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過去と未来③

先の事を考えると不安で仕方ない、けれども何度も検査薬を見てしまうのは自分の体の中に小さな命が宿っているという不思議な気持ちと複雑ながらも喜びに似た気持ちがあるからだ。


子供の父親なんてどうでもいい、この子は私の子、この子があの屋敷から逃げ出す勇気をくれたんだもの、娘はそう思い堕胎する考えは無かった。

安心できる地に辿り着き、開放感と安堵で心の余裕が出来た娘の胸には愛おしさが広がりそっとお腹を撫でた。


お腹の子の事は絶対にあの男に知られたくないと思っていた娘は離れた地でひっそりと産む事を念頭に入れていた。出産は命懸けで容易い事ではないと知っているが、子の将来を守る為にも病院へ行くのは躊躇われるのだ。


しばらくすると、波と木々の揺れる音の中に人の会話が聞こえ、娘は身構えた。足音からしてこちらに向かって来る。

草を掻き分けて出て来たのは先ほど海で遊んでいた子供達だった。保護者らしき女性もおり、屈託のない笑顔で娘に挨拶をすると、娘の持っていた旅行鞄を見て観光ですか?と聞き、娘は頷いた。

「あらー今ね、民宿が改装中でお休みなのよ」それを聞いた娘は残念そうにそうですか、と言うと女性は娘に提案をした。

「良かったらうちに来ない?一部屋空いてるわよ」



子供達と一緒に歩いて家に向かう途中、女性はいろんな話を娘にした。

女性は早苗という名前で子供達は全員が自分の子では無く、ショートステイで他県からこの島に来た子供達だという事、そして彼女は民間の短期入所生活援助施設の寮母である事や、この島の名物の事など。


「体調は大丈夫?」

不意に体調の事を聞かれた娘がえっ、と驚いた表情をしていると、「ごめんなさいね、さっき妊娠検査薬が見えたから」

娘は返事に困り口篭ると、早苗は笑って「いいのよ無理に答えなくて、でも、辛くなったら言ってね」そう言うと娘の持っていたカバンを手から奪い1番背の高い男の子にその鞄を託した。


しばらく歩くと大きな家に着いた。玄関横には〝山と海とこどもの家〟と木彫りの看板が掛けてあり、そこは施設というより3世帯程住めそうは大きな民家といった印象だった。


そして、この家で娘と早苗と子供達との共同生活が始まった。



————



娘は度々、悪夢にうなされる事があった。


大きな音に怯えたり、男の人に話しかけられると露骨に嫌な顔をしたり、海を眺めて涙を流したりと早苗は娘が何か抱えている事は分かっていたが詮索はしなかった。


妊娠が判明してから半年程が経ち、お腹も目立つ様になって来た頃、いつもの様に2人で子供達の洗濯物を畳んでいると娘が唐突に話し始める。

「…この子の出生届は出したくないんです」

早苗が目を丸くしてそう、と言うと娘はこれまでの事を話し始めた。


別れた家族の事や自分が過ごした暴力に支配された日々の事を時折声を詰まらせながら早苗に伝える。震えながら話をする娘の様子を見た早苗は娘は未だに怯え、男の存在に縛られているのだと感じた。


一頻り話し終えると、早苗は娘に話してくれた事に対してのお礼と今後の事について提案をした。

出産に関しては島のおばあさん達の力を借りれば病院は行かなくても大丈夫だという事。出生届なんて出さなくても子供は育つ、それからもし子供の戸籍が必要になった時には自分と養子縁組をすればいいという事。


「こんな辺鄙へんぴな島まで探しに来ないわよ、今は舞島のみんながあなたの味方よ?警察にだって渡さないわ」

早苗はそう励ますと最後に「今までよく1人でここまで頑張って来れたわね、もう大丈夫よ」

その言葉を聞いて娘は子供の様に泣き、人に甘えられる幸せを感じた。


それから数週間後、娘はこの島でお産婆さんをしていたという高齢女性の力を借りて元気な女の子を出産する。


娘は赤ちゃんを腕に抱き、改めてその存在を愛おしいと思った。

小さくて柔らかくて弱々しくて、愛おしい。


赤ちゃんは杏奈と名付け、娘に笑顔が増え始める。

娘は早苗の手伝いをしたり、工場で魚介類の加工の手伝いをしたりと、穏やかでで充実した日々を送っていた。

だが、子供がもうすぐ4歳になろうかという時、娘の様子が少しづつおかしくなっていく。

再び何かに怯え始め、悪夢を見ては「あの男が出てくる」と言って取り乱し、夜中に泣き出す事が増えたのだ。

その度に早苗は娘の話を聞き、大丈夫、と言う事しか出来なかった。この時娘は一生あの男に怯えて暮らすのではないかと考え、未来に希望を見出せずにいた。自分が居なければ子供にも危険が及ばないのに、と言う事もあり早苗は娘の精神状態が心配で仕方なかった。



そんな心配が的中する事態が起きてしまう。


娘は4歳の子を置いて崖から身を投げたのだ。


幸せは長く続かなかった。


その出来事は島民に衝撃と悲しみを与え、娘を憐れむと共に子供の事も憐れんだ。




—————————




これは私の母の話である。

なぜ私が知っているかと言うと、15の時に早苗さんに聞いたからだ。

母は生前、私が年頃になって自分のルーツを聞いてきたら隠さずに話して欲しいと早苗さんにお願いしていて、自分で話しなさい、と言っても困った様に微笑むだけだったそうだ。


〝暴力旦那から逃げて来てこの島で自殺した人〟という噂しか知らなかった私は母は弱い人間だとずっと勘違いしていた事に気付いた。

確かに母は可哀想な人間ではあるし、死ぬ以外の選択肢もあったのではないかとも思う。だが母の行動は父親へ対しての命懸けの抵抗であり、私を守る為にした命を賭けた自己犠牲とも言える。

そして、母にあれだけ執着していた父親が塀の向こうで母の死亡届を目にした際にはきっと穏やかでは無かっただろうなと想像できる。


母を亡くした4歳の私は“死”というものをある程度理解していた。でも幼い私は母が居なくなった事が受け入れられず、何処かに居るのではないかと思い、本土に行く度に女性の顔を見上ては母を探した。

その度に傷つき失望をし次第に探す事をしなくなった。


そして早苗さんの養子になり早苗さんは私を自分の子供のように接してくれて、香さんや理恵さんも可愛がってくれた。

幾度となく「私を本当のお母さんだと思って良いのよ」と言われ、口ではうん、分かったと言いながらも何処かリミッターの様なものを解除出来ずにいた。

私にとって早苗さんは早苗さんなのだ。

甘えたくても抱きつくことが出来ず、思春期のモヤモヤした気持ちを抱えた時も吐き出せず自分の中で何とか消化してやり過ごして来た。

それは、私の家でもあるこの“山と海とこどもの家”で一緒に過ごす子供達の存在があるからかも知れない。悲惨な経験をして心を閉ざした子供達と過ごす中で自分の悩みがとてもちっぽけに感じて、こんな事で騒ぎ立てて良いのだろうかと思えてしまうのだ。


正直、ここに母が居たら違っていたのだろうか、そんな風に考える事は幾度となくあった。


しかし、悩みというのは誰かに相談しても結局は自分の気の持ちようや考え方次第で解決して行くものだと思うようになり、私はますます人に甘える事をしなくなっていった。

学校で友達が出来ても醜態を晒したり感情をぶつけたりする事も無く、私の事を謎めいてるやら頭のいい人間は怒りなどの負の感情が無いんだ、など言われる事もあるが、無いと言うよりはコントロールしていると言う方が正しいように思う。


私という人間は母親や早苗さん達、島の人々の献身で生かされている。

甘えや弱みを晒す事はするべきでは無いと思っている節があり、医者を目指すにあたりこの考え方は利点だと思う様になった。

私の思考を誰かに話した事はないが、人によっては否定される考え方かもしれない。

それでも私は前を向かなくてはならない、何故ならこれから新しい生活が始まるからだ。

私は大丈夫、きっと上手くやっていける。

強く生きるんだ、母の分まで。

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