第24話 トモダチ作戦
「アーヴィング様、これ、最近王都の冒険者で流行っているんです」
バートンさんが制服の袖を引いて見せてくれたのは、まさに私が作ったミサンガだった。
「まあ、素敵ね」
王族微笑に驚きを隠して、私は答えた。
殿下さまのほうはあれ以来、顔を合わせることなく逃げ切れている。私の祝福力? が殿下さまを上回ったこともあるのかもいしれなけれど、時期的にはルナたんの秘密の部屋イベントが発生して対応に追われているのではないかと思う。
学院創設者である偉大な魔法使いの後継として認められ、その多大な遺産を国中の養護施設に寄付することで大衆の心を掴むルナたん。今はお母上さまの指示で私との婚約を継続するつもりの殿下さまだけれど、ルナたんの立場が強化されれば、その心には消しようもない真実の愛が火を吹くはずだ! それまでは王妃さまや殿下さまを刺激しないように、私は鳴りを潜めている作戦。
というのに。ホッと息をつく間もなく、新しい面倒ごとが発生してしまった。
先日、裏庭に嵐のように現れたバートンさん。その宣言通り諦めることなく、時折昼休みに裏庭にやってきては剣を振る私を見ているシグルドを勧誘している。シグルドと行った魔鹿狩りが余程効率良く稼げたのだろう。
シグルドがはっきりと何度も断っているし、来ないで欲しいと頼んでも全く意に介さないようだ。地方出身の女の子なら王都で欲しい物はいくらでもあるだろうし、お金はあって困るものじゃない。
彼女の気持ちはわかるのだけれど。時々とはいえ、なんとも息苦しい昼休みを過ごすことになってしまった。それでも、私が剣を降ろして一息ついている時にこうして話しかけてくる彼女の情報は興味深いものがある。シグルドは男性だから、女性冒険者目線での市井の話を聞ける機会でもあった。
「クロイツ君もつけているんですよ。貴族が身に付けるには相応しくないから学院では袖の下に隠しているんですけど、ギルドでは少し色味を変えて何本も巻いたり、お揃いで武器につけたりしているんです。赤が差し色になっていて、髪にもあうっていうか」
ほうほう、シグルドの営業活動が実を結んでいるようだ。そうでしょう、広報担当のシグルドにつけてもらっているのは髪色に近い赤を使って編み模様にも凝った逸品ですからね!
「クロイツ君って、ああ見えてギルド関係の女性には人気があるんです。冒険者の男性って強さが一番!って感じで、あんまり身なりに気を使わないところがあるんですよね。反動なのか、お金に余裕ができると装飾品や武器の意匠に凝ったりするんですけど、目立ってますねって褒めるしかないような人が多くて」
「バートン、よせ!」
シグルドの制止の声はバートンさんの耳には届かない。
「そうなのね」
一応、まだ『王太子の婚約者』である私は、王族微笑で当たり障りのない相槌を打つしかできない。なんといっても“脱・冷淡キャンペーン”実施中の身なのだ。『物語の強制力』も怖い。うっかり諫めて『無視をされた』とか、『家柄をかさに着た』とか。彼女経由で下級貴族女子学院生たちに悪評を広められてはたまらない。シグルドも何もするなといってくれて、私たちはひたすら、バートンさんが諦めるか、飽きて裏庭に来なくなる日が来るのを待っていた。
それにしても、目立ってますねとしか褒められない冒険者とはどんなものだろう。髑髏とか薔薇とか十字架などの14才が憧れがちな系統だろうか。それとも光り物とか鎖とかラメ系統だろうか。ちょっと見てみたい気もする。
「クロイツ君はスラッと細身で厳つさがないんですよね。食事とか女性に対するマナーが身についているところも、やっぱり下級とはいえ貴族だし。でもすごく生真面目で素っ気ないから冒険者の女性はいつも近づくチャンスを探しているんです。私は同じ学院だったから一緒に魔鹿狩りパーティーを組めたし、こうやって学院内でも話せるようになってよかったです」
「やめろ、バートン!」
「そうなのね」
うんうん、そうでしょう。やはり、私の人選に間違いはない。我が広報担当は男性冒険者だけではなく、女性冒険者にもアピールできる逸材でした。これからは女性冒険者向けに花やハートの編み柄のミサンガを増やしていくとしようか。
私は憮然としているシグルドを見る。燃えるような赤い髪に、琥珀色の瞳。端正だけれど優し気な顔立ちは、上背の高さを威圧と感じさせないところがある。以前提案のあったように、シグルドの髪にリボンを結んだらそちらも売り上げが上がってしまうのではないだろうか。琥珀色のリボンに黒い竜の刺繍をいれて、赤い雀の尻尾を飾る様子を思い浮かべる。いける!
「……何でしょうか?」
「失礼、なんでもありませんわ」
訝し気なシグルドに私はにっこりと笑って見せた。
「バートンさん、その組紐、女性にはどんな柄が好まれているのかしら?」
「そうですね、男性冒険者はとにかく色数が多いものが好きみたいだけど。女性は色味が揃っているものを身に付けている人が多いかもしれません」
なるほど、なるほど。参考になります、お客様。
「意外です。こういうの、アーヴィング様みたいな方が身に付けるようなものじゃないでしょ? いつも立派な宝石や繊細なレースばかりだから、こんな糸細工なんて興味ないと思っていました」
少し驚いた顔でバートンさんがいう。
「そんなことないわ、私も可愛らしい物は好きよ」
「そうやって下々にも理解を示すのが立派な王太子妃ってことですね。さすがです!」
「バートン、いい加減にしろ!」
シグルドの大きな声に、バートンさんがさすがに少し怯んだようだ。
「なによ、クロイツ君は剣の指南役として覚えが目出度いからいいけど。私みたいな地方貴族がせっかくアーヴィング様に知り合えたんだから、お近づきになりたいと思っても当たり前でしょ」
将来の王妃様の知り合いっていえば、家に帰った時に自慢になるじゃないと不満そうな声でシグルドに言い募る。
「そういうのが……」
口を開いたシグルドを遮って、バートンさんがまくし立てた。
「クロイツ君っていつも私に上からものを言ってくるけど、うちは子爵家なんですからね。ギルドでは私より階級が上かもしれないけど、辺境の男爵家のくせに」
シグルドが小さく息を呑むと、バートンさんは気まずそうな顔をする。一瞬の沈黙。私はため息を隠して、王族微笑に王族ボイスでバートンさんに優しく声をかけた。
「バートンさんのお話、いつも楽しく伺っているわ。いろいろ教えてくれてありがとう。でも、今日のところはここまでにしてもらえるかしら?」
バートンさんはちらりをシグルドを見ると、わかりましたといってそのまま足早に校舎へと歩き去った。
「ごめん」
「シグルドが謝ることじゃないわ」
「だけど……」
「女性冒険者の話を聞けていろいろ勉強になっているのよ? 今日も新商品のアイデアをいただいたわ!」
だから気にしないで、とショボくれているシグルドを覗き込んだ。
「あんなに何回も断っているのにどうして誘いに来るのか不思議だったんだけど、俺じゃなくてまさかあなたが目的だったなんて申し訳なくて」
「私もシグルドも、きっと二人ともが目的なのよ。だからお互い様ってことにしましょう?」
高位貴族だとあの手の人も結構多いわよ、というとシグルドが目を丸くした。
「だから私は王家から人付き合いを制限されているのだもの。本当はね、バートンさんとお友達になれたら嬉しいなって思っていたの」
「バートンと?」
さらに驚くシグルドに私は肩を竦めて見せた。
「シグルドとは自然に仲良くなれたでしょう? 冷淡だの高慢だのって遠巻きにされがちだけど、私だってきっかけがあれば風評なんか気にしないでくれる親しい人ができるんだって思ってしまったの」
シグルドが傷ましそうな顔をする。優しい人だ。
「バートンさんはシグルドと同じで、学院にいながら仕事もこなす冒険者だっていうし。家格や身分におもねらない付き合いができるんじゃないかって。でも、違うのね。冒険者だからってことじゃなく、シグルドが特別だったって、わかった」
あわよくば、逃亡時に女性冒険者仲間として隣国までの移動の依頼をできたらと思っていたけれど。あの人では逆に通報されてしまいそうだ。
「バートンさんみたいに『将来王族になる私』と親しくなりたがる人はたくさんいるけど、シグルドは私が婚約を解消することを知っていても変わらずに仲良くしてくれる。一人で危ないことをしたら心配してくれて、次は一緒に行こうって助けてくれる」
泣きそうな顔をしていたシグルドが、口元で微笑んだ。
「だから、ありがとう! 本当にいつも感謝してる」
「俺も、あなたと一緒にすごせて感謝してる」
俺にできることがあれば何でも云ってほしい、とシグルドがいった。
「何でも? 本当に?」
「う、うん」
ポケットからリボンを取り出してにんまりと笑う私に、シグルドの腰が引けたのがわかった。




