悪夢 (※虐)
「ぐあああああ!!」
自分の声とは思えない雄叫びが城内にこだまする。
初めて竜王に謁見した玉座の間で、わたしは磔にされていた。
竜人族の戦士たちが寄ってたかってわたしを痛めつける。
「どうだ? 痛いか? お前がいけないのだぞ。素直に情報を吐けば楽にしてやるものを」
竜王がニヤニヤと陰湿な笑みを浮かべながら、為す術もなく苦痛に耐えるわたしを眺めている。まるで悪魔のようだ。なんと言う残酷な、悪魔。
問い詰められても、話せる情報はもうない。
満足できない竜王は、「すべて話せ」とさらに責め立てる。
「まぁ、吐かぬというのなら、仕方あるまい。……これで何本目だ?」
竜王が部下に問うと、ひとりが答えた。
「99本目です」
竜王は首をひねった。
「99か。これ以上、折ることができる骨はないか……」
体の骨1本1本を折られる苦痛を与えられていた。例えば、指の関節ひとつひとつや、足の指に至るまで……。
骨を折られたところで死には至らないが、痛みで意識が飛び、再び激痛で目覚めさせられる。
もうこのまま、楽に殺してくれればいいのに……。
見知らぬ土地で異民族から暴行を受ける。これが任務をしくじった顛末だ。捕まってしまった自分がいけないのだ。
(神よ。どうか、わたしに幸せな死を……。せめて……せめて……)
生まれて初めて神に祈りを乞う。
……が、それはあっけなく打ち砕かれる。
「それでは生きたまま皮を削ぎ落としてやるのはどうでしょう?」
進言したのは、竜王の側近であるリグだった。
「よし、やれ」
王の許しが出ると、リグは前に進み出た。
リグは血に飢えた獣の瞳をギラつかせ、荒い息でわたしの顔にナイフを押し当てる。
「や……、やめろーーーー!!」
* * *
自分の叫び声で目が覚めた。
相変わらずわたしは牢屋の中にいた。
磔にもされていなければ、傷も負っていない。指も動くし、皮膚もちゃんとある。
「ふぅーー」
安堵し、重いため息を吐く。
捕囚されている状態で拷問される夢を見るとは。
常に最悪の事態を想定して行動するので、頭の片隅にあったことが夢に出てきたらしい。ここまでくると職業病だ。
竜人族の城にやって来てからふた晩夜を明かし、3日目の朝を迎えていた。
すぐに殺さないということは、拷問以外考えられない。喋れるようになるまで回復を待つのもよくあるやり口だ。
『どこまで耐えられるか、貴様の強さを試させてもらう』
竜王の言葉を思い出し、どんな仕打ちをされるのか想像してゾッとした。
相手は異民族、自分の想像を越えたことをしてくるかもしれない。
それなら逃げ出した方が最善か。思案しながら、手首の拘束を解く策を探していると、牢屋の扉が開いた。
やって来たのは竜王と側近のリグだった。
「元気そうだな」
冷めた顔で、竜王がわたしを見下ろしてくる。
わたしは「どこが」と心の中で呟き、睨み付ける。
殺気を察したリグは長剣の柄に手をかけ構えの姿勢を取った。
「お前、その生意気な目はやめろ。ベルファレス様の前だぞ」
「よい」
いきり立つリグを竜王が制すと、リグは臨戦態勢を解除した。
「威勢が良くて楽しみだ」
何が楽しみなんだと、疑問に思っている間に頭に袋を被せられる。
リグに「立て」と促され、視界を奪われた状態で言われるまま歩かされた。牢屋の外へと連れ出されているようだ。
わたしは拷問されるのか。
そして、今は自らの足でその地獄への道を歩まされている。
徐々に外界の様子を察する余裕を失っていく。
どのくらい歩かされたのかは覚えていない。
突然「止まれ」と言われ、手錠を解かれる。頭に被せられた袋を剥がされた。
暗闇が瞬時に明るくなり、目が眩んだ。
まばゆい太陽の日差しがわたしの瞳を刺激する。
連れられた場所は林に囲まれた草原の広場だった。拷問道具のようなまがまがしい設備はなく、野原にわたし、竜王とリグが距離を取って対峙していた。
竜王はマントを脱ぎ、リグに手渡した。それと交換する形で鞘に入った剣を受け取る。
「取れ」
竜王はわたしに向かってそれを放り投げた。
ずっしりと重い。
それはわたしの愛剣だった。
騎士になった証にこしらえてもらったものだ。剣の刃と柄が十字に交差する部分に赤い宝石を嵌め込み、柄には赤い布を巻いている。握ると手と一体化するように馴染んだ。
(外敵の剣を保管していたのか……。なぜわざわざ……)
再びやつらの動機に疑問を感じた。愛剣を見つめながら思案していると、竜王がわたしに向かって高らかに声を上げた。
「平原の民よ。俺と勝負しろ。俺に勝てば、貴様が言う、植民地化とやらを検討してやってもいい。解放が望みであれば無条件で解放してやる」
竜王は愛用らしき使い古された長剣の刃を剥き出しにし、仁王立ちで立ちはだかった。
「お前にとっても悪い話ではなかろう? さあ、勝負を受けるか?」
わたしに、劣勢を覆す好機が巡ってきた。
(ランティス、今度こそ、わたしはうまくやれるだろうか?)
例え死の結末しかないとしても、拷問を受けながら苦しんで死ぬよりも到底マシというものだ。
騎士ならば、答えははじめから決まっている。
鞘から白刃を抜き、切っ先を竜王に向け、わたしは叫んだ。
「その勝負、受けて立とう!!」