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過労系聖女ちゃん、男に転生す~次こそ自由な生き方を~  作者: 雪野マサロン
第四章 狂信者は暗躍す
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過労系4 2

 蔵人(くらうど)は平穏を嚙みしめていた。


 留学生たちが来て数日。初日を除けば特に平穏を乱されるような事はなく、変に関わって来ないので蔵人の秘密がバレるかもと戦々恐々としていただけに肩透かしを食らった気分ではあったが何もないならそれに越したことはない。


 留学生の二人はそれなりにクラスに馴染んでおり、今日も今朝から女子同士で会話を楽しんでいた。


「ここスタンピード起きたヨ。大丈夫カ?」

「ああ起きてたね。でもクラウディア様が来てたんだって。私はその時全力で逃げてたから見てないんだけどね」

「そうなのカ。見てるのいないカ?」

「んーアイドルの人たち以外にも戦う姿を見た人いるんじゃない? 私は見てないけど」

「誰か見てるんですかー?」

「私は見てないな」

「私も見てなーい」


 うん、若干会話の内容に探り合うものを感じるが許容範囲。


 蔵人にとってクラウディアの正体に辿り着いている者がいないと知れるだけに会話の内容は有益だった。


「あ、でも井出なら見てるかも。外で全然見なかったもん」


 しかしそれは女子のたった一言で安寧に亀裂が走る。


「大石も出て来るの遅かったよねー。もしかして戦ってるの見てるんじゃない?」


 そして亀裂が大きくなる。何故こうもピンポイントで名前が出されてしまうのか。

 

 静かに成り行きを見守る二人は唐突に名前を出されて嫌な汗を背中に掻く。


「大石、井出、誰ヨ?」


 李が目ざとく反応し、二人を確認しようと周囲を見渡す。


「あー、井出がエリスちゃんに膝に乗られた奴で大石がその前にいる奴ね」

「あれカ」

「そうそう」

 

 李の指すのは当然蔵人たち。こんなにも注目されるこの状況は求めていない。さっさと留学期間終わらせて帰って欲しい。


 しかし現実は残酷だ。まだ留学数日であっさりと接近を許してしまっている。


 蔵人がクラウディアであるなんて荒唐無稽な考えには至らないだろうが僅かでも痕跡を知られないように動くしかない。


 期間は僅かだ。ならその期間小動物のようにひっそり隠れ接触しないようにすれば良い。


「話あるヨ」

「俺たちには無いんだけどなー」


 しかし小動物のように息を潜めようと向こうから捕まえに来てはどうしようもない。


 李は猛禽類の様な目でしっかりと蔵人たちを捉えて来る。


「クラウディア知ってるカ?」

「知るも何も有名人ですし?」

「知らん奴おらんやろ」


 クラス全員がクラウディアに助けられた。そうした事実があるだけに知らないとは答えられない。


 蔵人は李に見られているだけでまるで尋問でもされているような錯覚さえ覚える。


「クラウディアの戦闘見たカ?」


 目を逸らせばバレる。そんな気がして李の目を見続けながら質問に答える。


「あまりよく見てないな。命の危険もあったから逃げるの優先してたし」

「せやなー。流石にのんびり見とれるほど余裕も無かったで」


 蔵人の虚実を織り交ぜた解答に孝介も同意する。


 実際見てはいない。何せ戦った張本人だ。デカい鏡の前でならいざ知らず、ゴブリンしかいない平野で自分の戦う姿は見れる筈もない。


 それは孝介もだ。蔵人の戦闘は魔法を使った弾幕くらいしか見ていない。後はさっさと逃げてダンジョンの外に出ている。


 つまり嘘ではない。噓ではないのだが。


「………そうカ」


 妙に疑わしい目をした李に納得とは取れない返事が返って来る。


 思わず何故そんな目を? と聞き返したくなるが藪をつついて蛇を出す羽目になりかねず、二人は何も言えなかった。


「クラウディア様はどんな魔法を使ってましたかー?」


 そんな二人に追い打ちをかけるかのように空気を読まないエリスがニコニコと話しかけて来る。


「お? あ、あーなんやろ。死ぬほど多いファイアボール飛ばしとったで?」

「やっぱり数は多かったですかー?」

「パッと見で百個はあったんじゃないか?」

「お前、良い目してるナ」

「……そらどうも」


 やはり拍子が狂う。特にこのエリスの雰囲気に飲まれて要らん事まで口にしてしまった。態々(わざわざ)数を言うなんてしっかり見ていた証拠だろうに。


 蔵人自身が使った魔法なだけに個数自体は把握して当然だった。それだけに知っている情報を思わず口にする失態をやらかした。


 ただそれでもまだ百個くらいと言ったまで。憶測と曖昧な情報でしかないだけにそこまで致命的なものでもない。


「他知ってることないカ?」

「他って言われてもな」


 世間には魔法でスタンピードを防いだとなっている。身体能力向上による殲滅は公になっていない。


「あのまま魔法で倒したんとちゃうか? 最後まで見取らんから知らんけど」

「そうカ……」


 納得、と言うには不満げ、いやもっと言えば懐疑心に満ちた目で李は蔵人を見ていた。


 今の会話の流れの何処に疑う要素があったのか。蔵人には分からなかった。


 クラウディアと言う前世はあれど魔法の技術は上がれど対人要素はゼロ、それどころか蔵人は現世でも前世が足を引きずり他人との関わりが異常なまでに少なかった。


 それだけに生まれ変わろうと会話の持つ情報力を知らない。


 今自分がどれだけの情報を李に流してしまったのか。その結果どれだけの疑いの種を植え付けてしまったのか。


 その種から芽が出るのはそう遠い話ではないだろう。


「おー随分打ち解けてるなー。でもチャイムが鳴ったら席には着けよ」


これ以上の詮索を良しとしなかっただけに中年教師の登場は救いだった。


 席に着く生徒たち。そこには当然二人も入っており訝しむ目はされたが追求なく席に戻った。


「よし、じゃあ連絡だが急遽二者面談をする事になった。最後の授業は自習にするから出席番号順で指導室に来てくれ」


 そう言うのは予め言っておくものでは?


 どう見ても全員二者面談を行うには時間が足りない。最後の方は放課後にやる必要があった。


 しかし教師にも教師なりの事情がある。


「放課後まで跨いでしまうが許してくれ。スタンピードに留学と予定が大幅に変わってしまってな。今日には終わらせないといけなくなったんだ」


 予定外の休みによる授業の見直し。急な留学生の受け入れ。教師としてのキャパを超えての仕事に翻弄されたが故だと説明されれば生徒たちは黙って頷くしかない。


 どの道やる必要があると聞かされればやるしかない。若干不満を口にする生徒たちもいるが大人の事情に逆らえないのは世の常だ。




 ・・・




「井出、次だってさ」

「はいよ」


 順番通りで一人五分くらい程なのですぐに呼ばれる蔵人は生徒指導室の前に用意された席から立ちあがると部屋に入る。


 中にいる中年教師の対面に座る蔵人は他の生徒同様に聞かれる質問に淡々と答え始める。


「井出は卒業して大学に進むのか?」

「そうですね。特に就職とか考えた事もないので」

「ダンジョン系の大学で良かったか?」

「そっちは微妙ですね。でも魔道具には興味あります」

「取り敢えず就職は勧めなくていいな」

「そうですね。就職するにも資格はないですし」

「確か井出は魔力量が多かったな。冒険者の道もあるがそっちは進む気ないんだな」

「冒険者も楽ではないと聞きますし生き急ぐようなものでもないので」

「それはそれで勿体ないな」


 やる必要があると言ったのは進路相談だった。確かに高校二年生ともなれば進路は考える必要が出て来る。


 もっとも大抵の者が進学を考える。ここは専門学校ではないだけに就職を考えるのはよほど金に余裕が無い者やダンジョンに夢を見た者、もしくは漫画家など大学に行くのが全てではない仕事を望む者が大学以外の道を歩む。


 そうした意味では蔵人は異端だった。既に程々稼げるだけの能力を持ち、魔石などの売れる物も手に入れている。つまり大学に行かなくてもダンジョンに軽く潜れば安全に魔物も狩れて安定した収入も得られる。


 やりたい事が出来る。大学で遊んでも良し。ダンジョンで適当に狩って収入を得ても良し。逆に就職しない方が自由にやれるだけ就職するのは無いと考えるくらいには順風満帆に過ごせるのだ。


 だからこそ焦るものではない。この進路相談も蔵人にとっては時間の無駄で教師の言葉も右から左に流れて行った。


「あ、それとこれは興味本位で聞くんだが」


 と、ここで教師は妙な前置きを入れる。


「お前クラウディアに会ったんだろ? どんな人だったんだ?」


 またクラウディアかとため息が出そうになる。


 つくづくクラウディアは表に出るできではないと思わされた。クラウディアと蔵人がイコールで結ばれなくてもこれだ。僅かに関係性が出るだけで聞きたがる。


「まあ聖人って感じでしたかね。人助けとか自分には出来ませんわ」


 それが正体に繋がっても困るだけに蔵人は当たり障りのない解答で終わらせた。

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