過労系3 8
ルカが無事配信を終えて僅か数時間で事は起きた。
「おい、もう来たぞ」
『はやっ、どんだけ拗らせてんねん』
蔵人の探知魔法によって山に入る生物を監視していたが、こうもあっさり襲撃者が来ると逆に拍子抜けであった。
だが早い分には良い。長期戦は視野に入れられなかっただけに敵が短絡的に行動するのは都合が良かった。
「悲しいわぁ。どんだけウチを殺したいんやろ?」
「愛憎劇なら何処にでもあるだろ」
『せやかて二回も殺しに来るコイツは十分異常者や』
一回でも異常だけどな。
「じゃあ行ってくる」
「蔵人はん、蔵人はんなら穏便に済ませられるやろ?」
「出来るぞ」
人の心の折り方なら知っている。完膚なきまで自尊心を壊せば良いだけだ。
「出来るんやったら和解したいわぁ。ウチの前に連れて来れへんか?」
『姉ちんいい加減にっ』
「分かった」
『蔵っち!?』
孝介からすれば何故蔵人がルカの望みを叶えようとしているのか理解出来なかった。
蔵人がもっとも簡単に対処するならゴブリンたちを倒したように身体能力向上の魔法によるゴリ押しで一般人はおろか普通の冒険者であったとしても気軽に制圧して警察に突き出せば良い。
しかしそれでは和解は難しい。一方的にボコられて植えつけられるのは恐怖だけだ。
だが孝介はそれで良いと思っている。何せ相手はルカを一度は殺している。自身も死に掛けた。なら相応の罰は必要だと思うのは当然。むしろ生きて帰れるだけマシとさえ思っていた。
なのに蔵人が和解を前提とした優しい扱いを了承するなんて倫理などは無視し感情が認めたくはなかった。
目には目を歯には歯を。なら死には死で返すのが道理だと心から叫びたかった。
それでも蔵人がルカの望みを聞けるのは単純に死生観の違いと心の余裕の有無にある。
蔵人にとって死は簡単に覆せる事象。店で買うジュースと同じように魔力を払えば戻って来る商品と変わらない。
なら死生観が軽くなるのも道理だろう。ルカが死んだことに何ら感じるものがない。ルカと関わった時間の短さも要因ではあるが死んだから可哀想などと考える思考は持ち合わせていない。
だから目の前で殺されようと孝介のように心が怒りで埋められることはなかった。その心の余裕があるだけにルカの望みも別に良いかくらいにしか感じていない。
『姉ちんは家に鍵掛けとれよ。窓にも近付くんやないで』
蔵人なら止めてくれると思っていただけに肩透かしを食らった孝介は少し怒り口調でルカに注意を促すに留まった。
「はいはい、そっちこそ気ぃ付けてな」
そんな孝介の胸中を知ってか知らずかまるで買い物に出るのを見送るようにあっさりとした態度で手を振った。
そんなルカに見送られながら蔵人と孝介は家を出る。
ここまで来るのには一本道であり森林の中を好き好んで歩かない限りこの道から一人やって来る。ならそのまま道を塞いで通行を妨げればルカの元には辿り着けない。
蔵人と孝介は道の真ん中を陣取り襲撃に備えた。
『さてっと、ふぅ、やっぱ苦しいでガスマスクは」
ガスマスクを外してカバンに仕舞うと孝介は気を引き締める。
相手は一度はルカを殺した相手。倫理観など端から期待出来ないのは承知だった。しかし孝介としては聞かざる得ない。
なんで姉ちんを殺したのか。好きやったんちゃうんか。
ほんの少し前までは誠にならと思えた時だってあったのだ。それを裏切られたとあっては危険と分かっても対峙してその真意を聞かずにはいられなかった。
「で、蔵っちここで待っとればええんやな?」
「絶賛歩いて来てるからな。後30分もあれば来るぞ」
山と言っても道はしっかり整備されているだけに視界は明るい。しかし一本道であるだけにその道を一つ塞げば必ず巡り合うので待つだけでいい。
蔵人たちが迎え撃っても良かったがあまり人に見られて良いような行為をしないのでなるべく山の中に入って来て欲しかったのもあった。
「ほれ来たぞ」
「ようやくかいな」
宣言した通り30分待てば少し豪華な宝石できらびやかに輝く装飾のされたナイフを抜いて構え蔵人に対して殺気を放ちまくる誠の姿が目視で見えた。
怒りで顔は歪んでいるが普通にしていたらイケメンと言える整った顔立ちだと気付かされる。それこそ因果が違えばルカとお似合いのカップルになれたのではないだろうか。
しかしそれもIFでしかない。今はこうして殺人鬼へとなり果てた誠に同情の余地はなかった。
「BSS……」
目を血走らせて歩く誠は悪鬼のよう。
「おいっ、なんであんたはっ…!?」
孝介がルカを襲った理由を聞こうと叫ぶも誠はこちらに、蔵人に向かって全速力で走った。
「びぃいいいいいいいえすぅぅぅうううううえすぅううううううううううううううううううううううううううううっっ!!!」
人の話を聞こうとしない。それどころか短剣を振り回して標的となる蔵人を殺してやろうとする殺意を浴びせる。
しかしそれがどうした? ゴブリンの方がもっと欲と悪意に濡れていたと蔵人は笑い一歩前に出る。
「蔵っちいけるんか?」
「対処出来ないなら前に出るか。危ないから下がってろ」
あんなナイフでやられる程蔵人は蔵人の防御魔法である【セイントオブアイギス】は柔ではない。
このまま【ファイアボール】を放っても倒せそうだとは思ったが敢えて身体を差し出すように無防備に立っていた。
一方的に攻撃されるのは相手の心を折るため。そうすれば次も襲おうとは考えないだろう。何よりこのまま【ファイアボール】でも打てば穏便には済まなくなる。それはルカの望みからは外れてしまう。
相手の心を折るには圧倒的に勝つ必要がある。なら何もしていないように立つだけで十分。それだけ自身の防御魔法である【セイントオブアイギス】に自信があった。
「びぃいいいいいいいいいい!!」
だから油断した。
「えすぅぅぅうううううううううううう!!」
慢心があった。
「えすぅううううううううううううううううううううううううううううっっ!!!」
自身の魔法が破られる可能性を僅かにも考慮していなかった。
「――――え?」
誠の握りしめたナイフの切っ先が【セイントオブアイギス】に触れたその瞬間に防御魔法が破壊され、そのままの勢いでナイフは蔵人の胸に吸い込まれる。
「お前さえいなければ……」
強く押し込まれた短剣は蔵人の命を確実に刈り取る。
「ルカさんは僕のものだっ!!」
狂い嗤う誠は手の中で感じる熱に愉悦を覚えた。
「は、はは……、これで僕の、僕のルカさんだ……。ハハハハハハハハッ!!!」
これで邪魔者はいなくなる。そんな幸福感から誠は笑わずにはいられなかった。
倒れる蔵人。それを見守る孝介は何が起きたか理解できなかった。
「………は? え? 何でや? 何で蔵っちが倒れ、は?」
孝介にとって蔵人は圧倒的強者。生半可な攻撃では傷一つ付けられないのはゴブリンのスタンピードで理解している。それだけに目の前で起きた事象を脳が受け入れられなかった。
たかがナイフが刺さるなんて夢にも思わない。心臓に刺さったくすんだ宝石の付いたナイフの存在を視認出来ても認識出来なかった。
「蔵っち!?」
孝介が慌てて駆け寄るもそのナイフが刺さらなかったことにはならない。
「アハハハハハハハッ!!!」
「クソがぁああああっ!!」
「ぐばぁっ!」
狂ったように笑い続ける誠を孝介が殴り倒す。
「蔵っちに何したんや!」
倒れた誠の上に乗ってマウントを取る孝介はその胸倉を掴んで叫ぶ。
「何って邪魔者を殺してやっただけだよ。魔道具を使ってね」
「魔道具やと!?」
魔道具には魔法を扱う為の補助的な役割をする魔道具以外にも特殊効果のある魔道具が存在する。
一般的な魔道具のように魔法は自由に扱えないが、〈スピードブレイカー〉と呼ばれる剣は斬った相手の行動を遅くする、〈ロードメイカー〉と呼ばれる靴は装着した者の速度を上げるなど一点特化な能力を持っている。
その上で誠が使ったのは魔法無効の魔道具。
強力な魔道具であれば誰も手放さないのだが、この魔道具は盾でなく武器。それもナイフという短い刃渡りの使いにくさからオークションに出され、その装飾性の高さと魔道具である物珍しさから購入され美術品として誠の家に置かれていた。
それを誠が持ち出して凶行に及んだ。ただし当の本人は魔道具であると知っているだけで使い方はおろか効果もさっぱり知らなかった。単純に自分が使いやすく持ち運びに便利だから使われたに過ぎない。きっと斬撃の強化みたいな効果だろうと適当に考えて使われたのだ。
しかし持ち出された魔道具はよりにもよって蔵人にとって天敵ともいえる最悪の魔道具。自身の防御魔法に絶対的な自信があっただけに無防備に刺されてしまったのだ。
蔵人は死んだ。心臓に刺さったナイフによって血流が停止し鼓動を止めたのだ。
「あーー、まさか死ぬとはな」
そしてあっさり生き返る。




