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ダークエンパス



「高橋です」



——確かに、そう言った。

一点を見つめ、手で口を覆ったまま、私の体は硬直していく。


「…んっくくく」

彼は聞いた事のない笑い方をしている。


「確かに、最初は30代女性の予定だったんですけど、こっちにも色々あるんですよ」


いつもとは違う冷めた口調で、タバコを蒸かしながら電話で誰かと話している。


「でも、脂肪が少なくて綺麗でしたよ、ほんと、金額上乗せしちゃってもいいくらいの上物です」


…何を、言っているの?


会話の内容が汲み取れず頭が混乱する。



本田ほんださんも一度見学に来たらどうですか?

楽しいですよ、

開腹した時に動いている内臓を見るのは、

神秘的で感動しますから」



高橋の言葉で視界が歪み、全細胞が吊り上がるかのように鳥肌が立った。

涙が再び湧き上がり、ポロポロと膝に落ちていく。

翔さんをあんな風にしたのは彼だという事を知り、怒りと恐ろしさと衝撃で感情が絡まった糸のように黒い渦を描いていく。


「…んっくっ、傷付くなぁ、そんなに否定されちゃうと」


会話の内容は理解したくもないが、高橋の異常さは理解できる。

よく翔さんの前でそんな会話が出来るもんだ、何がそんなに楽しいの?


狂ってる

信じられない

酷い

最低すぎる


…信じていたのに

それなのに、


吐き気が込み上げ、私はそれ以上の思考を止める。

手で口を強く押さえ、壁側に体を押し付けながら必死に堪える。


「あぁ、それは大丈夫ですよ、昨日の夜死んだって連絡来たんで、ほんと、一命を取り留めたって聞いた時は焦りましたけど、無事、死んでくれました」


「…問題無いです、酒に溺れてたのは周りが勝手に証言してくれたから事故になってるんで、ケツの穴まで調べないですよ、酒を染み込ませた脱脂綿は抜いたし、ご心配なさらず」


その会話内容は唐田さんの事だとすぐに分かった。

生々しくて、恐ろしくて、私の縮み上がった体にさらに追い打ちをかける。


電話が終わると彼はスマホをポケットにしまい、自動ドアの開く音の後、足音は部屋を出て行った。


息が苦しかったが手を離すと嘔吐してしまいそうで、私は口を強く押さえ、肺を震わせながら全身で深呼吸をする。


早くここを出なきゃ

部屋に戻らなきゃ


自分に言い聞かせるが、小刻みに震える体は固まったままピクリともしない。

感情が追いつかず、ただ、ひたすら涙だけが流れてくる。


そして、

この時、私は思いもしなかった。


高橋が翔さんの遺体の前で、私の黒く長い髪の毛を拾っていた事を。

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