第23話 裏庭の嵐
昼休み、私はいつもの場所に向かう。
「シグルド!」
呼べば打ち込みの手を止めて彼が振り返り、軽く手を上げてくれた。なんだか、いつもよりも明るい顔にみえる。
「シグルド、何かいいことあった? 」
「わかるか? 今日はあなたにとびっきりの知らせがある」
「なになに? 組紐が完売したとか?」
「あなたにとってはそれがとびきりの知らせ?」
商売熱心だなあとシグルドが笑う。
「組紐でなければ何? 刺繍? リボン? 」
「ちょっと商売から離れて。俺が学院の休みの日には冒険者ギルドで仕事を受けているのは知っているだろう?」
「ええ。何、大物を討伐しちゃった? もしかして竜とか!?」
「ごめん、そこまでじゃない。それで、昨日も魔鹿を狩りにいったんだけど。その時に、グラムが炎を吹いたんだ」
シグルドが手にした剣を目の辺りに嬉しそうに掲げて見せた。
「すごい! すごいわ、グラム! さすが英雄の魔剣、あなたなら火くらい吹いてくれるって信じていたわ」
すると、グラムが空に向かって小さく火を吹いた。私たちは一頻り、グラムを褒め称えた。それから、突っ込んできた魔鹿の勢いを削ぐために風魔法を使おうとした時にグラムが炎を吹いたとシグルドが状況を説明してくれる。
「シグルド、私に危ないまねをするなと散々いっておいて、あなたも結構危ない目にあっているみたいじゃない? 私がいる時になら怪我も治してあげられるけれど、そんな王都から離れた場所で一人の時に鹿に刺されたりしたらどうするの」
以前、シグルドがそうしてくれたように。私もシグルドを心配していった。
「今回はグラムがお手柄だったけれど、シグルドだって一人の時には危ない仕事はしてはだめよ」
「それは、その。ちょっと稼ごうと思ったっていうか……」
シグルドが困った顔でごにょごにょと言い淀む。そうか、学院の寮で暮らしているシグルドは、家からの仕送りだけでは足りないこともあるのかもしれない。衣食住にだけは困っていない私が口を出してはいけないのかも。前に寮の食事が少ないと零していたこともあったっけ。でも、やっぱり心配だ。
「ごめんなさい、シグルドにもいろいろ都合があるとは思うけど。ただ一人の時は危ない仕事は控えたほうがいいんじゃないかしら」
「一人じゃないから大丈夫ですよ」
ふいに声をかけられて振り向くと、学院の制服を着た女子学生が立っていた。
「アーヴィング様にご挨拶申し上げます。バートン子爵家次女、イザベルです」
ブルネットの髪の女の子だった。
「これはご丁寧に。アーヴィング公爵家、ヴィクトリアです」
「アーヴィング様を知らない人間なんて、この学院にはいませんよ」
返事に困って、私はニコリと微笑んだ。
「バートン、どうしてここに?」
シグルドが珍しく低い声でいった。
「お知り合い?」
「ええ、私たち魔鹿狩りパーティーなんです」
シグルドへの問いかけに、彼女が答えた。彼が前衛の剣士で、私は弓手と彼女がにこやかにいう。
ちょっと違和感を持ったけれど、シグルドの知り合い、ましてパーティーメンバーならば下手な扱いはできない。いつもお世話になっているのだし、私はただでさえ学院内での評判が芳しくない。シグルドの評判まで下げてしまうようなことは避けなければ。私はお妃教育で身に付けさせられた『王族に相応しい慈悲深い微笑』を顔に貼り付けることにした。
「では、あなたも学院に通いながら冒険者を?」
「そうなんです。私とクロイツ君は似た者同士というか、あまり家が裕福でない下級貴族なんです」
「そう、頑張っているのね」
寛ぎのお昼休みが、まるで殿下さまのお誕生日パーティーのご挨拶タイムのようだ。心の準備がない分顔が引きつりそう。今日はまだ革の手袋をしていなだけよかったかも。
「バートン、何の用だ。俺たちは昨日解散したはずだ」
シグルドが割って入るように私の前に立った。
「そのことよ。やっぱりもう一度組んで欲しいって頼みにきたの。教室に行ってもいないから探しちゃった。そしたらまさかこんなところにいるんだもの」
シグルドにそう答えた彼女が意味深に私を見た。
「そう、一緒に魔鹿狩りを。では、あなたも危ない目にあったのではなくて?」
「そうなんです! 私が魔鹿に突進されそうになったのをクロイツ君が庇ってくれて。そしたらその時剣が!」
そこまでいって、彼女は両手で口元をおさえた。
「いけない、これ以上は秘密ってクロイツ君にいわれてるんです」
「知ってる」
「え?」
「……アーヴィング様には話したから知ってるから」
「なーんだ、そうなんだ。私には『領地の防衛に関わることだから絶対しゃべるな』とかいったくせに」
シグルドの不機嫌そうな声を気にする風もなく、バートンさんはかわいらしく笑った。
「なーるほど、もうすぐ王太子妃になる方には秘密の剣の報告も必要ってことね。おかしいと思ったんだ、こんな裏庭で冒険者と王太子殿下の婚約者さまたるアーヴィング公爵令嬢が一緒にいるなんて」
ぐっとシグルドが黙り込む。私もニコリを微笑むを浮かべて沈黙した。
「この間の王太子殿下の誕生日パーティー、すごかったですね! ドレスもだけど髪飾りも。それに、その指輪! 髪飾りとお揃いなんですね。パーティーの時はつけていませんでしたよね?」
「ええ、そうね」
「そちらも殿下からのプレゼントですか?」
「ええ、そうね」
王太子の婚約者モードになると、言語がどうしてもボット化してしまうのは何故だろう。
「すごく綺麗な殿下の瞳の色。それにすごい大きさ! さすが王家ですね。貴族といっても、ウチとかクロイツ君の家なんかじゃ手が出ませんよ。ね? 」
同意を求めてバートンさんがシグルドを見上げる。シグルドは大きくため息をついた。
「とにかく、もうバートンと組む気はないっていっただろう。学院にまでギルドのことを持ちこむのはやめてくれ」
「そんなつれないこといわないでよ。クロイツ君は私の命の恩人なんだし。パーティーを解散したからって御礼をしないわけにはいかないわ」
「礼なんていらないから」
「もう、本当に生真面目なんだから」
諦めないからね、とバートンさんはかわいらしく頬をふくらませた。
「じゃあ、シグルド君。教室に戻ろうか」
「何で?」
「だって、剣のことは報告し終わったんでしょ? もうお昼休みも終わるし。私たちの教室は隣同士なんだから一緒に戻るのが普通じゃない」
「俺はまだ剣の稽古をするから」
「そうなんだ。じゃあ、アーヴィング様ご一緒しましょう」
そういわれて、私は困った。
「だめだ」
一瞬考え込んでいる隙に、シグルドが答える。
「何でクロイツ君が答えるのよ? 私はアーヴィング様にいってるの」
「それは……」
私は改めて王族微笑で顔を武装し、嫌というほど訓練された王族ボイスで答えた。
「バートンさん、私、実はクロイツさんに剣を指南していただいているの」
木に立てかけてある私用の細身の剣と革手袋を指さした。
「え? 王太子殿下の婚約者で公爵令嬢のヴァーニング様が剣を? それも冒険者なんかに、ですか」
「クロイツさんはすごい剣士よ。それに、あなたも冒険者でしょう?」
なんかとはなんだ、と言外に窘める。
「いろいろあって、人知れず剣を習いたいと思ってクロイツさんにお願いしたの。冒険者として、きちんと報酬もお支払いしているのよ」
「そういうことか、クロイツ君は赤い牙団だもんね」
納得したとバートンさんがシグルドに微笑んだ。そこは私に返事をするところじゃないのか? 引きつりそうになる顔に力を込めて王族微笑をキープする。
「だからバートンさんにも、このことは内密にしていただきたいの」
笑顔に圧を込めて、よろしいかしら? と念を押す。
「もちろんです。未来の王太子妃、王妃さまになるお方のご命令に逆らったりはしません」
「命令なんて、そんな……」
「すみません、気分を悪くしないでください。私やシグルド君みたいな下級貴族が王家や公爵家には逆らえないっていうだけの意味です。それに、同じ学院生といっても普段は直接話す機会もないでしょう? 未来の王妃さまと知り合いになったっていったら親も絶対喜んでくれます」
ね! と。バートンさんはまたシグルドに同意を求めていた。
「とにかく、アーヴィング様の訓練もあるから。もうここには来ないでくれ」
「クロイツ君って本当に生真面目だよね」
バートンさんは小さく肩を竦めて、呆れたようにいった。
「そうだ、アーヴィング様。私、赤い牙団程ではないけど、ギルドでは結構腕がいいっていわれている弓手なんです。いつでも御指南しますので、声をかけてくださいね!」
報酬はクロイツ君の半分でいいですよといって、バートンさんは教室へと戻っていった。
彼女の背中が見えなくなって、ようやく私は息をついた。
「ごめん」
「シグルドが謝ることじゃないけど、なんかすごい人だったわね」
「彼女の相方が遠征している間だけ、期間限定で魔鹿狩りをしただけなんだ。今後は組まないって昨日も断った」
普段ああいう人と組んでいるのか、と意外に思った私の心情を読み取ったようにシグルドがいった。
「シグルドは強そうだし、グラムが炎を吹いたところを見たんでしょう? 冒険者なら強い人と組みたがるのは仕方ないわ」
お疲れ様、とシグルドを労う。
「ごめん」
「そんなに謝らないで」
「これは、その、あなたの家名を呼んでしまったから……」
「それこそ、あの場面なら仕方ないわ。でも、気にしてくれてありがとう」
眉を下げるシグルドに微笑んで、それからまた一つ息をついた。
「今日はもう、やる気にならないわねえ」
「なんだか、疲れたな」
私たちはどちらからともなく、剣の立てかけてあった木にもたれて座り込んだ。鳥の声が聞こえて、ようやく辺りが静けさを取り戻した気がする。少しの間、空を見上げて気持ちを落ち着かせて、私はふと思い出してしまった。
「シグルド」
「うん?」
「赤い牙団って何?」
私の中の14才がとても知りたがっている。シグルドが両手で顔を覆った。耳が少し赤くなっている気がする。
「俺の実家の……」
言い淀むシグルドがなんだか可愛らしい。
「実家の、何?」
「ごめん。今度、そのうち答えるから。今日は勘弁して……」
「約束よ」
シグルドが小さく頷いた。
ふふっと小さく笑いが零れた。地面に座って見上げる空は、尚一層高く感じられる。ここに来るといつも、時間がないと剣を振ったり、お金儲けの相談をしたりと慌ただしく過ごしていた。今日はとても疲れることがあったけれど。こんな風に何もしない時間も悪くないなと私は思った。




