。綺麗な髪なのにもったいないと思ってしまって」
「髪なんてまた伸びるもの。それに、切った分はちゃんとまとめて持っていこうと思うの。高く売れるのでしょう?」
高位貴族の女性は、髪を殊更に大切にすると聞いていたけれど。屈託なく笑う彼女をみると、その立場や家に本当に未練がないように見える。
「それなら俺が買いとるよ」
「シグルドが? 何に使うの?」
反射的に云ってしまったあと、理由を尋ねられて困ってしまう。触れることの決して許されないその美しい髪。切り落とした後でも、自分のものにできたら。そんな浅ましい本音を知られるわけにはいかない。
「かつらを作って被ってみようか」
赤毛もそろそろ飽きてきたんだ、そう茶化すと彼女は目を丸くして。それから大きな口を開けて声をあげて笑った。その様子があまりにも可愛らしくて。自分も笑顔を浮かべて見つめていた俺は、冒険者らしくもなく周囲に対する注意が散漫になってしまった。
「やあ、ヴィクトリア。随分と楽しそうだ」
振り返った先には。金の巻き毛に緑の瞳、約束された次代の王。護衛騎士に執行部の男たち、それからバートンを引き連れた彼女の婚約者が、いかにも王子らしい優しげな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。




