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第37話 機士王



 機士学校での入学式が行われた翌日の朝。機士王リゲルの居室には、彼の娘であるソラの姿があった。



 入学式でルシェ・ドワイドとの間に起きたトラブルについて詳細の報告に来ている。



 窓の外を見ながら報告を聞いていたリゲルの視線が、ソラに向けられた。



「入学式でドワイド家の後継者候補に、アリエスが刃を向けたということだが」


「はい、それは間違いありません。ですが、双方話し合いで謝罪をしております」



 指先で机を叩くリゲルの顔にはわずかに苛立ちが見られた。ソラの専属メイドが刃を向けた相手は辺境の有力機族であるドワイド家の後継者候補であり、今年何百年ぶりかに精霊王位・無属性と契約を果たした男だったからだ。



 盟約の期限を知っているリゲルからすると、数年後に起きる妖霊機(ファントム)との大きな戦いに、ドワイド家の力を削がれたくはなかった。



 とはいえ、娘のソラには自分以上の機士の素質があると認めているため、今回の件を叱るのもためらわれた。


 

「ドワイド家の後継者候補とは、そんなに気が合わぬか」


「合わないと思います。あの子も機士王を目指すって、わたしの前で宣言してきたので」


「機士を目指す者であれば、誰でもそれを口にするであろう?」


「そうですが……。多くの者は夢を語るような目で宣言します。ですが、あの子の目は本気でした。なので、わたしの敵になる人物と判断してます」


「ドワイド家は辺境の有力機士だぞ。ソラはその後継者を敵に回すつもりか?」


「いえ、実力であの子をねじ伏せ、屈服させ、自分の配下に取り込みます。いつになるかは分かりませんが、わたしが父上の後継者として機士王の座に就くには、それを達成するしかないと確信しております」



 ソラのためらいのない決意の言葉に、リゲルは思わず息を飲む。才能のある娘が、本気で自分の地位を継ぐために機士王になることを目指していることを知り、嬉しさ半面、危うさも感じた。



「そうか、ソラがそう思うならそうするがよい。機士王の座は王国最強の機士に与えられるものなのだからな。だが、最強という意味をきちんと理解することも忘れるな。ただ強ければいいということではないからな」


「はい、心得ております。多くの機士たちに信頼されてこそ、父上の地位を継ぐことができるのですから」


「分かっているようだな。なら、細かいことは言わぬ。自らの技術を高め、仲間を集めよ」


「はい!」


「では、行け」



 ソラが一礼して、リゲルの執務室から出ようとすると扉が開く。彼女と入れ替わるように黒い布で顔を覆った怪しげな者が入ってきた。



「何者? ここは機士王陛下の執務室だ――」


「ソラ、その者はわしの知り合いだ。問題ない、通せ」



 腰の剣に手を掛けたソラを制止したリゲルは、黒い布で顔を覆った者を手招きする。代わりに、ソラにすぐさま退出するよう視線で促した。



 ソラは訝しみながらも、リゲルの指示に従って退出していった。



「貴様の来訪予定はなかったはずだが?」



 顔を黒い布で覆った者はリンデルだった。



「ついにルシェが機士学校に入学したと聞きましたので、祝いを述べに来ました。今のがソラ姉さんですか?」



 リンデルの言葉に苛立ったリゲルは執務机を拳で叩いた。リンデルの言葉をかき消すように大きな音が室内に響き渡る。



「お前を息子と認めた覚えはないぞ。わしの子はソラ一人だ」


「そうでした。貴方は子を停戦の代償に差し出す弱腰王だったのを忘れておりました」


「わしを煽りにきたのか? ならば、無駄だ。帰れ」


「いえ、ルシェがやることに貴方が余計な手を出さないよう釘を刺しに来ただけです」



 リンデルは執務机に手を突くと、リゲルの目の前に黒い布で覆われた顔を近づけた。



「余計な手を回したと判断したら、そこで盟約は破れ、我々はこの国を滅ぼす。くれぐれも、余計なことをしないように。間違った選択をすれば、貴方の大事なソラ姉さんが死んでしまいますよ」



 リンデルは近くにあった羽ペンを手に取ると、執務机の上にあったソラを描いた小さな肖像画に突き立てる。



「それはお前の恨みか?」


「いえ、妖霊機(ファントム)たちの意志ですよ。その中に少しわたしの意志も混じってるかもしれませんが」


「何もする気はない。安心しろ」


「なら、安心ですね。ああ、そうだ。妖霊機(ファントム)たちからの伝言ですが、盟約が終わる日、最初に生贄として差し出す土地はどこがいいかを貴方に選ばせてやるとのことです」


「な!?」


「まだ時間はありますので、十分に考えてからご返答ください。最初に生贄として差し出す土地はかなりの被害を受けるでしょうがね」



 顔を覆っていた黒い布がズレ落ちると、リンデルの歪んだ笑みが見えた。その醜い笑い顔と提案されたことへの衝撃でリゲルは身体を震わせ怯えた。



「ま、待て! そんな話は――」


「すべては12年前に決まったこと。いまさら待ったはないですよ。では、また顔を見に来ます。それと近々、わたしが贈った土産が届くので楽しみにしておいてください。あぁ、つまらないものなので礼はいりません」



 リンデルはそれだけ言うと、ズレ落ちた黒い布を拾い、黒い靄になって執務室から消えた。


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