過労系4 11
蔵人は血と一緒に毒を抜いて僅かに動かせるようになった指先で魔法を組み上げた。
しかしこれはかなりの自殺行為だった。
細い血管からダメージを喰らった蔵人。それは当然脳も含まれる。後少しで脳の壊死によって魔法も使えなくなる所だった。
だが賭けに勝った。ヒールによる回復でも肉体に残る内出血の跡や血によって手足と顔面が真紅に染まっているものの毒による影響を緩和した。
「【エクストラヒール】」
蔵人は自由に魔法を使えるようになった事で【エクストラヒール】で手足の痺れ、目の充血、肉体に残っている毒の完全消去で外見以外はほぼ元通り。
「おいおいおい、どんなトリックだ? 魔法も使えない状態で何したよ?」
これには流石のテトロも納得出来なかった。
毒で身動き一つ許さなかった。なのに蓋を開ければいきなり血を吹き出して魔法を使う。こんな不可解な結果に内心憤りさえ感じていた。
「水が気体になるのと一緒だ。普段圧縮してた魔力を戻して身体に負担を掛けたんだよ。それで少し毒が抜けたから動けた」
「一歩間違えたら死ぬがクラウディアにはどうでも良い話カ」
「死んで蘇生する気だったって訳か☆」
自殺行為であったが相手がクラウディアであるのもあって何度でも蘇生出来ると二人は高を括る。
「いやストックは一回しか出来ないからあれで死んだら終わってたな」
「「っ!?」」
衝撃の告白に二人は驚愕を顕にする。
「ふ、ふざけてんのかテメェ!!」
激昂するテトロは蔵人の一手で自身の任務が果たせなくなっていた事実に悲鳴じみた声を上げる。
しかしそれはテトロが言うべき台詞ではない。
「【リザレクション】の遅延発動なんて繊細な事何個もストック出来ると思われる方が心外なんだけども?」
何度も蘇生出来るとすればそれは神様の所業。人間である蔵人に出来るはずがない。
それに蔵人からしても言いたかった。
「そもそもこんだけ殺しておいてお前が言うな。蘇生出来ない可能性も考えてからやれよ」
実際、蔵人が【リザレクション】の遅延発動が出来るようになったのは十歳ごろ。
もう一度死ぬのが嫌で突発的な死にも対応出来るようにと転生してすぐに開発に着手したものの何度も失敗してようやく完成した激ムズなもの。
体内で循環して条件を付けて発動させるなんて面倒な行為を一朝一夕で出来はしない。
何より遅延発動させるのに魔力消費が高いのに加えて魔法として普通に発動させるのも難解な【リザレクション】。蔵人でさえまともに発動するか怪しいレベルだった。
しかし効果はストーカー君によって発揮した。発揮していなければこの世にいない点も含めて上手くいって良かったと言える。
「お前ら本当に死者の蘇生って言う神の奇跡を軽く見てるな。出来るならやれ、って気軽に言うけど教えても出来ない奴らが言う台詞じゃないっての」
目の前にいる二人、と言うよりも世間全般に対して愚痴る蔵人は口に残る血をペッ、と吐き出して睨み付ける。
「死んだらそれまでなんだよ。抗いたいなら自力で【リザレクション】習得しやがれ」
こちらの都合も聞かずに自分の都合ばかり押し付けて来るのに辟易していた蔵人は正体がバレたのもあり、世間に対する不平不満をぶちまけた。
世界に60億もの人間がいながら蘇生が出来るのは一人だけ。しかし蘇生魔法を使う努力は出来た筈だ。
なのに使えない言い訳を全て蔵人に押し付ける。押し付けた上で非難する。そんな人を誰が救いたいと思うか。
蔵人から直接手ほどきを受けているルカが徐々に色々な魔法が使えるようになっているので、いつかはルカも【リザレクション】を習得すると思っている。つまりその程度の魔法なのだ。
「多少魔力を消費する程度の魔法で挫ける奴らを救う気になれるか」
「おいおいお前魔力消費半端ないって言ってたろ☆」
「ならダンジョンにでも潜って鍛えれば良い」
「それでも増えるのは微々たるものダ。それにそういった人材はダンジョン以外で動かなイ」
「だから暇そうな奴が働けと? 舐めるな人類」
魔法を扱えるなら死ぬ気で使えば魔力は増える。物凄く苦しいので余程の意思が無いと増やすのは難しいが増やす方法はあるのだ。
それだけに蔵人の目からすれば怠慢に映る。その自らの怠慢を見て見ぬふりして亡者の様に手を伸ばすならお釈迦様でも蜘蛛の糸を切ってしまうだろう。
「それでも連れて行くって言うなら全力で抵抗するぞ」
蔵人はお釈迦様ではない。蜘蛛の糸一本の慈悲も与える気はないだけにどんな事情を持っていようと目の前にいる二人に容赦をする気はなかった。
「【アクセル】」
「させるかよ☆」
「そんなの当たるか」
蔵人は身体強化の魔法を使う。そんな蔵人が何かをする前に止めようと毒針を投げるが二度も通じる程甘くはない。
身体強化によって楽々と避ける。しかしそんなものテトロからしたら想定内でしかなかった。
「掛かったな☆」
懐から取り出した缶コーヒーサイズの手榴弾のピンを外す。
「私を忘れるナ」
「ガッ! てめぇっ!!」
李はテトロの手に蹴りを放ち手榴弾を遠くへ蹴り飛ばした。
遠くへ飛ばされた手榴弾から煙が出るが吸われず終わる。煙幕にもなれなければ毒としての機能も果たせなかっただけにテトロは内心焦る。
手持ちの武器はあまりない。何せ自身の毒にここまで耐えられての長期戦闘など端っから想定していない。それに変装に力を入れていただけに懐に入れられる武器は限界があった。
だからここは逃げるが吉。しかし目の前に目的となる人物がいるとなると惜しいのも事実。その葛藤がテトロの判断を鈍らせる。
「罪は償ってもらうぞ」
「ぐぁあああああああっ!!」
そんな逡巡を逃す筈もなく、一瞬でテトロの前に移動した蔵人が顔面を殴った。
二回三回と地面をバウンドして滑るテトロに一瞥しつつも今度は李に向き直る。
「次はお前だが……」
「話聞いて欲しイ。少なくとも私いなければ抵抗する間もなく連れてかれた筈ダ」
李は両手を上げて戦闘の意思が無いのを示す。
そう、そこなのだ。李は確かに蔵人を求めた。だが、毒で無差別テロを起こしたテトロと違って李は何もしていない。
しかしSNSなどで蘇生を求める者たちと同類なのも事実。
「弟を、張静弟弟を治して欲しイ」
「アレがこのテロを起こさなかったら何をしていた?」
だから李の要求を聞かず、敢えて何をしようとしたかを聞いた。
「………何もしなかった、は無理あるナ」
李は諦めの表情でポケットから瓶を取り出す。
「これをカレーに混ぜるつもりだっタ」
「毒か?」
「同じ班だけで精々強烈な腹痛に襲われる程度だがナ。騒ぎに乗じてお前を連れて行く予定だっタ」
「なんで俺を? ってか連れてくだけなら騒ぎを起こす必要がなかったろ」
別にこんな学校内でやらかさなくても良い。それこそ手を出すなら家まで尾行するなりすれば大事にならずに済む。もっともテトロがそれ以上に酷いテロをやらかした訳だが。
「私に時間無かっタ。下調べをして慎重に動くにも時間足りなイ。とりあえずスタンピードでの動きが怪しいお前に狙いを定めただけダ。アレのように殺す気がなかったとしても危害を加えるつもりだったがナ」
「……使った形跡が無いように見えるが?」
瓶には透明な液体がたっぷり入っており使用した形跡がない。それだけに蔵人は訝しむ目で李を見る。
「後ろ暗い事色々しタ。でも武人の誇りまで失いたくなイ。そう思っただけダ」
はたして本当にそれだけなのか。
なんだかんだと言いつつクラスには馴染んでいたように見えた。それだけに人としての良心が働いたんじゃないかとも思えてしまう。
まあ今となってはそんなものどうでも良いが。
「それで? お前は俺をどうする気だ?」
どれだけ言葉を重ねようと一番与えてはいけない情報、蔵人がクラウディアであるとする事を知られただけに蔵人としてもこのままじゃいられない。
「このまま私に連れ去られてくれないカ?」
「断ったら?」
「無理矢理でモ」
「勝算ないだろ。まだ毒効いてそうだし」
「それでも諦めるわけにはいかなイ」
普通に立っているように見える李だが、呼吸や表情は芳しくない。
常人であれば即死レベルの毒を使われたのだ。ある程度の耐性があった上に毒抜きをしたにしても体内の毒を完全に抜けたわけではない。
それだけに本来なら立っているのも苦しいのだ。今すぐ膝を着いて身体を楽にしたいくらいの辛さ。
死にはしないが無理をすれば後遺症も残るだけのダメージを李は受けていた。
「はぁ……【エクストラヒール】」
「っ……」
そんな李を蔵人は回復させる。
「何故ダ?」
手足の痺れが取れ、苦しかった呼吸も楽になったことに李は驚きを隠せない。
少なくともまだ敵の筈。そう言いたげな顔で蔵人に尋ねる。
「その武人としての誇りを信じる事にしただけだ。それに正体も知られてるなら口止め料のつもりだよ。弟とやらも治せるなら治してやる」
「ほんとカ!?」
一応だが恩を感じていた。李がいなければ連れ去られていた事実は変わらない。
そうであるなら恩を返してついでにクラウディアである事実に口を噤んでもらうのが妥当だろう。
「ただあいつは逃がす訳には………は?」
いなかった。殴り倒した筈のテトロは姿形もなく、煙の様にきえてしまっていた。




