囚われの男装騎士
牢屋で我が身の行く末を案じていると、階段を下る音が近づいてき、話し声が聞こえた。人物はふたり、低い声と高い声だ。
わたしは目蓋を閉じ、壁の床に伏して気を失っているふりする。
「……手当の方は?」
「はい。滞りなく。ところどころ骨が折れていたようですが、治癒を施しましたので、動けるまでに回復していると思います」
「うむ」
「今は鎮痛催眠の効果で眠っているかと」
ガチャガチャと鉄格子の扉が解錠され、竜人族ふたりが入ってきた。
声と気配、醸し出される威圧感から、ひとりは誰だかはっきりわかる。竜王だ。
息を殺し、ぎゅっと目蓋を閉じる。力が入ってしまったせいか、体がかすかに震えた。
ふんと竜王は鼻で笑い、わたしの頤を持ち上げた。
「おい。お前。目が覚めているんだろう」
わたしは気絶したふりを続け、どう反抗しようか策を巡らせた。その間、約1秒。
「おい……!」
「ぶっ」
竜王に向かって唾を吹っ掛けた。
「貴様……!」
反撃に身構えていたが、竜王は睨みつけるだけで、手すら上げない。
予想外の展開にわたしは心の中で拍子抜けした。
「まっ、なんてことを……」
竜王の侍従は目を丸くし、汚いものを見る目でわたしを見下ろしてきた。
「ベルファレス様、これを……」
「いや、いい。服が汚れなかっただけまだいい」
ベルファレス。それが竜王の名前らしい。
竜王は侍従が差し出した布を拒否すると、自身の甲で、唾で汚れた顔を拭った。
「平原の民の扱いは容易ではないな。だが、面白い。躾ける甲斐があると言うものだ」
殺気を放ちつつも、竜王は不敵に笑い佇んでいる。
自分の役目を果たせず、捕虜になり、しかも生かされている。屈辱的な状況に自分は恥ずかしくてたまらない。
「なぜわたしを助けた!? 手当てをしたと聞いたぞ。なぜ情けをかける?」
「ほう……お前は死にたいのか?」
「相手の手に落ち、辱めを受けるくらいなら、命を絶った方がましだ!!」
騎士道とはそういうものだと教育されてきた。
「もう一度、問う。なぜわたしを手当した!?」
詰め寄るわたしに、竜王はけたたましく笑った。
「ははははは!! 理由などあるわけない。ただの気まぐれだ」
「気まぐれ……?」
目的もなく、敵を生かしたままにしておくはずがない。きっと何か理由があるはず。
拷問で情報を引き出し、最後は享楽の道具として弄ばれて殺される……!?
自身の行く末を想像すると腹の底から震えてくる。特務部の騎士として、覚悟していたはずなのに。
覚悟が決まらない。いっそのこと、殺して欲しい……!
だが、それを目の前の敵に乞うのはもっと情けない。
「そのように怯えた顔をするでない」
そう言われて自分の顔が恐怖で引きつっていることに気がついた。
次は何を言われるか、何をされるのか、不安になっているわたしに、竜王が掛けた言葉は意外なものだった。
「お前、“女”だろう?」
「は?」
1番最悪な質問だ。女だから何だって言うんだ。
短く切り揃えた金髪、胸にサラシを巻いて曲線をなくした体。見た目は男騎士と変わらない。騎士団では誰にも女だと気づかなかったのに、なぜ気づかれた?
竜王は疑問を持った理由をつらつら語り始めた。
「お前は、ここ数十年の間にやってきた平原の民達とは何かが違う。匂いか? 雰囲気か? よくわからんが性別が異なると感じたのだ」
わたしは性別の考察よりも、“平原の民”のことが気になった。過去に送り出された王国の人間は全員行方知れずになっている。
(……こいつらが殺したのか!?)
サーっと血の気が引く。
その様子を楽しんでいるのか、竜王は口の端を吊り上げ話を続けた。
「俺が出会った平原の民より、お前は強かった。お前の屈強な肉体、精神力は見事なものだ。一晩でここまで回復するのもお前の身体能力のおかげだろう」
骨が折れていたのに、手当しただけで、動けるようになっているはずがない。
「お前ら! わたしの体に何をした!?」
「何をしたって、そんな……。骨をくっつける治癒と、傷んだ筋肉や内蔵を活性化させ回復を早める処置を施しただけですわ」
竜王の傍に控えていた侍従が前に進み出て高い声で説明した。声からして女のようだ。
ふたりが横に並ぶと服装から格の違いがわかる。
竜王は藍色に染色した記事に複雑に刺繍を施した開襟の上衣と、動物の毛で縁取ったマントを羽織っていた。マントの留め金、耳や首につけた装飾品も竜王の方がひときわ豪華だった。
一方で侍従の女は、同族に特徴的な青白い肌に、白い髪だが、髪は長く、尾っぽのように長い三つ編みにまとめられていた。縁に幾何学模様の刺繍が施された白いローブを身に纏っている。肌はさらに白みがかっていて陶器のようだった。
質素な出で立ちだが、只者ではない雰囲気が感じられた。
「処置のために一度着ているものは剥ぎ取られせて頂きました」
「えっ……」
その時にはじめて見慣れない衣服を着せられていることに気づいた。きめが荒い麻袋に、頭と腕の穴を開け、すっぽり被せられているだけの粗末なものだった。
(こいつに裸を見られたのか……!?)
情けなさと恥ずかしさで顔がボッと赤くなる。
「心配するな。ハティはお前と同じ“女”だ。治療にも精通している」
「ハティと申します」
竜人族の女は丁寧に会釈をした。
(心配するな、とはなんだ)
同性だから案ずるなと言いたいのか。ちっともわたしの慰めにもならない。裸を見られたなんて。抵抗感が拭えない。
「まだ完治しておりませんので、無理はなさらぬように……。しばらくしたら、なにか口当たりが良いものを持って参ります。ベルファレス様のお顔を汚す態度は許せませんが、あなたを存命させるのがわたくしの役目です」
後半の言葉は強い語気で、嫌味が込められていた。わたしの態度が気に食わなかったようだ。
手当てをしただけでなく、わたしに食べ物を提供するらしい。
ますます不信感と恐怖が募る。食事にも毒が仕組まれているはずだ。迂闊に口にしてはならない。
思案を巡らせ、ギリギリ歯軋りをしていると、竜王がお得意の不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろ。お前のことは大事に扱ってやるつもりだ」
ギロリと鋭い視線を向けてくるので、微笑が余計に気味が悪い。
「そう簡単に死なれてはこちらも困る。どこまで耐えられるか、貴様の強さを試させてもらう」
竜王は言い終わるとすぐに羽織っているマントを翻し、去って行った。
(どこまで耐えられるか、だと?)
ふたりが牢屋を去った後、ジワジワなぶり殺される様子を想像し、体を震わせ横たわった。