過労系 2
蔵人に人と関わる趣味はない。
それこそ頭にあるのは金をどうやって手に入れて人生を楽に過ごすか。
しかしながら現在高校二年生にもなり、肉体的変化に伴い精神にも変化を及ぼした。
「出逢いが欲しい」
「いきなりお前さんは何言うてんの?」
蔵人はクラウディアであった時の記憶なんてものは労働の二文字しかなく、人としての生を全うしたとは言い難い。
年がら年中働き続けたクラウディアに性を実感する瞬間などなく、下手をすれば着の身着のままで働き続けたクラウディアは自身の身体さえも見た機会が少なく女であったと思えた時などある筈がない。
それでいて蔵人になってから生きる事に余裕が出来ただけにあらゆる面で自分が男なんだと自覚し始めた。つまり性の実感がクラウディアの時から合わせても今世が初。
で、男だと実感し、高校生ともなればムラムラする。それこそ自慰くらいなら何度もしているし女子のスカートの揺れが気になる多感なお年頃である。
それが出逢いの欲しさに繋がるのだが、いかんせん蔵人の基準は高かった。
なんせクラウディアは目元のクマは尋常じゃなく凄かったが、そこそこの美少女だった。
クラスメイトたちではモブキャラのレベルを出ないだけにそうした対象として見辛く、更に蔵人が信頼や信用出来るまでの人柄を持った人間など普通にいない。
クラウディア並みの美少女で性格も良しなんて求め過ぎにも程があった。
「ほらムラムラするだろ?」
「いや蔵っちの気持ちは分かるんよ? ここが教室である点を考えて喋りんしゃい」
そんな蔵人の呆れるセリフに反応して後ろを振り向いたのは見た目はNTR系のチャラ男に似た雰囲気をした中身は割と小心者の特徴的な口調をした男。それが大石孝介である。
蔵人同様に孝介も人を信頼していないので気は合うが、もし仮にこの教室でデスゲームなど始まれば真っ先に互いを殺し合う自信がある。それが二人の関係だった。
「でも誰でも良いわけじゃないんだよな。どう思う?」
「それでどない反応せいと? 求めるの顔なん? 身体なん?」
「え? 愛に決まってんじゃん」
「はいダウト」
「酷くね?」
「愛とか何処に保証書あんねんって考えるタイプやん」
「そう言うお前は愛の維持費は青天井だって思ってるだろ」
「当たり前やし。金食い虫やろ、あんなの」
二人は周囲にいるクラスメイトたちにドン引きされていた。
「しっかしなんで愛なん? そんなん求めるタイプちゃうやん」
「なんて言うのかね。分からないから知りたくなるみたいな?」
蔵人として生きている現在。それでも彼は愛情たっぷりに育ったとは言いづらかった。
何せ蔵人の両親はどちらも放任主義。特に海外出張の多いだけにほとんど一人暮らしの有様だ。
それでいて蔵人自身が手の掛からない子だった為に帰って来る頻度も極めて少なく今では半年に一回帰って来るかどうか。
これで蔵人が目の離せないような子であれば違う未来もあっただろうが、自分たちの都合で海外に連れ回すのも可哀想かとこうした形で落ち着いた。
しかしそんな生き方をしているだけに前世と今世合わせても愛が分からないとかなり歪んだ状態となっている。
「ドラマとかで愛してるとか言いながら不倫に走ったりするじゃん」
「そこで昼ドラ持ち出す辺り蔵っちらしいわ」
「世の中金だと騒ぐ社長もいるし」
「否定せんしそっち側やけども」
「背中を刺したくなる程周りが見えなくなる愛ってなんなのかなーと」
「おっっも。知るならもっと軽めの愛でええやん」
「軽い愛ね」
それは果たして愛なのか。人を信頼出来ない奴が愛だ何だと騒ぐ時点で可笑しい気もするが。
うーむ、と蔵人は熟考してある結論を出す。
「つまり身体だけの関係と」
「蔵っちの頭の中どないなってんの? ラブコメ漫画とか見んのかい」
「見たけど理解出来なかった」
「さよけ」
そもそも人間不信一歩手前みたいな奴が愛を求めようとしてる時点で矛盾している。
理性が分からないから本能で理解しようとするからこうなるのか。蔵人の信頼を勝ち取れる者がいるなら愛も自ずと分かるようになるだろうが今のところそんな人物はいなかった。
「ワイは愛より金やね」
不毛な会話をだらだら続けるのに飽きた孝介は自分の好む話題にシフトする。
「稼ぐ当てはあるのか?」
「ワンチャンでダンジョン配信ちゃう?」
「あんなその他大勢に見られるとかダルい」
配信業界で一番熱いのはダンジョン関連の配信だ。
技術が向上してダンジョン内部から映像を送れるようになった。
録画だけであれば過去の技術でも十分なのだが、ライブ感からしか得られない空気感もある。
それにダンジョン特有の非現実はCGで作り出せる。実際過去には作り上げたCGを『未知のダンジョン!?』なんてタイトルで大量のドラゴンからギリギリ逃げ出す動画で世間を大いに騒がせた。
CG技術としては素晴らしかったが、あたかも本当にドラゴンが大量にいるんじゃないかと思われる動画を出した事でパニックが起こり警察沙汰にまで発展した。
そうした経緯もありダンジョンを作り出せてしまう動画よりもリアルを体感出来るライブの方が主流となった。過剰な非日常はやらせ。そう誰もが学んだ事件だった。
「ダンジョンに潜るにしてもタダで潜るんは勿体ないやろ?」
「それで自分から見せ物になると」
「それ言うたらお終いやけどダンジョンで一攫千金狙いつつ配信で堅実に稼ぐって考えならありちゃう?」
「ダンジョン攻略の観点で見れば微妙だが一理あるな」
ダンジョン内部での配信とはつまる所、敵陣内で自分はここですとアピールするに等しい。
声を出せば出すだけ魔物に見つかるリスクが上がる。なら声を出さなければ良いかとすると、それでは結局つまらない配信になってしまう。
誰も知らないような危険なダンジョンではあれば迫力ある画も撮れるが、初心者向けダンジョンを映すなら声を出すのは必須。ダンジョンでのライブ配信が初期の頃ならともかく、今の様な誰もがライブ配信出来る環境ではいかにして客を掴むかを考える必要があった。
「でも学生にカメラは高いだろ?」
「正にそれ! スマホでも何とかなんねんけど画質荒くなんのがキツイわ」
原理としてはダンジョン内部で電波は届かないので使われるのは魔力波になる。
魔力であればダンジョン全体に空気の様に蔓延しているのでどんな環境であっても波として情報を飛ばすのを魔力波と呼ぶ。この魔力波をダンジョン入り口まで飛ばしてコンデンサーが電波に変えて配信する流れとなる。
これは単純にダンジョンそのものが電波塔の役割を果たすと言えば分かりやすいか。
さてそうなると肝心の魔力波を生む装置の方になるが、これはバッテリーパックに仕込まれる魔石によるので魔石の質が高い程に質の良い魔力波を作り出せる。
つまりスマホに使われるゴブリンやスライムのような魔石でも十分機能はするが画質も音声も悪い形でしか配信が出来ない。
配信を前提とするなら最低でもコボルト、出来ればゴブリンナイトのような強い魔物から獲れる魔石を使ったカメラを使いたい。
そうなると簡単に百万を超えるので学生の財布で手を出すのは厳しかった。
「企業勢ならそんなん問題にならへんけど入れるやったらとっくに入っとるわな」
そうなるとサポーターないし企業による支援が必要にが、企業も当然慈善事業じゃないだけに配信者としての実力が求められる。
今がまだ学生であるのを考慮すると伸び代は十分ある。将来的に仕事として考えるのならありと考えて邁進する方向性もあるだろう。
しかし彼らは今後の人生を計画している訳ではない。ただいかにして効率よくお金を稼ぐか、それに尽きていた。
「楽して稼ぐ手段はないんかね」
「あったら真っ先にやって内緒にしてるわ」
「そこは教えてな」
「集られるとかダルいし」
「骨までしゃぶったるわ」
「その時は死ぬまでこき使うから」
「ひっど。蔵っちに雇われたらブラック確定やん」
ブラックな労働を経験した蔵人が他人をそこまで追い込むのか。それは本人にしか分からないが、少なくともポーション頼りの労働は直ぐにダメになると理解している。
十年程度では勿体ないとじっくりゆっくり搾取する可能性の方が高く、まあ仮に会社を立ち上げたとしてもブラックな環境にはならないんじゃなかろうか。
「ま、ゆっくり金を稼ぐ手段でも考えとるわ」
「期待しないでおくよ」
「はっ、稼いでも蔵っちには奢らんで」
「だから期待しないんだよ」
そもそも蔵人は既に稼いでいる。お金としては持ってないが資産価値の高いダンジョン産の物が実はゴロゴロとアイテムボックスの中に眠っていた。
今は学生の身であり、かつ面倒な事に巻き込まれる可能性がある以上はダンジョンに潜っているのも言わない方が無難だと捉えていた。
お金は人を変える。経験自体は無いがそうした事柄はほんの少しネットで見るだけでも悍ましいだけの事例がある。
クラウディアの時のように情報を得る機会が無いのであればいざ知らず、蔵人は現代社会に生まれ落ちて必要な情報を十分以上に入手していた。
だからけして自分から手札を晒さない。自己顕示は時に悪意となって返って来ると理解していた。
「(もう稼いでるから)期待するだけ無駄だわ」
「二度も言わんでも」
「大事な事だからな」
「そんなに甲斐性無いように見えるんかい」
「今のお前に将来性は期待出来ないな」
「ひっっど」
少なくとも蔵人にとっては誰でも同じ。甲斐性があってもなくても自分以外を信じないようにしている以上、誰かを期待するなんて気持ちは毛頭湧かなかった。
蔵人は誰かを頼るなんて考えない。仮に魔法が使えなくなったとしても二の手、三の手を補うため今日も学生として邁進する。学歴が全てではないが指針にはなるし、学んだ事はやりたい事が出来た時に生かせるだろう。
どうすれば楽に生きられるか真剣に考える孝介を尻目に蔵人は数学の教科書を取り出す。孝介の将来よりも次の授業の準備の方が大切なのは言うまでもなかった。