過労系4 9
蔵人を狙っていたのは一人ではなかった。
「さてどうにか出来たカ」
李深緑。留学生であり、少女と言うには見た目コスプレに見える程に大人びた人物。
蔵人さえも死んだ毒をどうやって李は毒を回避したのか。
「てめぇ、どうやって俺の毒を……」
「生きてるとは驚いタ。いや、この毒のせいカ」
若干身体が痺れるのかグーパーと手を握ったり開いたりを繰り返す李は自身の身体の不調を冷静に感じ取る。
いつもの人を小馬鹿にするような口調に消えたテトロは攻撃を受けた首を撫でながら起き上がった。
「有り得ねぇ、てめぇの身体に廻った毒は早々解毒出来るもんじゃないぞ!」
「毒なら慣れてル」
「慣れでどうにか出来るかよ!」
テトロは複数の毒を混ぜて自分なりに改良を重ねたもの。ある程度耐性があるだけでどうにかなるような弱い毒ではない。現にその毒を摂取してしまった生徒や教師たちは揃って死ぬほどの強力なもの。
しかし李は生きている。身体の不調は隠せないものの、平然とした顔で立っている。それがテトロには解せなかった。それこそカレーを食べずに演技で倒れていたんじゃないかと疑う程に。
「最初は効いていタ。強い毒。慣れるまで時間掛かっタ」
李は訓練で毒の耐性を持っているが、それだけに留まらず独自の魔力運用による肉体操作によって毒を汗として排出していた。
これは蔵人であっても出来るものではない。魔法を使うのとは違い魔力を魔力のまま運用する技術。
魔法を個体とするなら魔力は液体。流動性のあるものを扱う技術は魔法とは別物であるだけに蔵人もそう簡単にはマネ出来るものではない。
魔法使いとは違う魔力運用は蔵人の前世ではなかった技術の使い手。こちらの世界で武人、李はそのマスタークラスの達人であった。
「過去に毒手を食らった経験が生きタ。次はもっと強い毒でも用意するんだナ」
「だったらこんな毒はどうだ?」
そんな達人である李の隙を縫うように捉えるテトロは隠していた針を投げる。
「針では威力が無いナ」
当然そこにも毒が塗られており、普通であれば即死級の猛毒。しかし李からしたら刺さらなければ縫い針よりも価値の無い細い鉄でしかない。
素手で簡単に針を弾く李をテトロは呆れた顔で見る。
「てめぇの身体は鋼かよ☆」
「功夫を積めばこの程度誰でもヨ」
「そんな化け物一握りだ☆」
「そうカ? お前も似たようなものだロ?」
李から見ればテトロも化け物である。
この会話の中で隙があれば直ぐにでも間合いを詰めて打撃を与えるつもりの李だが、自身が毒でやられているのを差し引いてもテトロはそうした隙がない。
隙が出そうと思った時には間合いから離れている。けして李の得意な間合いには入らない。そうした意思が細かい所作から見受けられる。
針が効かないとも強引に間合いに入ろうとすれば針を目に投げて牽制し李の動きを阻害する。
この僅かな会話で既に四回攻防が繰り広げられているが、その全てを達人である李ではなくテトロが支配している。
毒による影響を加味したとしてもただの工作員に自分がこうも抑えられるとは李は思いもしなかった。
「互いにクラウディア狙いだな☆」
「そうダ。私はお前に取られる訳には行かなイ」
姉として弟を救う。ただそれだけの為にここに来た。
李にとってクラウディアを奪われる事は弟の死と同義。ようやく見つけた救う手掛かりをみすみす奪われる訳にはいかなかった。
だが、それはテトロも同じ。
「残念だが教祖様直々の呼び出しだ☆そっちがどう思おうがクラウディアを教祖様が求める以上妥協はあり得ねぇ☆」
テトロにとって教祖の声は神の声と同じ。絶対遵守しなければならない命令だ。それこそ自分がそれによって死ぬとしても教祖の為であれば喜んで死ぬ。
それが狂信者。神と同じだけ尊い教祖の願いを叶えるだけに生まれた存在。教祖のためになるなら倫理は排除される。
だから沢山の生徒たちを殺そうと心が痛まない。クラウディアをあぶり出す道具として使われたのだから本望だろうとさえ思っていた。
「次はこれでどうだ?」
目の前にいる邪魔を排除するため確実に効く方法、針が刺さらないなら入る物を使えばいい。
テトロは懐から缶を取り出すとピンを抜いて放る。
スモークグレネードと呼ばれる煙幕を発生させる缶だが、中身はテトロ特製の毒ガスが配合されている。
「っち、厄介ナ」
屋外なだけあり煙はかなり散ってしまうが毒性は十分。
針と違って空気は体内に取り入れる必要があるだけに李も簡単に対処出来るものではない。
本調子でないだけに李はガスを捌けず毒を少し吸ってしまう。
「隙ありだ☆」
「どこがダ」
李の怯む姿にテトロは追撃に短剣で切り掛かるも李は冷静に手の甲を使って短剣の腹を弾く。
本来の李のスペックであれば短剣を弾くと同時にカウンターで顎を砕くくらいは出来るのだが、身体に残る毒と新たに追加された毒が動きを阻害して振った腕がテトロに当たらず空を切る。
「くっ、ブレるナ」
「おいおいこんだけ毒ぶち込んでもダメかよ☆」
「大分効いてるゾ」
「ならとっととくたばれよ!」
切る、いなす、打つとあらゆる手が使われる中、蔵人はどうにかこの状況を乗り切る為に模索する。
(人を放置で話進めるとかどうなんだよ)
ただ肉体は未だに動かせず声さえ出せれば良いのに、毒が追加されたのもあってピクリとも動かない。
テトロの散布した麻痺毒は蔵人を想像以上に苦しめた。
体内から魔力で直接どうにか出来ないかと新たな試みに挑むも、李と違って蔵人にはそうした下地が存在しない。
魔法を前提とする蔵人に李と同じ方法を取るのは難しかった。
(魔法が使えないからって諦められるかっ……)
ここで打開出来なければどちらかには連れ去られる未来が待っている。どっちの事情も知った事ではないだけに蔵人からしたら両方とも敵だ。
しかし二人とも敵であるが蔵人にとってテトロが一番ダメだった。
宗教が危険なのを前世からよく知っている。命の価値を恐ろしく捻じ曲げ、理屈にそっぽを向いて、倫理を踏みにじる。
全ての宗教がそうだとは思わないが正しいのは自分であると疑わない人の有り方を蔵人は前世で散々知っている。もっともあの時は身分差もあったが。
(孝介だけでも……)
目の前で息絶える孝介だけでも生き返らせたい。なのに身体は言う事を聞かない。こんな歯がゆい思いをしたのはいつ以来か。
それこそ魔法も満足に使えなかった前世の幼少期か。
何度と唱えた魔法がまるで上手くいかず、泣きながら必死に行使し続けた。あの時は何とか使えるようになったがそうなるまでの苦悩は今でも鮮明に思い出せる。
まるであの時のような歯がゆさを感じつつ、少しでも身体を動かそうと足掻いた。
(動けっ……)
だが現実は毒と言う名の障害が立ち塞がる。
毒はテトロが魔法対策に使われたもの。解毒剤を使わなければ十時間は微動だに出来ない特別なもの。
正に魔法使い殺しの毒。言って見れば蔵人にとっての天敵だった。そんな相手の毒だ。蔵人がどれだけ頑張ろうと簡単な魔法一つ使える可能性は万に一つもない。
どうすれば動かせる? どうすればこの毒を抜ける?
ヒール、リザレクション、アンチポイズン、あらゆる回復魔法が不可となっている今、蔵人に出来る事がない。
だからとただ寝ているだけで居られるほど諦めの良い性格もしていない。
(身体の毒を抜く……)
蔵人は李のような技を会得するしかないが、やり方を見ていたわけではないので毒抜きの方法は知らない。
蔵人に出来るのは魔法だけ。だから今開発しなければならない。詠唱を不要とし、腕を振る事で簡略化した魔法を脳内だけで完結させて発動させる方法を。
脳みそ動かん・・・




