過労系5 2
蔵人は傷害罪によって逮捕された。
蔵人自身覚えが無いわけでもない。それこそルカを強姦しようとしたマシュマロン大佐をとんでもないオブジェに変えたのは事実だ。治したけど。しかしである。
「いい加減白状しろ!! この八件の傷害はお前がやったんだろ!!」
「……知らね」
バンッ、と強く机を叩いて脅して来る警官にウンザリしながら蔵人は否定する。
しかしその声に覇気は無い。何せこの無意味な取調べは既に一週間にも及んでいる。
明らかに違法な取調べであるが、それを言及する者はここにいない。何せ蔵人の味方はこの狭い取調室にいないのだから。
「お前がここにいたのは分かっている!!」
「行った事ねーよ…」
イラッとするヒゲ面が視界を覆う暴力は半端ではない。ついでに飛んで来るツバがストレスに拍車掛ける。
やった事の無い罪を押し付けられれば誰もが目の前の刑事を処したくなるが、相手のバックに国がいるだけにそれも出来ない。
蔵人がその気になれば戦車だろうと殲滅出来るがその後の生活に大きく影響するだけにそれは最終手段。
思わず手が出そうになる拳を抑えていると、刑事はそれを震えて怯えていると勘違いしてか更に蔵人を追い詰める。
「隠していても分かっているぞ!! お前がやったのを見ている者もいるんだからな!!」
「誰だよそいつ…」
見ず知らずの第三者が見たと言うが何を根拠に言っているのか。
「自白すればまだ罪は軽くなるぞ! いい加減白状したらどうだ!!」
「やってない…」
何度も同じ様に白状しろと連呼する刑事をそう言う鳴き声の生き物と脳変換しながら蔵人は思う。誰が俺を貶めようとしている?
「――――っ!!」
やっぱりあれか? ブリステット教とやらが動いた結果か?
蔵人がクラウディアと知っているのはルカや孝介、李とエリス以外には毒殺魔のテトロだけだ。
そうなるとテトロによってこの騒動が引き起こされたと見るべきだろうが、エリスの話だとブリステット教の過激派は粛清されたと言っていた。
ならそれは嘘だった? エリスも敵だったのか?
にしては自らブリステット教だと言うし、もし敵なら隠しているべき情報だ。
それを蔵人に開示したのだからエリスは敵でない。なら李がやったのか?
「―――――――っ!!」
いや李も違う。それこそ李は蔵人によって弟を救ってもらった。恩を仇で返すのならとっくに返していてもおかしくない。
それだけ多くのチャンスがあった。魔法による強化で人外の近接戦さえ可能な蔵人だが、瞬間的な戦闘、それも油断しきった日常であれば李に分が有る。
それに李はこんな回りくどいやり方はしない。
蔵人相手に正面から挑み、その上で国へ連れて帰る。そういったタイプだ。
だから一連の騒動を手引きしているのはブリステット教で間違いないだろう。
「――――――っ!!」
この不快な蛇の様な回りくどさ。蔵人は一瞬だけある人物が頭に過ぎるもそんなまさかと否定する。
あれがこの世界にいる筈が無い。自身が転生したからとは言え、まさかあれも転生している訳がない。
あれが死んだら間違いなく地獄に堕ちている。それだけの罪を犯していたと蔵人は認識していた。
――が、死後の世界はあっただろうか?
気が付けば転生していた蔵人はクラウディアとして死んだ後に神にあった事もなければ閻魔にあった事もない。死んですぐに転生を果たした。
もしかしたら記憶していないだけなのかも知れないが蔵人にはどういった原理で転生したか分かっていない。少なくとも魔法にそんなものはない。
それだけに恐れていた。もしあれが転生してこの騒動を引き起こしたのだとしたら……。
「聞いているのか!! お前がやった証拠は揃ってるんだぞ!!!」
「っ…」
強面の刑事がバンッ、と強く机を叩いた事で現実に引き戻される。
今はあれの転生の有無よりもこの状況の打開。このまま黙秘を続けて事態が好転するとは思えない。むしろこの状況が続けば精神の疲労は免れない。
魔法でどうにか出来るのは肉体だけで精神まで回復するような魔法は存在しない。
それこそ戦場で初めて死んだ者を蘇生させた後しばらく使い物にならないのは通過儀礼でもあった。
それだけに肉体的にはどうでも良かったが、精神的な疲労が蓄積していく状態は蔵人としても良くなかった。
「……家帰って良いか? そんなのやってないし」
「ふざけるな!!!」
「ぐっ…」
ガンッ、と押された机が腹部を抑える。
明らかに違法な取り調べ。そもそもこれだけ長期間拘束出来る令状もない。あくまでも任意だったはず。
それを無視して牢屋にぶち込み意味の無い尋問が続けられる。
一体何が目的なのか。蔵人はただ耐える事しか出来なかった。




