第16話 秘密の通路
「今日は随分大荷物だな」
いつもの場所で、剣を片手にシグルドが不思議そうな顔をする。ここに来るときは、時々王都で売って貰う刺繍小物を持ってくるくらいで私は基本手ぶらだったから。
「実は、今日はシグルドにお願いがあるの」
「なんなりと、お姫様」
お道化たようにシグルドが胸に手を当てて騎士の礼を真似る。冒険者ではあるけれど、男爵子息でもあるせいか。なかなか様になって見える。
「これをお願いしたいの」
布で包まれた一抱えの荷物を差し出す。
「これも売ってくればいいのか?」
「これはね、人目につかないように、シグルドだけで、ある場所に置いてきてもらいたいの」
「構わないけど……」
訝し気な顔をしながらも受け取ってくれるシグルド。
私は、殿下さまの誕生パーティーで万が一婚約破棄をされた時の対策として現時点で可能な逃亡計画を立てた。婚約破棄まではいいけど、領地に幽閉されてしまっては困る。ヴィクトリアの実家の領地、ゲームに出てこなかった場所の情報はないのだから、最悪、逃げ出せずにそのままエンドになってしまう可能性がある。
王都ならゲームで行ったことのある場所はわかるし、学院に通っている間なら一人で行動が可能だから。自由が利く今の内、万全ではなくても『その時』がきたら迷わず逃げなければならない。
そこで思いついたのが『秘密の通路』だ。これはゲームで、殿下さまがこっそりルナとデートをするときに使っていたもの。万が一の時、王族が使う脱出路で、城内から街壁の外、林の中の川のそばまで続く地下通路。逃亡用の小舟がつないであるといっていた。
これなら私が姿をくらませた後、街門を閉ざされても安心。王都の中を捜索している間に、小舟で川を流れて悠々と脱出してしまおう! ある程度距離を稼いだら小舟を降りて、そこからは巡礼者に紛れてしまう。お妃教育を受けたとはいえ、まだ城の隠し通路や隠し部屋などについては習っていない。これは私がゲームをしていたから知っていることで、まさか王家も自分達の脱出路で私が逃げたとは思わないだろう。
「ごめんなさい。中身が何かとか、どうしてそこなのかとは云えないの。知ることで、あなたに迷惑をかけたくない。そんなことをお願いしている時点で迷惑なのはわかっているのだけど」
今の私にいえる精一杯の説明とお詫びをした。
「いいよ、何も訊かない。人目につかないようにこっそり、な。討伐の時には魔物の背後に回ることもあるんだ。王都の人間なんか、どうってことない」
琥珀色の瞳を優し気に細めて、シグルドがいった。
「それで、どこに置いてくればいい?」
私はシグルドに手書きの簡易な地図を渡した。
「これは、王都の下町の門の外なの。この丸く囲ってあるところが林になっているのは知っている?」
「ああ、下町の連中が薪拾いを許されているところだろ。昔は王家のお狩場だったって」
私は頷いた。
「林を流れる小川に沿って上流に向かうと、今は使われていない大きな水車小屋があるの。その屋根裏に置いてきて欲しい」
「わかった」
王家のお狩場だった場所というだけで、事の危うさを理解してくれたのだろう。シグルドが真顔になった。
「それだけでいいのか?」
望みを全ていってくれ、と真剣な声でいう。
「俺に迷惑とか考えないで、あなたの望みを、必要なことを全部いって欲しい」
私は小さく息を呑んだ。一瞬の戸惑いのあと、正直に口にした。
「……シグルドに預けてある刺繍小物の売り上げで、固パンと干し肉、それからレーズンを買って置いておいて欲しい。あと、短剣と巡礼者のローブも」
「わかった」
「本当に何も訊かないでくれるのね」
「約束したからな。でも、一人にはしない」
「シグルド?!」
驚く私にシグルドがにやりと笑った。
「約束しただろ、危ないことをするときはパーティーを組む。冒険者の鉄則だ」
「だめよ、あなたにこれ以上迷惑をかけられない」
シグルドが首を振る。
「だめだ、これは譲れない。もう一人では行かせない。ギルドには、王都から出る巡礼者の乗合馬車の護衛の仕事があるんだ。それを受けてくるよ」
「シグルド……」
「俺は冒険者の仕事をするだけで、その馬車にたまたまあなたが乗っているってだけだ」
そうだろ? とシグルドが笑う。
「あなたって、バカよ……」
拗ねたような私の物言いに、シグルドが破顔した。
「バカっていったのに、どうして喜ぶのよ……」
「さあてな」
明後日の方向を向いて小首をかしげるさまが、なんだかとても擽ったかった。
「巡礼者の杖とか肩掛けカバン、靴擦れの軟膏もいるな。必要そうなものを適当に見繕って置いておくよ」
「ありがとう。詳しいことは話せなくてごめんなさい」
「気にすんな」
巡礼者のローブといったから、聖地向けの乗合馬車を連想したようだ。小舟で逃げることは内緒にしておこう。そうすれば優しい彼を巻き込まないですむ。
「それで、いつなんだ?」
「先にいっておくわ。これはね、万が一のための計画で実行するかどうかはわからないの。ただ、最悪に備えてっていうか」
「最悪って、なにがあった?」
シグルドが声を潜めた。私は小さく息を吐きだす。
「実はね、来月の殿下の誕生日に学院でパーティーが開かれることになったの」
「去年はそんなことなかったよな」
「私が婚約解消をいいだしたものだから、王妃さまが配慮してくれたって父がいっていたわ」
「あなたのために、王子の誕生パーティーをするってことか?」
苦笑いして、私は首を振る。
「王家とアーヴィング公爵家の関係が盤石だと社交界にアピールするため、らしいわ。私と殿下の結婚は、王家と公爵家の血盟の証なんだって」
言葉を失ったシグルドが、傷ましそうに私を見ている。
「当日はね、素晴らしいドレスを用意してくれるって。殿下の隣でニコニコしてくる。まだ公爵家の一員だから、お役目は果たさないとね」
「……あなたは婚約を解消したいんだろう?」
静かな目をしたシグルドに、私は頷いた。
「大丈夫! 婚約は必ず解消されるの。出所は明かせないんだけど、殿下の気持ちはもう決まっていて、水面下では周囲もお膳立てを始めているって。でも、まだ王家として態度を表沙汰にはできないし、アーヴィングに精一杯配慮をした姿勢をみせているって情報が入っているわ」
ゲームではそうだったとは、シグルドにはいえないけれど。
「それじゃ、まるであなたが見世物じゃないか」
「そうね、王太子の婚約者として頑張ってますって。精一杯見せつけてくるわ。そうすれば、殿下の気移りが原因で、私は振られた可哀そうな元婚約者になれる。アーヴィングの家に瑕疵がないことを証明できるでしょ」
「誰が悪いかなんて、みんなもうわかってる」
笑う私と裏腹に、シグルドが泣きそうな顔をしていう。
「わかっていても、他に犯人を捜すのよ。だって、王家に間違えは許されないんですもの」
それが貴族だから仕方ないわ、というと。シグルドがグッと唇を嚙みしめた。
「そんな状況だから、もしも殿下が焦って事を起こしてしまった場合に備えているだけで、今すぐにどうこうということではないの。だから日持ちがしないものは水車小屋に置いてはだめよ」
少しほっとしたように、シグルドが頷いた。
「あのね、パーティーは立食なんだけど、王宮の料理人が腕を振るうのよ。美味しいものがたくさんでるわ」
空気を変えるように明るい声でいう私に、シグルドも笑顔を作ってくれた。
「そうか、楽しみだな」
「私は当日は挨拶ばかりで料理には近づけないと思うけど、シグルドはたくさん食べてね! 私のおすすめはカモのソテー、とっても柔らかいの」
「いつも寮で出る食事では足りないんだ。遠慮なく腹いっぱい食べることにするよ」
顔を見合わせて笑った。ようやくいつもの私たちに戻れたようだ。
「それから、これ」
私はポケットからミサンガを取り出した。
「綺麗だな、組紐?」
「そんな感じ。ね、手を出して」
差し出されたシグルドの手首に、赤い差し色を使ったミサンガを巻いた。
「これは願いをかけるものなのよ。私がシグルドの健康とか安全とか、願って祝福をたくさんかけておいたからね」
「ありがとう、大事にするよ」
空いた手で、上からミサンガをぎゅっとしてシグルドがいった。
「これはグラムの分。剣の柄でも、鞘でも、剣帯でも、好きなところに使って
」
「グラムの分もあるのかよ」
「シグルドとお揃いなの。魔剣だもの、飾りがあったほうがかっこいいでしょ」
「グラムのほうが太くないか?」
「細かったら目立たないじゃない」
不思議そうな顔をするシグルドに、私は微笑んだ。
「この組紐、新商品にしようと思って。だから、今度からギルドや討伐に行くときは、目立つように使ってね」
商売上手だなあ、とシグルドが笑った。
いつもご高覧いただき、ありがとうございます!
更新遅くなり申し訳ありません。
ご意見やご指摘、フォローなどありがとうございます。
当作品内の「殿下さま」につきましては、ヴィクトリアさんの
ささくれてしまった心の表現として受け止めていただけますと幸いです。
今後ともどうぞ、よろしくお願い申し上げます!




