過労系 4
蔵人は情報弱者である。
第一に蔵人はSNSをやっていない。それは個人情報の露出を避けるのと、過剰な情報に踊らされる気がしてならないからである。
それ故に知らない。今世界で最もホットな話題を。
「なあなあ蔵っち」
学校の屋上で購買で買ったパンを食う男二人。孝介はただの話題提供にとんでもない爆弾を用意していた。
「なんだ?」
「聖女っておるんやな」
「………何言ってんだ?」
いきなり過ぎる孝介に内心驚きつつ確認する。
「いや蔵っち知らんの? ほれSNSで今話題の聖女ちゃん。なんでも死人を生き返らせたって話やで?」
「………………え?」
死人を生き返らせたのが間違いなく自分で、聖女の姿でダンジョンにいただけに孝介からもたらされた情報は正に寝耳に水だった。
「この動画見てみ。これ数日前の出来事なんやけどな?」
「………」
バッチリと映る見覚えのある美少女三人。次々と殺されてドローンまで叩き落とされてから少しして現れる聖女ちゃん。はいどう見ても蔵人です。
オーマイゴット。神に祈りたくなる気持ちでそのまま夢なら良いなと寝たい気分だった。しかし残念ながら現実。自分の爪の甘さが起こした事象なだけに寝てる場合じゃなかった。
「これ専門家が確認しとるんやけど、この三人ちゃんと死んどるんよ。どう考えても高価なポーションでも絶対に間に合わへん。なのにちゃんと生きてますって動画出しとるしな。ならこれは生き返らせる力があるって話や」
とても饒舌に詳しく説明してくれる孝介を他所に蔵人はあんな所にドローンがあったのかよしっかり壊せクソガイコツと内心荒れていた。
「もう世界中ヤバいで? 色んなギルドが聖女ちゃん探し回っとるし」
「ふぇ?」
蔵人が知らない間にビックスケールで動き回ってた。
ギルドは冒険者の寄り合い組織のようなものだが、それぞれに派閥があるのでどのギルドも他を出し抜こうと躍起になっていた。
「そらそうやろ。ギルドがその聖女ちゃん囲えば死なんて物ともせんでダンジョン攻略出来るんやで? そら囲いたくなるわ。何より死んでも保証があるとか是が非でも欲しいやん」
それはそう。死んだら終わりだから慎重になる。たとえどれだけ努力してレベルを積み重ねても死ねば終わり。だから高難易度のダンジョンを潜るのを拒否する冒険者は一定数いる。
だけど聖女を取り込めば死んでも次がある。慎重でいる必要がなくチャレンジしやすい環境になれば一攫千金も夢ではないし、自分の成長にも繋がる。
どのギルドも文字通り死んでも欲しい人材が現れた。なら手に入れたくもなるだろう。
「ちなみにギルドは何を?」
何をしているのかを知らなければ動くに動けない。割と情報通な孝介に縋る様に確認した。
「えーと、まずはあれやな。ガイコツの出る砂浜のダンジョンなんかは世界中のギルドの人間が押し寄せとるで。それこそ夏の海辺の混み具合なんて目じゃないわ。もはやフェスやで」
ほれ、と見せられたSNSに投稿されていた写真にはあのボロい襖を囲むように密集した人、人、人!!!
「聖女ちゃんの情報欲しさに小さな事でも集めとるみたいやな。それこそその聖女ちゃんがダンジョンから出て来たと思えば煙の様に消えたなんてのもあるな」
「……人が煙みたいに消えるかよ」
全部見られてるぅううう、蔵人の心に余裕は無かった。
「それな。でもその噂からダンジョンの精霊なんて話もあって日夜聖女ちゃんに会う為に沢山の冒険者がガイコツ屠りながら捜しとると」
あの写真から冗談でも何でもなく冒険者たちが徘徊していると理解した。
蔵人はあのダンジョンにもう行かないと誓う。こんなに騒ぎになるなんて予想外過ぎだ。
「それで聖女には会えたのか?」
会える筈がない。そう分かりつつも偽物現れてくれないかと期待する。
「それがぜーんぜん。正に影も踏めてない状態やな。あの三人のアイドルたちが話題になる為に嘘情報流したんじゃないかって話もあるけどライブやったし無理で落ち着いとるわ」
「…………技術も進歩してるしワンチャンあるかもよ」
「あっはっはっ! それはないで? その手のプロがあのライブ配信に加工された形跡は無いって断言しとるし」
「じゃあ聖女っているんだな……」
蔵人は遠い目をして空を見る。あー空が青いな。なんて現実逃避してる場合じゃない。これからどうしよう。
正直ダンジョンは楽しい。無双出来てお金も稼げてストレス解消にはもってこい。
しかしそれで身バレしていては本末転倒。あくまで目立たずに今の生を楽しむのが目的。
そうなると『ファントム』による幻影魔法の出番ではあるが、実はこれ、そこまで万能ではない。
何せこの魔法は術者が正確にイメージしたものをスクリーンに投影するように現実に反映させる魔法。つまる所、イメージを維持してないと起動しない魔法なのだ。
例えば自分の身体をタコの様な触手に見せるとしよう。その時は足を一本進めるのに触手特有の軟体性ある動きをイメージして動かさなければならない。
普段から歩くのに意識して動かないのと同じでイメージを浮かべながら行動出来るかと言われればそれはもう難しい。
立ち絵のように動かさないのであれば前世でもクラウディア以外の魔法の拙い聖女たちでも使えた。
しかしこと動かすとなるとクラウディアを持ってしても難易度が高くあまり使い勝手の良い魔法ではなかった。
それが今世で解決されているのは投影するのが元の自分であったから。
嫌でも覚えている自分の社畜姿をそれこそ転生した今よりも長い年月で過ごしていた。だから『ファントム』の魔法も無理なく使える。
だが、そんな聖女の姿が世間にバレた。まだ格好だけで顔はまだバレていないが、困った事に前世では同じ服しか着ていない。つまり他の装いのイメージが無いのだ。
それにもしも『ファントム』が解けた時も同じ装いなら疑いの目は避けられる。そうした点でも前世のクラウディアの姿は理想的だった。
捨てるにはあまりに使い勝手の良いクラウディア。もし違うキャラを使うにしても理想的なパターンがない。下手をすれば剥がれる魔法なんて論外だ。
使い続けるか捨てるかの二択。とても悩ましく直ぐに決められるものでもなかった。
「まあ何とかなるか」
焼きそばパンうめぇ、と蔵人は完全に未来の自分に託し始めた。
「何が何とかなるんや?」
「懐事情。後は精神問題かね」
「ほーん、まあ遠くの聖女ちゃんより目先の金やな」
その聖女むっちゃ近くにいます。
「ダンジョンも想定外が起きればあっという間に死ぬからな。他の方法も考えとかないと」
「一攫千金はロマンやけどな。命賭けるほど切迫詰まっとらんし」
「何か上手い話ある?」
「ないなー。転売ヤーにでもなる方が確実なんかね?」
「あれは失敗例多いだろ? 物を買い集めて横流しするから商品に対する情報が疎いと無理だし、そもそも興味ない物の為にせっせっと調べて店に足運ぶとか割と苦痛だろ」
「あー、そうやなー。なら錬金術で金とか錬成出来んかね」
「無茶言うな」
あらゆる魔法を使う蔵人でも錬金術は知らない。そもそも原子から組み替えるような力は魔法よりもヤバい。それこそ神の身技だ。黄金錬成なんて途方もない労力が掛かるものをどんな奴が極めるんだろうか?
「魔法もあってスキルもあるんならあると思うんやけどな」
「あったとしても秘匿するだろ、そんなヤバい力」
実際蔵人もクラウディアの力はこの世界ではオーバースペックだと自覚している。
だから秘匿に走るが使わないのは勿体ないし今は自分の為に使うのが何よりも楽しい。だから他人のせいでダンジョンに潜れず引きこもるなんて選択はない。
「魔道具があればワイでもダンジョンでガッポガッポと稼げると思うんやけどな」
「………‥それだわ」
「何がなん?」
自分だけで使うから注目が集中する。ならその注目を分散させられれば自然と騒動は沈黙する。
しかし魔道具。それは蔵人にとって未知の技術であり、どう再現するか。困った事に魔法を使うのは長けていても道具を作成する技術は前世で学んでいない。
道具なんて作る暇があれば寝ていただろう状況下。作っていたのは聖水とポーションとなる。なら作るのはポーションになるかと思えば今度は仮に作ったとしてどうやって売るかと違う問題は発生する。
上手く拡散させられれば死者の蘇生程ではないにしても聖女として求められる今の状況から目を逸らせられるか?
………いや、無理だろう。死者の蘇生に匹敵するインパクトはない。現状市場に流れるポーションの効果が骨折を治す程度で、蔵人が作れば欠損まで回復させられる物は作れると自信があったがそれまでだ。
やっぱり必要なのは誰でも死者の蘇生が出来る状態。しかしそれが出来るなら前世であんな死ぬまで労働させられなかったに違いない。
聖女なんて必要なく、戦場で死んだら蘇り戦えば良い。なのにそれが出来なかったのは単にこの魔法の使い勝手の悪さか。
まず前提となる魔力量。これを魔道具化するとなるとスライムやゴブリンの魔石では絶対に足りない。それこそ数日前に手に入れたイレギュラーの魔石一個でも死者の蘇生に必要な魔力量には届かない。
なら実現させる為にはどれだけの魔力が必要になるか。
単純に『ファイアボール』を魔力を1とすると『リザレクション』に必要な魔力は万を超える。しかもこれが蘇生一回に対してなのでどれだけ魔力を喰うかよく分かるだろう。
魔道具の性質上、不足した魔力は魔道具に仕込まれた魔石が魔力を補う訳だが、当然使えば減る。減れば魔道具として使えなくなるので基本的に自前の魔力でどうにかしなければならない。
そう考えると『リザレクション』を行使出来る魔力量の持ち主なんている蔵人以外にいる筈ない。それこそクラウディアからの転生のような奇跡でも起きない限りは不可能だ。
つまり仮に『リザレクション』を魔道具化出来たとしても使用者からの魔力が期待出来ない以上は必要となる魔石が半端なく消費されてしまう。
「…………やっぱ無理か」
「マジで何や? 何か妙案があるなら聞かせてみ?」
「魔道具が作れないかと思っただけだよ」
構想だけなら喋ってもタダ。そもそも出来る可能性が現状皆無なだけに教えた所で問題にならなかった。
「魔道具を作るほうか~。かなり知識が必要やし相当えらいで?」
「だから想像だけして止めた」
「そらそうやろうな。使う分にはええんやけど」
「魔法が簡単に使えるみたいだしな」
手元にダンジョンで拾った魔道具はある。しかしながら簡単な魔法しか使えない魔道具であっても構造が複雑で理解が追い付かなかった。
そもそも魔道具を持っていると魔力の流れにズレが生じてしまうので逆に使い辛い。だからダンジョンに潜っても『アイテムボックス』の中にお蔵入り状態だったりする。
「魔道具欲しいわ〜」
「あれいくらするっけ?」
「相場やと安くても何十万いくな。ダンジョン産なら百万越えなんてザラな話やろ」
「学生には高いな」
「社会人でもおいそれと手出せへんし。ものっそい高価なので億越えした魔道具とかもあるんやで? もう意味分からんわ」
そんなものがお蔵入りである。正に豚に真珠、猫に小判だ。
「だからこそダンジョンは夢があるな」
ダンジョンは金になる物が多いだけに人気がある。反面魔物による危険性は無視出来ず死傷者は必ずと言っていい程出している。
だから蘇生魔法は喉から手が出る程求められてSNSであんな結果を残した。
蔵人は未だに解決策が出ないまま頭を悩ませ続け昼休みを終える。
取り敢えずSNSで情報は取り入れて警戒するかと決めたのだった。