第15話 対決 父公爵
「アンナ、一休みしたいわ。お茶を入れてくれる?」
私は自室の長椅子で勤しんでいた刺繍の手を止めた。
「承知いたしました」
アンナが部屋を出ていく。最近はお城への呼び出しが続いていたから、久しぶりにゆっくりできる週末だ。小さく100まで数えてアンナが戻る気配がないことを確認し、私は鏡台の引き出しを開けた。宝石箱から小ぶりなペンダントを手に取り、扉に背を向けて窓辺に立つ。これなら、もしアンナが戻ってきても窓辺に立って庭を見ていたと言い訳できる。よし。私は小さく、一つ咳払いをして。
「祝福」
手の中のペンダントに唱えてみる。フワリと微かな光がフワリとわくだけで、ペンダントに吸い込まれている感じはしない。それでも。
「我がペンダントに名を与える。其はシロガネ。その輝きで主を守護するものなり。汝、シロガネ。目覚めよ」
光らない。
「祝福」
両手で包み込むようにしてもう一度唱えてみるが、やっぱりフワリと微かな光に包まれるだけで吸い込んでいく気配がない。
「名前が安直だったかなあ」
プラチナのペンダントだからシロガネ、まんまですね。グラムは前世とはいえ世界的に有名な魔剣だし。名前自体が持つ地力とかがあるのかもしれない。
「やっぱり、グラムみたいに長い間大切に愛用されたものじゃないと無理っぽいなあ」
自分で選んだわけでもなく、宝石箱に入っていても身に付けた記憶がほとんどないペンダント。私にもなにか魔法グッズが欲しくて試してみたけれど、そうそう上手くはいかないようだ。
「よし、シロガネ。これから大事にするから、よろしくね」
私は手のひらのペンダントに挨拶をした。鏡を覗き込みながら、シロガネを身に付ける。毎日名前を呼んで祝福をかけていこう! そのうち育ってくれると信じているよ。
長椅子に戻り、何食わぬ顔で刺繍を再開する。自室とはいえ、一人になれる時間を確保するのは難しい。公爵令嬢って大変だなあ。実態は、現金持てずに内職三昧というのに。
「そういえば……」
手を動かしながらふと思いつく。
「長年愛用したものというのが、人の思い入れをたくさん受けているということなら。例えば手作り品とかはどうだろう」
今、まさに刺繍中のハンカチを見下ろす。
でも、手作りといってもワンポイント刺繍だけ。手作りの塊! みたいなほうが効き目がありそうじゃない?
「手編みのセーターとか?」
パッと思いつかなくて前世基準で考えてしまうけれど。例えば、着て貰えないとわかっていても涙を堪えながら編んでいたりすれば、それはそれはいろいろな効き目がありそうだ。プラスマイナスは別として……。
でも、セーターでは大きすぎるし、いつも同じセーターを着ているわけにはいかない。それに、完成するまでにどれくらいかかるか。売る分も、寄付する分も、数をたくさん揃えないといけないのに魔法グッズ制作にばかり時間を割けない。
「うーん」
私は天井を仰いだ。
「そうだ、ミサンガ!」
学生時代に友達とお揃いで作ったことがある。数本の刺繍糸で、編むというより結ぶって感じで。手軽にできて綺麗だし、結構頑丈。本来は願掛けをするためのものらしいから、祝福もよく染み込みそうだ。
「切れる時に願いごとが叶うっていうけど、切れた人見たことなかったな」
お風呂に入るときに濡れるのがいやで、ユル目に結んですぽっと手首から抜き差ししていた私は本来の使用方法からは外れていたんだろうし。それに、魔法グッズ化を目指して手作りして名前をつけて祝福をかけたら、切れないほうがいいような気もする。
「まずは二本作ってシグルドと私で試してみよう。あと、祝福とは別に売り物にしてもいいかもしれない」
ハンカチとかリボンって消耗品でもないし、お客さんは基本的に女性に限られる。ミサンガなら男の人でも買ってくれそう。そうだ、シグルドに派手なのを作って、ギルドとか討伐に行くときにつけてもらえば冒険者に流行るかもしれない。
「冒険者相手なら、値段設定ちょっと高めでもいけるかも」
私は刺繍道具を置いて、刺繍糸の束を手に取る。シグルドは髪に合わせて赤を差し色にしたらかっこいいかも。ミサンガにつける名前って何がいいんだろう? そんなこと考えながら、さっそくミサンガを編み始めると。扉が開いてアンナが戻ってきた。
「今日のおやつは何かしら」
振り返ると、この世の終わりかというような顔をしたアンナがいた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
嫌な予感。
「旦那様がお呼びでございます」
「今?!」
「はい、すぐに」
ため息と共に、私は天井を仰いだ。私の静かな週末はどうしたでしょうね? 渓谷に落ちてしまったのかしら。
父の執務室に向かって歩く。心配そうな目をするアンナが開いた重厚な扉を、一人でくぐる。
「参りました」
執務机に向かっていた父が目くばせをすると、執事が目礼をして退室していく。えー、執事すら同席できない話? 私、なんかやっちゃいました? いや、いろいろやってはいる。魔法とか、魔剣とか。でも、バレていないはず。
扉が閉じて、父と二人。何の話かわからないけれど、私にとって楽しい話題でないことだけはわかる。日頃の関係が薄すぎて親という感覚がない。前世でいうと、平社員が課長も部長も通り越して社長室に呼ばれるような気分だ。だって、父は座っているのに、私は机の前で立っているんだよ? 親子なら、ソファに一緒に座ったりしない? 別に座りたくないけど。
いっそリストラ宣告だったらありがたいかもしれない。会社都合の早期退職に応じますので、退職金割り増しでお願いします。そんな脳内とは裏腹に、私はしおらしく肩を窄めて父の前に立っていた。
父は手にしていた書類を置くと、肘を机に立て、口もとで両手を組み合わせる。
「ヴィクトリア」
戦闘ロボットに乗ってこいと命令されそう。私は目を合わせない程度に顔を上げた。
「殿下からの執行部への誘い、なぜ断った」
それか! なんで父が知っているか。殿下め、チクったな。
「今は慈善活動に注力したいのです。王妃さまにも許可をいただいております」
「高位貴族にとって、慈善活動は重要だ。いずれ王族となる身であればなおさらな。しかし、出入りの商会に適当な品を注文して、お前は目録と菓子でも持って教会に赴き、小一時間見て回れば済む話だ。執行部の活動と難なく両立できる」
週明けからは執行部に参加するように、と父がいった。
「それはできません」
父が無言で話を促す。
「殿下は慈善活動を執行部の、例の特待生と共に行えと」
父が小さくため息をついた。
「我が家の、婚約者の成果を平民に分け与えろ、と? 全く、殿下はわかっているのか、いないのか」
教会の孤児院育ちのルナたんは施しを受ける側。まるで貴族のお財布で自分の実家に寄付をするようなものだ。殿下が『婚約者の実家のお金で、お気に入りの評価を上げさせろ』という命令をしていると取られても仕方がない。
実際のところ、そこまでは考えていないのだろう。でも、第三者的にそう見られてしまうことと、それを本人が理解していないことが問題なんだよね。
「お前はどう見る?」
「今は執行部とは距離を置くのが得策かと。慈善活動の一件で済むとは思えません。事あるごとに特待生の評判を上げるための当て馬にされては我が家の名誉にかかわります」
父は少しだらしなく背もたれに体を預けた。
「馬鹿馬鹿しい。その平民の評判を上げてどうなるものでもあるまいに」
「どうにかされたいのでございましょう」
ゲームではヴィクトリアと婚約破棄してルナたんとハッピーエンドでしたよ、とはいえないけど。殿下そういう意思を持って行動していてる可能性を父にも伝えておくにこしたことはない。
「そもそも、なぜ平民に付け入られるような事態になっている? 何か殿下の不興を買うようなことがあったのか? 少し前まではお前たちは悪い仲ではなかったと思うが」
「ある日突然、人の心を変えてしまうのが恋というものなのでしょう」
「そんなもの。これは王家と公爵家の契約、子供の遊びではないというのに」
契約という言葉をきいて、私は心の中で温めていた作戦の一つを提案してみる。
「契約ということであれば、たとえば例の特待生を我が家の養女に迎え入れるというのはいかがでしょう? アーヴィングの娘が王家に嫁ぎ、外戚となることには変わりございません。殿下もご機嫌麗しく、我が家は次代の王にも覚え目出度くなりましょう」
父は眉をひそめた
「実子がいない場合はそういう方法もあるが。血を分けた我が子がいながら王家に差し出すために養女を取るなど、むしろ子供かわいさに身代わりを立てたかと叛意を疑われかねん。姻族とは互いに血族を質とすることで成り立つ血盟なのだ」
だめか。日頃ほったらかしでそういう時だけ血族といわれても、自分に到底人質としての価値があるようには思えません。王家が私を盾に何がしかの要求を押し付けたところで、公爵家は「お好きにどうぞ」といって私を切り捨てる未来しか見えない。ゲームみたいに。
「まあいい、執行部については保留とする。学院内で何をしたところで、卒業すれば殿下と結婚するのはお前だ。その頃には殿下の頭も冷えよう。在学中は殿下も平民も上手くいなして寛容に振舞え。慈善活動だけじゃなく、勉学でも王家に連なる者として遜色ない実績を残せ」
父も王妃さまと同じことをいう。そして結婚は私とすると頑なに信じている。それが普通といえば普通なのだろうけど。『夢で見たから婚約破棄されます』なんていって信じてもらえないのはわかっている。正気を疑われて修道院ならまだしも、うっかり幽閉などされたらたまらない。
私が殿下と結婚して嬉しいのは、王家の外戚になって、孫が王様になる公爵家と、次代の王の祖父という、絶対に裏切らない家臣が手に入る王家であって。私にとっては何もご褒美ではないのだけれど。とりあえず父に頭をさげておく。いう通りにするとは一言もいってませんから!
「失礼いたします」
話は終わりとばかりに辞去の挨拶をしたのに。
「待て、まだ話は終わっていない」
父がまた、肘を机に立て、口もとで両手を組み合わせる。なんですか、やっぱりロボットに乗れっていわれるんですか? 結婚しろとはいわれたけど。
「来月の殿下の誕生日だが、今年は学院で祝賀会が行われることになった」
「学院で、ですか?」
「殿下の在学中に、将来国を担う貴族たる学院生たちから親しく祝意を受ける場を設けるとのことだ。学院の講堂で簡易的な立食の夕餐会となる」
殿下のお誕生日といてば、いつもは王家揃い踏みでバルコニーから手を振ったり、王都で振る舞い酒が出たりするけれど。去年も、それにゲームでも祝賀会なんてなかったのに。
「王妃殿下のご配慮だ。王家と公爵家の盤石な関係を知らしめ、一部のくだらない噂を払拭する」
全く。殿下と私の関係でないところが笑っちゃうよね。とっても政略結婚。
「もちろん、お前には王太子の婚約者として相応しい装いで殿下と共に臨んでもらう。平民だろうが学院雀だろうが黙らせろ。孤児にも劣るなどといわせるな。これ以上我が家を侮らせることは許さん」
あら、父もあちらこちらでいわれていたってことか。すみませんね。でも結局、一番の問題は家のメンツですか? それより、これって、ゲームエンドの婚約破棄パーティーが早まっちゃってたりしないよね? 婚約破棄されるのはいいんだけど、まだ逃亡準備が完了してないのに。




