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過労系聖女ちゃん、男に転生す~次こそ自由な生き方を~  作者: 雪野マサロン
第四章 狂信者は暗躍す
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過労系4 6

 蔵人(くらうど)たちが竈を組み上げた時にはすっかり日が暮れていた。


 放課後の時間を使えばこうなるかと空を見上げつつ、横目で李を観察する。


 李は竈作りに疲れたような様子は見せず、今は普通にクラスの女子と会話しているが時折蔵人に視線を移してくるのが分かる。


 つくづく失敗したと言わざるを得ない。何せスタンピードを止めたのがこうも派生すると思っていなかった。


 世間はどうせまたストロベリータウンがいたから現れたと騒ぎ立てている。だから蔵人には辿り着けない。そう考えていたのに気が付けばこの様だ。


「………怪しまれるようなもんだったかね」


 思い返してもあの程度で辿り着けるなんて夢にも思わない。蔵人がクラウディアに変わるのを見たのは孝介だけ。でなければ騒ぎは今以上に大きくなっていただろう。


 ゴブリンのダンジョンから出るには転移の魔法が使えないだけに扉から出る以外の手段はなかった。そのダンジョンから出る前に蔵人に戻れば、より蔵人とクラウディアの結び付きが強くなる。

 

 そうである以上クラウディアのままダンジョンを出て消えるのが正解であり、あの行動は怪しまれるようなものではなかった。


 事実世間一般はストロベリータウンにばかり目が行っており蔵人を捉えた人物はいない。

 

 なのにこの学校にクラウディアはいると憶測し留学して来る。そんなのはギャンブラーが大穴に賭けるようなイカレた行動だ。


「仕方ないか」


 蔵人の行動は倫理面では仕方ないと言える。あのスタンピードでストロベリータウンが確実に死んでいた。しかも尊厳までもゴブリンたちによって殺されていた。


 あの時の行動に後悔はない。もし見捨てていればきっとシスターの幻影をずっと見続け救わなかった事を悩み続けただろう。


 そうした意味では蔵人は人間らしくなった。


 クラウディアの時は人間を死んでいようと生きていようと等しく価値を感じず、壊れたら治すオモチャ程度の感覚で見なくなった。


 いや、見れなくなったと言っていい。ストロベリータウンとの交流やルカとの触れ合いが蔵人にとっての命の価値を知らず知らずの内に引き上げ、あの結果へと繋がった。


 なるべくしてなったと言えるがその結果良くないものを引き寄せているのは確か。ただ切実に求める姿を見ると心が揺れてしまっているのもまた事実。


「どうするかな…」

「どうしたんだ井出? 悩み事か?」

「先生か」


 中年教師に声を掛けられる蔵人は近付いて来ていたのに気付いていなかった。それだけ悩まされたのか、自分でも分からないが周りが見えなくなっているのは間違いない。


 蔵人は手に付いたレンガの粉を払うと中年教師に何でもないと作り笑いをする。


「ちゃんと作れるもんだなと思いまして」

「この竈か。キャンプ関連でネットに上がってるからな。割と簡単だっただろ?」


 真ん中の空いたジェンガのように組まれた竈は鍋を置いたとしても崩れる事なく思いの外頑丈に仕上がっていた。


「しかし態々(わざわざ)こんなの作らなくてもダンジョン前でも良かったんじゃ?」

「井出も教師になれば分かる。使いたくても魔物が出て来たらどうするんだと苦情を言って乗り込んでくるような人もいるんだ。流石に疲れるぞ、無意味に時間だけ潰されるのは……」

「お疲れ様です」


 中年教師はげんなりした顔で嫌な事があったと思い出を語る。


「でもそれなら今までよく何も言われませんでしたね」

「それは出て来るような実績も無かったしな。相手も所詮はゴブリンだしダンジョン前でやる時は冒険者もいる。何があっても対応出来ますと宣言出来るんだが、今回はな」

「いませんもんね冒険者」


 このリクリエーションの為に冒険者は呼べない。だったらと校庭の一部でやった方がマシとなった。


「あれ? ならなんで家庭科室でやったらダメなんで?」

「もちろんそっちでしようって案もあった。そしたら今度はただの家庭科の実習でしかないじゃないかとぶっこまれてな」

「なんでそうなる」

「本当にな。それで開き直ってやらずに食材は各々の家庭に配りましょうか? って話をすればそんな事の為に食材を提供した訳じゃないともう無茶苦茶だ」

「それでこの校庭でレンガを積むなんて折衷案になったと」

「もう本当になんでこれは許されるんだろうな。だったら家庭科室で作って校庭で食えばいいじゃねぇかとキレたくなったもんだ」


 正論の正しさは常識が通じる相手にしか意味が無い。今まで行われていただけにやらないのは可哀そうじゃないかとする感情論を押し付けて来るような相手には価値がない。


 感情論のみで語られれば正論は一切機能しなくなる。何せ相手にとっての正論は自身の感情論で可哀想を解消する手段がなければ正論も曲論や邪論にしかならない。


「笑えるぞ? 折衷案で出した校庭での竈の作成もひっくるめてリクリエーションの一環ですと、普段やらない行為は子供たちの成長に非常に有用なんですと語ってようやく大人しくなったんだからな」

「子供たちの負担を考慮しないのはどうなのか」

「この折衷案出すまで冒険者を自己負担で雇えなんて暴論もあったぞ? こんな安月給に何言ってんだ」

「無茶苦茶ですね」


 そうした自己満足の為に何とかして生み出された案の方が生徒にとって負担を与えるものであったとしても苦情を言う相手を収められれば良い。


 少なくとも自費で冒険者を雇うなんて教師としてもやれる筈がない。普段から部活動などで自費でやらざる得ないものがあるのに更に金銭面で負担が掛かっては何のために働いてるのか分からなくなってしまう。


「まあ教師も色んな軋轢に悩まされて結果を出してんだ。これだって俺一人じゃない。色んな先生とどうすれば納得して貰えるか話し合った上でやったんだ。お前も悩んでる事なら相談するのも手だぞ? 意外とそれで何とかなる事もある」


 この耐火レンガとかもな、と中年教師は余ったレンガを拾う。


「これだって趣味で偶々沢山持ってる先生がいたからだしな。もうその趣味もやれないからって出してくれたんだ」

「どんな趣味だ」

「日曜大工だよ。家族から流石に作り過ぎて邪魔って言われてたものを崩したそうだ」

「なるほど?」


 それでこんなに用意出来たと? 小さいとは言え複数ある竈はどう見ても一人で賄えるものかと疑問に思えたが趣味は人それぞれかと納得した。


「まあなんだ。一人で抱えてても解決する事ってのは意外と少ないもんだ。小さい事でも言って見るとスッキリするぞ?」

「考えときます」

「はは、そこは言ってみるもんだろ。まあいいや、井出が言いたくなったら言って見ろ。これでも先生だからな」


 珍しく生徒と交流を深める中年教師を蔵人は意外そうな目で見る。


 普段から最低限の仕事さえこなせば良いとしているだけに、こんな教師らしい一面を見るのは素直に感心した。


「先生も教師なんですね」

「おい井出。お前は教師を何だと思ってるんだ」

「聞き分けの無いガキとモンペな親の対処に明け暮れるカスタマーセンター」

(あなが)ち間違ってもないから言い返せん」


 事実こんな七面倒な状況を生み出した経緯を思い出し頬を掻く中年教師は蔵人の態度に腹を立てず苦笑いを浮かべる。


「でもこれで終わりだ。大変だったが今日明日頑張れば一段落着くからな」

「お疲れ様です」

「大人になれば井出も分かるさ、大人になればな」

「含蓄あって嫌ですね」

「大人だからな」


 他の班の竈も準備は出来た。必要となる炭や網は買ってあるので問題はない。


 これでリクリエーションの準備は終わる。


 そしてこの平穏も終わりに近づいているのをこの時の蔵人はまだ知る由もなかった。

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