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被害者と加害者と

【本エピソードには性加害描写が含まれています。(過激でないもの)苦手な方はご遠慮下さい。】






「後藤さん、これ良かったらどうぞ」

帰り際、店長に呼び止められチキンナゲットやアップルパイが入った袋を手渡された。


「いつもすみません、ありがとうございます」

私はそれを有り難く受け取り、従業員用出入り口から外に出る。


大学から歩いて数分の距離にあるファストフード店の厨房でアルバイトを始めて2週間ほど経つが、従業員はみな親切だし店長も帰り際によく手土産を持たせてくれるし、良い職場に巡り会えたと思っている。

たくさん働きたいとの要望に応じてくれて、最初は接客メインでのバイト募集だったが厨房を希望したらそれも受け入れてくれた。

たまに視線が気になる時があるが、まぁ、新人だから見守ってくれているのだろう。


街路樹の立ち並ぶ歩道を歩いていると、ポツリと水滴が手の甲に当たった。

上を見上げると空の色が先程よりも暗くなったのに気づくと頰に水滴が当たり、私は本降りになる前に急いで寮に向かって走った。




「ただいまー、今日もお夜食貰ったよ〜」


寮に着くなりキヨさんとふうちゃんの部屋を覗くと案の定ひなちゃんもそこ居て、私がバイトを始めてから1人になる事が多く、寂しいからという理由で良くこの部屋に来ている。


「おかえりー」

「お疲れ様、雨は大丈夫だった?」

夜10時、彼女達はまったりと過ごしていたようで少し気だるそうだった。

うつ伏せでスマホをいじったりベッドで横になっていたり座椅子に傾れ込むように座っている。


私がナゲットやアップルパイを出すと、う、太る、と言いながら重たそうに身体を起こし、いただきますと手を合わせた。


側から見たら仲良し4人組だがここ数日、何だか彼女達には距離を感じている。

気のせいだと思いたいのだが以前のようなノリやテンションでは無く何処か元気がないといった感じがするのだ。


3人で何か話をしていて後から私が合流すると慌てたように話題を変えて誤魔化そうとしている空気が感じ取れ、何だか寂しい気持ちになる。


梅雨時期のぐずついた天気が続いて気分が上がらないせいなのか、先輩達とトラブルばかり引き起こすから私に愛想が尽きたのか、考えられる要因は沢山ある。

まぁ最近は美貴先輩にも西森さんにも絡まれなくなってはいるが。


正直、今はモヤモヤしてしまうがまた以前のような4人に戻れると信じている。

なので彼女達が盛り下がっていても私はいつも通りの自分で彼女達に接している。


「あのさ、近所に有名な心霊スポットがあるらしいんだけど、今度一緒に行かない?」

手に持ったアップルパイに視線を落としながらひなちゃんがそう言うと、他の2人は特にリアクションしていなかったので私に向けての言葉だと察した。

遊びの誘いなのに何故か彼女の声からは好奇心などを感じなかった。


「ひなちゃんはそういうの好きなの?」

「別に好きじゃないけど、思い出作りというか、いいかなって」

「そっか、私はちょっと苦手なんだよね、怖がりだから」

そう言ってチラリとキヨさんとふうちゃんを見る。

2人はお互いの顔を見てう〜ん、と考えるような仕草を見せた。

「私も実は苦手なんだ」

「私も好きじゃないけど、でも夏の定番だよね、肝試しって」

ひなちゃんは表情を変える事なく、そうだよね、と続ける。

「まぁ好きな人は少ないよね、やめとこか」

その冷めた言葉に私はこのままでは何だか駄目だと思い、咄嗟に切り替えた。

「いや、行こう!思い出作りしよう、夏休み前にさ」


夏休みに入ると私はバイト三昧だが、3人は地元に帰る予定だ。

夏休みという短い期間ではあるが休み明けに再開した時、さらに彼女達との距離が広がるのではないかと思うと怖かった。

だから私は彼女達の気分が乗るように前向きな発言を繰り返し、何処か空回りしているような雰囲気を感じながらもそれに気付かないフリして明るく囃し立てた。




ーーーーーーーーーー




肝試しの話が出てから数日後、私達はひなちゃんの言う有名な心霊スポットにやって来た。

そこは河川敷の川裏のすぐ横にある古い工場の廃墟だった。


全体がトタンで覆われており、大半が錆びて穴だらけで、工場と言うより大きな倉庫といった印象だ。

朽ちた木材や錆びた機器類が表に放置されており、建物の前面は駐車場だったのだろうか、アスファルトになっているがあちこちで草が突き抜けて生えている。

その他周辺は空き地や空き家になっており、街灯もなく暗くて静かだった。


その“いかにも”な禍々しい雰囲気に私は息を飲んだ。

「わぁ、すごいね、これは入るの勇気いるなぁ」

私がそう言うと3人は俯きながらうん、と小声で頷いた。


みんな苦手なのに何で来ちゃったんだろう、と思えてしまうほど私達のテンションは低く、このまま進めて良いのだろうかと躊躇してしまう。


私達は寮の各部屋に常備されている懐中電灯を持って来ていて、私とキヨさんがそれを持ち4人で一緒に中に入ると事前に話し合っている。


私を先頭に4人でピッタリとくっつきながらゆっくりと建物の中に入っていく。

中は錆びた鉄とホコリの匂いが充満しており、足元には細かな砂埃が蓄積されている。


外はまだ遠くの街灯やお店の明かりなどが届いていたので電灯が無くても見えていたが、中に入るとその僅かな光も届かなくなり屋内は真っ暗な空間が広がっているだけだった。


暗闇に懐中電灯の丸い灯りを当てると、少しづつ内部の様子を確認する事が出来た。


私達の他にも遊びで来た人がいた事を伺わせるようなタバコの吸い殻や空き缶などのゴミが散乱していて、パイプ椅子やテーブルなどが無造作に地面に横たわっており、この工場で使われていたであろう大型の機械にはビニールシートが掛けられている。


「なんか、色んな物が落ちてるね」

私がそう言うと3人はうん、と小声で答えるだけでやけに口数が少ない。


ゆっくり進み、建物の中心部まで辿り着くと、ひなちゃんが後ろからいきなり懐中電灯を私の手から奪って行った。


何かの冗談なのかと思い、私はちょっと返してよ、と笑いながら振り向くとひなちゃんは私の方を向きながら後退りしていて、その足元を見ると彼女の他に3人分の足が見えた。


…1人多い。


よく見るとその3人分の足元はキヨさんとふうちゃんの物ではなく男性のようだった。


「ごめんなさい、本当にごめん」

ひなちゃんが謝りながら後退していく。

「家族を…おじいちゃんをがっかりさせたくないの、ちゃんと卒業してお医者さんになりたいの、本当にごめんね」

彼女はそう言いうと私に背を向け、少し離れた場所にいたキヨさんとふうちゃんの元に駆け寄り3人は小走りで外に出て行ってしまった。


私は状況が飲み込めずただその場に立ち、目の前にいる3人分の影に目を向ける。

暗闇に目が慣れてくると彼らの顔が薄らと浮かび上がって来た。


それは西森さん達だった。


私はなぜ彼等が、という疑問と共に胸がざわつき嫌な予感が体中を駆け巡った。

そして友達に裏切られたのだと悟り、今まで感じていた疎外感が孤独に変わり胸に悲しみが広がった。


私は悲しみをグッと噛み殺し、気持ちを切り替える。

「あれ、奇遇ですね、先輩達も肝試しですか?」

すぐにでも走って逃げ出したい感情を抑え、彼らに動揺している事を悟られないようフランクに話しかける。

すると、西森さんを挟むように立っていた派手髪2人がスマホを取出し、小さくて眩しく光るライトで私を照らした。


「杏奈ちゃんと一緒に肝試ししたくて来ちゃったよ」

「可愛い子の怖がる顔が見たくてさ〜」

ニヤニヤと人をおちょくる様に2人が言う。


「はは、すみません、私はもう帰るところなので」

そう言って一歩踏み出すと3人は少し広がって行手を阻む。


「まだ半分残ってんじゃん、一緒に行こうぜ」

「男と一緒だと心強いっしょ?」

「いや、私、こういうの苦手なのでもう帰りたいなって思ってて」

そう言いながら彼らと距離を取るように少し後ろへ下がる。

笑顔を使ってはいるが、胸の内はノイズがどんどん大きくなっていくかの様にざわめき立っていく。


「えー俺達の事嫌いなの?悲しいなぁ」

「そういう訳じゃないですよ」

私が困ったように笑いながら受け答えをし3人で押し問答していると西森さんがふんっと鼻で笑った。


「杏奈はすごいね、強いよ」


西森さんの言葉に私は黙って聞いていると、彼は続ける。


「男が夢中になるわけだよね、こんなピュアな子、他に居ないもんな」




だから汚したくなるんだよ





彼のその言葉に私は血の気が引くのを感じ、彼らに背を向けて走り出した。



スマホのライトのせいで目が眩み、ほとんど見えていない暗闇の中、壁や棚にぶつかり地面に落ちている物に足を取られながらも必死に足を動かす。

彼らも私の名前を呼びながら追いかけて来る。


懐中電灯を持たない私にこの暗闇で走るのは不利だと思い、咄嗟にビニールシートが掛けられた大型の機械の裏に隠れた。


私は体を丸くしてしゃがみ込み荒くなった呼吸を整え、口を閉じて息を殺した。


この建物から早く出なきゃと焦りが頭を支配する中、ひなちゃん達の顔が浮かんだ。

彼女達はどんな気持ちで私を此処に連れて来たのだろうか、西森さん達に脅されて仕方なく?葛藤はした?私が何されるか知ってて彼らに引き渡したの?

そんな事を考えていると目にじわりと涙が滲み出て来るのを感じて私は唇を強く噛んだ。



きっと、いっぱい葛藤したはず、脅されて仕方なかったんだ…そうだよね?



「あーあ、雅喜が変な事言うから誤解されちゃったじゃん、あわよくば手を繋げると思ったのに」

「小学生かよ」

ギャハハと笑い声が響き、私は手の平でぐっと目を擦り涙を拭いた。


声と足音が近づいて来る、見つかるのも時間の問題だ。

周りを照らすライトの光が私の居る場所とは反対方向に向いた時、私は立ち上がって走り出した。

地面を蹴る音を聞いて彼らは私に気付き「待て!」と追いかけて来る。


勢いよく飛び出したが足元に置いてあったコンテナに躓き、私は小さな悲鳴をあげて転けてしまった。

うつ伏せで倒れた私は顔が床に着いてしまい、舞い上がった細かな砂埃を吸い込んでしまい、咳き込んでいると背中に柔らかな感触が当った。


「つかまえた」


西森さんの囁くような声が耳元で聞こえ、彼が私の上に覆い被さっているのだと気づく。

私のお尻の上に西森さんが跨るように馬乗りになって座り、両手はがっちりと押さえ付けられている。


「ひゃっ、やめっ、ふっ…ぐ」

どんなに暴れて体を動かしても彼を振り払えず、止めて欲しいとお願いしたくても途切れ途切れに掠れた声しか出ない。


「おい、手を押さえろ、お前は動画撮れ」

西森さんがそう指示すると2人は少したじろぎ、戸惑う様子を見せた。

それでも1人が私の両手を押さえもう1人がスマホの録画ボタンの音を鳴らすと西森さんは私のTシャツを捲り上げた。


背中が露わになるのを感じ私の頭は更に混乱していく。



嫌だ!嫌だ!



叫びたくても恐怖で喉が詰まってしまい、まともに声が出ない。

まるで首を絞められているかのように苦しく、首を横に振って足をジタバタさせる事が精一杯の抵抗だった。


西森さんがブラジャーのホックに手を掛けようとして少しお尻が浮いた時、私は勢い良く自分のお尻を突き上げた。

「うおっ」

彼は体勢を崩し、前方で両手を押さえていた男と衝突しかける。

両手首を押さえていた力が緩むのを感じ、私は急いで体を起こして走り出した。


今起きている事は私が頭の片隅で想定していた最悪の事態だ。

まさか彼らが、と思っていた節もあったがきっと最悪、私は彼らに辱めを受ける。

そんなのは絶対に嫌だ。

嫌だ、絶対嫌だ、そんな感情で体中が暴れ出しそうなほど騒ぎ立ち彼らに捕まらないよう必死に走る。

暗闇の中を全力疾走するのも怖いけどそれよりも捕まってしまう事の方が怖い。


転けたせいなのか暗闇のせいなのか方向感覚が狂い、出口を見つけられずに焦っていると視界の先で仄かな光を捉えた。

それは外から差し込む僅かな光で、壁に付けられたロッカーを灰色に浮かび上がらせている。


私は外に出られる可能性を信じ、その場所へ向かうとそこは更衣室のような場所で光の元は割れた腰窓から差し込むものだった。


「おいっ待て!」

近づく声が聞こえ私は咄嗟に地面に落ちているガラス片を手に取った。

彼らが背後に居るのを感じ、私は体の向きを変えて手に持っていたガラス片を彼等に向ける。


今にも泣きわめきたい気持ちでいっぱいだった、この先は行き止まりでもう逃げようがないから。


叫びたくても首を圧迫されているかのような感覚があり、声が出ない。

全身が震え呼吸が乱れ、ガクガクする足を引きずりながら後退させていく。

汗と砂まみれで震える私の姿が面白いのか、3人はにやつきながらスマホを私に向けている。


何かを話しているがその会話を理解するほど私には余裕がなく、全身を揺れ動かすような重く鈍い鼓動と自分の荒い息遣いしか耳に入ってこない。

ただこの状況を早く終わらせたいという焦りで頭がいっぱいだった。


もう私のこの醜態で満足して何処かへ行って欲しいと思っていたがそんな上手い事いくわけもなく、彼らは後退する私ににじり寄る。


踵がトンと壁に当たるのを感じた。




もう、逃げ場も為す術もない。





手の平サイズのガラス片で彼らと戦うなんて小動物のように怯える私に出来る訳がない。

でも彼らにはもう指一本触れられたくない。


この状況を何とかしなくてはと焦燥感に駆られた私はガラス片を自分の首に向けた。

それを見た彼らはおぉと歓声を上げて喜んでいる。

私には出来ないと思っているのだろう。


スマホ画面の光が彼らのにやけた顔を浮かび上がらせている。


ふざけてる、何がそんなに楽しいの?人の事なんだと思っているんだ、そんな感情が沸々と沸き上がりだんだんと腹が立って来た。


血が沸き立つような怒りが込み上げ、私はガラスを首に当てて勢いよくスライドさせた。


スーと血が皮膚を伝って流れて来るのを感じる。


手で押さえるとヒリッと滲みて赤黒い血がべったりと手に着いているのを見て私はその場に膝から崩れ落ちた。

それを見た3人はやばい、と焦り出し私に背を向けて走って行ってしまった。


心臓はまだドキドキしているが、さっきまでの嫌な鼓動ではない。

どこかホッとしている自分がいる。


1人になった私はこれで良かったんだと自分を励ました。

大丈夫、傷は深くない、死んだりしない、今は体に力が入らないだけ。


暗闇の中、孤独と恐怖を抱えて1人で震えながらうずくまっていると声が聞こえてきた。


ひなちゃん達の声だ。

気付いて貰えるようにロッカーをボンっと叩く。


「きゃー!」

「あんちゃんっ!」

彼女達は私を見るなり悲鳴をあげて近づいて来た。



ふうちゃんは体を震わせ嗚咽しながら泣いており、キヨさんは素早くスマホを取り出し何処かに電話している、そしてひなちゃんは私を抱き寄せて言った。


「ごめんなさいごめんなさい、あいつら揶揄うだけだって、あんちゃんの事は傷付けないって言ってたのに、本当にごめんね」

声を震わせ彼女はポロポロと涙を流した。


私は体の強張りが解けるのを感じ安堵していた。


私が手を挙げて彼女達の注目を集め3人がこちらを見た時、私は笑顔を作り消え入りそうな声で泣かないで、と言うと視界が狭っていき意識を失った。

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