過労系 3
蔵人の使う魔法は一般的な魔法とは大きく異なっている。
世間一般の魔法はダンジョンで手に入れた魔道具に魔力を通して魔法式を読み込ませる。そうして初めて魔力に指向性を持たせられ属性を決定する。
端的に言えば魔道具に魔力を流す→魔力が属性変換される→魔法名を言う→魔法が打てる。とプロセスではこんな形になるが、複雑な魔法を使おうとすればするだけ魔法名だけでは魔力を魔道具内に維持出来なくなるので魔力を流すプロセスの次に詠唱が入る。
例えば火の玉を一つだけ出したければ『ファイアボール』の魔法名を言うだけで良い。しかし炎で出来た剣を作り出したければ『灼熱に悪意を焦げ裂け焔火の刃・・・フレイムソード』と面倒な工程を挟む必要がある。
当然そうなると魔法職は隙が多い。ある程度は技量でカバー出来るものの、一般的な魔法使いは強い魔法を使おうとすればするほどに長い詠唱が必要になってくる。
しかしクラウディアという前世を持つ蔵人は違う。
魔法を使うのに己の肉体そのものを媒体にしているので魔道具は必要ない。これは強いて言えば一般的には電卓を使って計算するのを暗算でやるのに近いか。
更に指をタクトの様に振る事で魔法の補助となり、かつ魔法操作能力が前世のブラック労働でカンストどころか限界突破しているので魔法名一つと指を少し振るだけで高難易度の上級魔法が使えてしまう。
先ほど魔道具を電卓と例えたが蔵人にはスパコンが入ってるようなもの。一般の魔法使いとは格が違って当然だった。
未だに魔法の発展が進んでいないヨチヨチ歩きの人類と、魔法の発達した世界で十年近くほぼ休まず只管に魔法を使い続けた蔵人を比べてはいけないのだ。
そんな偉大な魔法使いである元聖女の蔵人は気晴らしにダンジョンに潜っていた。
「やっぱりアンデット系がクソ楽ですね」
見た目は聖女。口からは暴言が飛び出す蔵人は今誰が相対したとしても女だと勘違いするようになっていた。
何せ『ファントム』の魔法は見た目だけではない。声もそうだが、体臭仕草や雰囲気まで女性と間違うレベルで変身していた。
これも本来の『ファントム』なら見た目だけが精一杯の魔法も蔵人が使えば本物そっくりにまで擬態出来る。魔法力の上がり過ぎた蔵人は魔法の効果さえも限界突破なのだ。
「ターンアンデット」
「ガァアア……」
ボシュウ、と気の抜ける音を立てながら倒れるガイコツ。ちょろい。
現在蔵人が潜っているダンジョンは砂浜にあったアンデット系しか出ないダンジョン。スカルソルジャー、スカルナイトなど蔵人からしたらカモでしかない雑魚ダンジョンを散歩感覚で歩いていた。
適当に魔法を打つだけで魔石を落とす。トラップらしいトラップも無いので危険度はゼロ。どちらかと言うと出会うかも知れない冒険者の方が蔵人にとって危険だった。
「今日も稼ぎましたね」
音符マークが出そうなくらい上機嫌な蔵人は嬉々として魔石を拾う。
この魔石なランク自体は高が知れている。それこそ一個辺りの値段は良くて千円程。しかし魔法を軽く打つだけでチャリンとお金が入るのなら実入としては十分。
これが普通の冒険者ならチームを組むので実入としては武器に防具に消耗品と出て行く出費と折り合いが悪いのだ。しかも骨が硬いので剣だと刃こぼれし易く、それでいて矢だと隙間が多くて外しやすいと、地味に相手するのが面倒だったりする。
なのに蔵人は声を一つ出して指を振れば終わる。魔法なら魔力が尽きたら終わりじゃないかと思うだろうが、この程度の魔法なら三秒もあれば回復してしまう。つまり余裕、楽勝、ここは歩ける貯金箱。
「ふふ、楽しいですね」
一応誰が聞いてるかも分からない状態なので基本的に聖女の恰好をしている際はクラウディアとして振る舞うようにしていた。けしてそっちに目覚めた訳ではない、いいね?
ただ今の蔵人の感覚は砂浜での潮干狩り。ダンジョンが海辺にあったのを考えると正にそれに尽きた。
「もう帰りますか。……ん?」
緊張感なく歩く蔵人は目の前から特殊なガイコツが歩いて来ているのに気付く。
腕が四つにそれぞれが骨で出来た剣を持ったガイコツの身体は僅かに血濡れており、今先ほど戦闘を終えたような姿だった。
「これはイレギュラー?」
蔵人もダンジョンを潜る冒険者としてイレギュラーの存在は知っていた。
ダンジョンの裏ボス。絶対人類殺すマン。突然変異の化物と色々言われ、出会えばダンジョンの安全マージンなんて役に立たないなんて話は聞いていた。
「あらら、ターンアンデット」
「ガァアアア……」
が、蔵人にはなんの意味もない。どれほど強化された所でアンデットはアンデット。先に倒した魔物よりも悲鳴が少し多いかな? くらいの感想しか持たなかった。
「まあ、大きな魔石」
価格は十万相当。帰る前の最後の魔物としては最高の獲物だった。
上機嫌で魔石を拾ってアイテムボックスにしまう蔵人は少しだけ気になる点があった。
「そう言えばあの血はなんだったんでしょうね」
まだ新しい返り血が示すのは当然さっきのガイコツに襲われた証拠であり、もしかしたらまだ生きているのかも知れない可能性を秘めたものだった。
「焦るものでもないですね」
だからと言って蔵人に人を助ける趣味はない。
人命救助は確かに尊いが、こんな危険な場所に自ら潜ったのだ。仮に肝試し感覚だったとしても死亡同意書にサインしたのと同じで自己責任。
助ける必要性を一切感じない。それこそまだ潜っているつもりだったなら死体になる前でも後でも気にせず潜り続けただろう。
しかし今は帰路に着く途中、その過程で見てしまったのならその時考えよう。そんな軽い気持ちでのんびり歩いて帰っていた。
「おや?」
本当にあった。それもまだ新鮮に血を垂れ流している若い女の子たち。頭から突かれている者。胸が貫通している者。腹と胸を刺されている者。それぞれが確実に死んでいた。
この死体をどうするべきか。普段であれば無視一択の蔵人だが、偶々仰向けになっていたのでその顔がよく見えた。
かなり整った顔立ちで三人ともとても可愛かった。正にアイドルと呼んでも遜色ないように感じる。
この巡り合いに蔵人は思う。このままダンジョンに食わしていいのかと。
別に蘇生されて感謝されたい訳ではない。それに蘇生させたと言う情報が漏れれば、それだけあの前世の激務が近付く未来が待っている。
この三人は顔は良いが性格は知らない。これが言いふらす性格なら前世の未来待ったなしだ。
それなら見捨てるのが一番良い。死人に口なしとはよく言ったものだ。
しかし非常に、そう勿体ない。
このプロポーションを作り出すのに三人は相当努力したのだろう。顔だって軽い化粧だけでニキビなども無くスキンケアにも余念がない。これが眠れぬ夜もあっただろう、なのか?
それだけ自分に厳しく青春の時間も努力で塗り重ねて来たとなるとダンジョンで呆気なく死ぬのは勿体ないじゃないか。
それこそクラウディアにも通じるものがある。
自分の時間の全てを犠牲にして生きたクラウディア。流石に行き過ぎではあるが、努力して来た点は変わらない。
だから勿体ない。男として転生したのもあり目の前で転がる美少女の死体たちは先ほど拾った十万の魔石ばりに勿体ないと感じていた。
「これも縁ですね。コフィン」
だから蔵人は少女たちを棺の中にしまう事にした。
このまま蘇生させても良かったが、そうすると『コフィン』の魔法が使えない。この魔法は死体運搬用の魔法だ。生きていれば中に入れられず弾かれてしまう。
しかしこの魔法はかなり優秀だ。何せ死体を損壊させず、重さを感じず、蘇生魔法を使う猶予を大幅に引き上げてくれる。
こんなダンジョンで蘇生魔法を使えば少女たちが目を覚ますまで守っている必要がある。恩を着せて好感度を上げる、なんて考えもありだが身バレと天秤にかけて蘇生を後にした。
実際、蔵人の選択肢は正しかった。未だに落ちたドローンはライブ配信中であり、ダンジョン内で蘇生をしていれば騒動は加速していた。
美少女たちに目が行き過ぎて視野が狭まった割に運良く助かった蔵人はそんな事実に気付かないまま懐に棺をしまうとダンジョンを歩く。
「アナライズ」
蔵人は美少女たちの状態を確認すべく鑑定の魔法を使う。
魔法のレベルが限界突破している蔵人が使う鑑定は一味違う。それこそ本来なら死体の状態くらいしか分からない魔法も個人情報から調べ上げるのも余裕。ついでに胸のサイズなんて朝飯前だ。
木島未来 19才
レベル 3
職業 剣士
攻撃 E
防御 D
速度 E
魔力 F
身長 154cm
体重 45kg
胸囲 D(右にホクロあり)
性格 明るい
御手洗有栖 18才
レベル 3
職業 弓術士
攻撃 D
防御 F
速度 E
魔力 E
身長 147cm
体重 41kg
胸囲 E
性格 怖がり
近衛詩音 18才
レベル 3
職業 魔術師
攻撃 E
防御 E
速度 F
魔力 D
身長 156cm
体重 42kg
胸囲 C(偽装中 A)
性格 慎重
「ほうほう」
他意は無い。たとえ表示された情報にDの右ホクロであっても、Eと中々のサイズであっても、Cが実は虚飾に塗れたAであっても、これっぽっちの他意は無いのだ。
「ほうほうほうっ」
いやしかし本当に他意は無いよ? たとえ乳房のピンクに近い位置にホクロがあっても、Eのサイズで垂れ気味であっても、水着でもバレない高性能スライムパットだったとしても!!
「っ、ターンアンデット!」
「ガァアア……」
「……少しヒヤっ、としました」
少し、ほんの少しだけ鑑定結果を見るのに夢中になっていた蔵人はスケルトンの接近を許してしまった。焦りつつも一瞬で倒しているが。
「それはそれとしてですが。このステータスで頑張りますね」
真っ先に見た情報以外は三人に特に秀でた物はなく、蔵人はこのステータスでよく潜ったものだと感心した。
蔵人は別に嘲りたい訳ではない。寧ろこんなに弱いのにダンジョンに潜って少しでもレベルを上げようと努力している点は寧ろプラス評価だ。
この三人が同じレベルであるのを鑑みて常に一緒にダンジョンに潜っているんだな。そう考えると仲間同士で信頼感のある関係のよう。
そう思うと少し羨ましい。なんせ信頼とは無縁の生活を前世と今世合わせても乏しい生活を送って来た。
自身が望んで生きたのもあるが、背中を預けられる仲間なんてそうそういない。この肉体ダメージから蔵人はあのイレギュラー相手に誰一人仲間を見捨てなかったのを理解していた。
ああ羨ましい。実に尊敬出来る。人とはこうして支え合うべきだ。
「まあ死ねば全部無意味ですが」
逃げれば良かったのに。みっともなく互いに敵を押し付けあって無様に死んでいれば美少女であっても何も思わなかった。
「貴方たちは本当に幸運ですよ? お互いの絆を大事にしてね」
蔵人はダンジョンの外に出ると棺を取り出して砂浜に置いた。
「リザレクション」
僅かな光が三つの棺を包み込む。
これで彼女たちは傷ついた肉体は回復し、しばらくすれば蘇生して目を覚まして棺から飛び出して来るだろう。
今世では初の蘇生魔法であるが、クラウディアの時にはもっとも得意となってしまった魔法なだけに失敗はあり得なかった。
「それではもう会う事も無いと思いますが。テレポート」
まるで幻の如く。蔵人がいたであろう足跡も波によって掻き消える。
しかし蔵人は気付いていなかった。
あの配信を見ていたリスナーたちがいた事を。近くにいたリスナーがすぐ傍までやって来た事を。――そして聖女の姿で蘇生魔法を使用したのを見られた事を。
この日、世界中に蘇生の情報が拡散したのを蔵人は知るよしもなかった。