顔合わせの朝食 (☆)
入浴を済ませ、装いも竜人族風になったわたしは朝食の場へ通された。
厨房の隣にテーブルと椅子が並んでいる大広間があって、城内に住む竜人族はここで食事を取っているらしい。
今回はその大広間とは違う部室に通された。大きな円卓のテーブルと椅子があり、大広間のものよりも手が込んでいる。模様が織り込まれたタペストリーが壁にかけられ、明らかに王族専用と言ったところだ。
「来たか……」
上座にあたる豪勢な椅子にベルファレスが腰かけていた。
ベルファレスの部屋を出てから小一時間ほどしか経っていないのに、待ちわびたと言う顔をしている。
着替えたわたしの姿を足元から頭の先まで見上げると、満足げにハティに声を掛けた。
「うむ、見違えたな」
「はいっ!」
ハティは「ご命令通りにしました!」と言いたげな自信たっぷりの返事をした。
そりゃあ、独房にいたときのみすぼらしい囚人の格好に比べれば……。と頭の中で文句を言うが、着なれない服のせいで妙にドキドキしてしまう。それにしても下半身がスースーして居心地が悪い。
さっきまで互いに無防備な姿で一緒に居たと思うと、さらに胸の鼓動が早まった。
動揺する心を必死に落ち着かせようとしているのに、竜王は涼しい顔をして首長専用の豪勢な衣服に身を包んでいる。贅沢に刺繍が施された上衣から、髪に編み込まれた宝石に、耳の装飾品など一切の隙がない。
完全無欠の王様オーラにうろたえてしまい、わたしの目は虚空を泳いだ。
何か言いたげにこちらを見てくるベルファレスが口を開こうとした時、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「失礼します。ただいま参りました」
側近のリグだった。
帯剣はしているものの、ベルファレスの警護にあたっていた時とは違い、甲冑はつけていなかった。縁に刺繍が施された白い布地のチュニックを纏い、腰には帯のようにストールを巻いている。
「ああ、リグか」
「おはようございます。ベルファレス様」
立ち止まりうやうやしく頭を下げるリグに対し、返事のかわりにベルファレスが片手を上げる。
「揃ったな」
ベルファレスが視線を送ると、家臣ふたりがわたしに向かって軽く頭を下げる。
「もう知っていると思うが、俺が最も信頼している側近だ。最強の戦士リグに、我が一族の巫女ハティだ。レラの身辺のことはこの者たちに任せてある。存分に頼るがいい」
リグがわたしの方に向き直り、話しかけた。
「レラ殿はベルファレス様とご寵妃になられたとか……」
当初からわたしに対しても敬語口調だったハティは置いておいて、リグの態度の変化には気持ち悪さを覚えた。わたしのことを「こいつ」「お前」と言っていたやつが、だ。調子が良いにも程がる。主君が可愛がる女は主君と同じように敬意を払うものらしい。
ベルファレスがリグに語っていたであろう思惑が透けて見えた。
やはり「俺の女」とは妾か妃かなにかを想定するものだったらしい。
「……それがな……、断られたのだ」
ベルファレスが歯切れが悪い声で訂正した。
「……左様ですか」
主君を刺激しないように、冷静さを保っていたが、リグは明らかに驚きを押し殺したような表情をしていた。
「準備ができたようです。……さあ、みなさま。朝食にいたしましょう」
そうこう話している間に配膳が済んだようだ。テーブルの上に大皿が並べられている。
ベルファレスの宣言通り、虫の素揚げがないことを確認して胸を撫で下ろすが、皿に乗っている料理は見慣れないものばかり。
オドオドしていると、ハティに促され彼女の隣の席につく。てっきりわたしの席はベルファレスの隣かと思ったが、そこは空席のままだ。
ベルファレスから向かい合う形で3人は円卓に着席した。
着席してもなかなか食事は始まらず、彼らもしばらく沈黙していた。
何かの合図を待っているかのような間だった。
沈黙を破ったのはベルファレスだった。ひとりひとりに配膳されたスープの器を軽く持ち上げ、声を上げる。
「我らを導く女神に感謝を」
リグとハティも器を持ち上げ、「感謝を」と呟き、スープに口をつけた。わたしも倣ってスープから食す。
(薄い……)
うっすら塩の味がするが、具材はすりつぶされていて、何が入ってるのかわからない。
急に不気味になった。
とりあえず口直しに、目の前の大皿に乗っていた赤い果実に手を伸ばす。
「まずはベルファレス様からです。あなたはそのあとに」
ハティに軽く手をはたかれる。大皿に手をつけるのは長からという暗黙ルールがあるらしい。
「ぶっ」
リグが吹き出すがハティ睨まれ、すぐさま笑いを押し殺した。
こいつ、やはりわたしを馬鹿にしているようだ。
「構わん」
ベルファレスは別の大皿にから平たいパンのようなものを手に取り、ちぎって口に運んだ。
ハティが「もういいですよ」と目配せしてきたので、林檎を両手にひとつずつ取って、かぶりついた。
「我々と共に暮らすのであれば、我らの習慣に従って貰わないと困りますな」
主食にあたるのであろう平たいパンを口に運び、リグがぼやいた。わたしに向けて言っているのだろうが、聞こえないふりをする。
「少しずつでいい。まだ儀式も済んでいない。レラはまだ客人だ」
ベルファレスが賛同してくれず、バツが悪くなったリグは話題を変えた。
「儀式はいつ行いましょう?」
「できるだけ早くだ。ハティ、いつならいい?」
「……今宵、決行できるかと。今しばらくは冥界の力が満ちている時期ですので」
「わかった」
3人が話し合っている間、わたしは果実を頬張っていた。この食卓の中で唯一食べられる品だ。
「レラ、今宵お前をドラクに迎え入れる儀式をする。これを済ませれば正式に我が一族の仲間だ」
「んんっ……!?」
林檎をむしゃむしゃ食べている最中にベルファレスが声をかけて来たので、のどに詰まらせそうになった。
* * *
「それでは、また迎えに参ります」
儀式が始まるまで、わたしの自室として用意された部屋で待機することになった。
「儀式まで面会は禁じられておりますので、鍵をかけさせていただきます。外に見張りが控えておりますので、用があれば部屋の中からお声かけください」
(逃げ出さないように監禁ってわけか)
なんでも悪い方向に考えてしまう。ハティに向けた視線はきっと冷たい目になっていることだろう。
「なぁ、儀式って何するんだ? それをすることでわたしはお前たちの仲間になれるんだな」
閉じていたハティの目蓋がゆっくり開く。
「けじめのようなものです。これでレラ殿に気兼ねなくわたくしたちのことを話せますわ。何も怖いことはありませんのでご安心ください」
そう言い残しハティは部屋を出て行った。
竜の血を継ぐ者、ドラクの一員……。
それはもう、国には帰ることができないと言うことだろうか?
祖国の暮らしを捨てて、竜人族として生きろと言うことだろうか?
それをわたしに自ら誓わせると……?
棚の上に置かれたわたしの愛剣に手を添える。
部屋の中にはわたしが身につけていた騎士団の制服や荷物が運び込まれていた。
ベルファレスから返してもらった騎士団のネームタグを握りしめる。
確かにわたしは負けた。
降伏すると言った。
……だが。
ランティス、わたしはどうすればいいだろうか?
わたしはまだ、彼らと共に居ることに迷いがある。




