過労系3 6
ルカはSNSで少しばかり炎上していた。
お祝いムードではあったが、やはり一定数のガチ恋勢によってもう男と寝ただの騒がれてルカは燃えた。酷いものだと誹謗中傷でルカをこれでもかと貶めるような発言もあった。
「まあこうなるやろなぁ」
「予想してたのか」
『こんなんやけど姉ちん割と人気やし』
「こんなんは余計やで愚弟」
しかしだからと言って何かが出来るわけではない。実害が無いので精々が記録を残しておいて今より酷くなるなら訴えるくらいだろう。そんな事よりもルカの身体だ。
あれから何日も掛けてルカの治療で何回も変質した魔力を吐き出させた。その為にルカの身体はかなり臭いが改善され、少なくとも家中で臭いを巻き散らかすような状態ではなくなった。
『しかし改善されるもんなんやな』
「信じてないのか?」
『半信半疑や。人には出来る事と出来ん事があるやろ?』
「ならそのガスマスク外してみろよ」
『それはもっと改善されてからにして欲しいで』
普段使わないリビングで蔵人とルカの様子を確認する孝介はそれでもまだ部屋中が臭いのでガスマスクが外せなかった。
しかし改善されたのは疑ってはおらず、孝介はこのままルカが治るだろうと確信していた。
『蔵っちに頼んでほんま良かったわ』
僅か数日でここまで劇的に改善されるとは思っておらず、孝介は蔵人の傍にいた幸運を改めて噛みしめる。
「なあ愚弟」
『なんや?』
ただ孝介も気が緩んでいた。何故蔵人をルカに紹介したのか、そうした説明が丸っと抜け落ちていた。
「なんであんたは蔵人はんをここに連れて来たんや? 何かしら確信があったんやろ?」
『っえ”そら……なあ蔵っち?』
孝介も言葉に詰まる。正直に白状するのは首に死神の刃を落とすのと同義。
けして言えない蔵人の秘密をルカに話して問題ないか。孝介は顔色を窺うように確認するが蔵人からすればちゃんと考えとけと文句も言いたいところ。
「孝介からルカの事聞く機会があってもしかしてと思っただけだよ」
しかしバックストーリーを考えてなかったのは蔵人も同じ。取り敢えずパッと浮かんだ言い訳を口にする。
「ふーーん……、まあええわ。蔵人はんにも色々事情はあるんやろうし」
訝しむルカは何かを隠しているのは感づいたが敢えて言及しなかった。
ルカを超えるだけの魔力を持ち、誰にも分からなかった病をあっさり改善に向かわす知識。そんな人物が弟の身近にいたとする事実は腑に落ちなかった。
しかしそれを言及したところで意味はない。ルカは何かしら理由はあるのだろうが言いたくないのなら聞かない方が無難と判断する。
もっともルカの頭には昨今孝介が巻き込まれたスタンピードやそれを解決したとする話題の人物が思い描かれている。
それが正解かどうかなどルカにとって意味はない。あるのは蔵人をいかにして自分に溺れさせるか。相手の不都合を探って逃げられる方が余程ルカにとって問題だった。
「それで蔵人はん、ウチはこのまま魔力を抜いてもらえれば治るん?」
なら下手に検索はせず、あくまでも自分を優先して話を戻す。
「魔力を抜けば臭いはなくなるな」
「それが聞けるだけでええわ」
「思ってたより回数は重ねる必要あるけどな」
蔵人としてもルカの身体は想定をかなり超えていた。
何度か魔力を抜いて最初よりも明らかに抜きにくくなっている。それが思いの外苦戦させられ、想定以上に回数を重ねる必要が出来たわけだ。
だがそれはあくまでも長年蓄積した事によるへばりつきでしかない。だから蔵人の持つ魔力で高圧洗浄の如く洗い流せると確信していた。
『良かったやん姉ちん』
まるで他人事のように言う孝介であるがその道程は決して他人事ではない。
両親からはルカはいなかったものとして扱えと言われたが、それで納得出来るならとうの昔に諦めている。
ルカが魔力過剰蓄積症を発症させてからの孝介の奮闘は子どもながらに病気に関してはそこそこの知識を身に付けた。
図書館に通い人体に関する本も殆ど読んだ。ネットに潜りルカと同じ症状の病はないかも調べた。しかしそれでもルカの症状に当て嵌まるものはなく呪いの類なのかとあらぬ方向に進んだこともある。
しかしその過程で唯一触れなかったのが宗教だった。
というのも宗教は既に政治家である両親の伝手で実施済みであり、孝介は人間の薄汚さを垣間見ていた。
宗教家による思想と信教に染まる両親は酷く滑稽であり、世間体を気にする両親が娘のルカを何度か除霊に浄化と試していたが、内容は金をむしり取る為の作業に過ぎない。少なくとも孝介はそう感じられた。
だから孝介は人を信頼しない。したところで価値も意味も無いと幼少期の人格形成時に組み込まれてしまった。
ある意味で蔵人と孝介は似た者同士だった。
蔵人は前世では聖女と言う名の奴隷として食い物にされ、孝介は病を餌に群がる寄生虫の薄汚さから人を学んだ。
人の醜さを知るが故に友になった。お互いは利用し合う仲にはならないと暗黙の了解の上で。
酷く面倒臭くて歪な関係であったが、だからこそ自然と手を取り合えたと言える。
「ウチもこんな山奥に篭り続けんでええと思うと清々しいわぁ」
ルカは立ち上がって開けられた大窓の前に立つ。
開いた窓から感じる風に髪を揺らす姿はどこか晴れやかでようやくこの呪縛から解放される事を喜んだ。
ルカの身体に溜められた魔力は人間だけでなく動物にも作用する。
その為この家には四本足の動物はおろか昆虫だって家の周囲には近付かない。だから大窓を網戸もなく開けていたとしても羽虫の一匹も入った試しがない。
そんな生き物との接触さえままならないルカの心境は孤独に苛まれていた。
孝介がかなりな頻度で会いに来る。リスナーが求婚しに会いに来る。しかしルカの心境を変えるだけの孤独は消せなかった。
――触れ合えへん。顔も見れん。誰もずっと側にはいてくれへん。
僅か一時の間しか満たされないだけにより孤独をルカに感じさせた。
なら孝介のやっていた事は間違いだったのか? そんな訳がない。孝介がいなければルカは自ら命を絶っていたと断言出来る。
孤独は確かに感じていたが、会いに来てくれない両親に比べればずっと愛を感じられた。
ルカが孝介を愚弟と呼ぶのは八つ当たりの面もあるが照れ隠しでもあった。
素直に感謝したくもあるが、かといって両親の愛を受けていると思うと寂しさが込み上げ矛盾する気持ちのせめぎ合いからルカは見下しているように見える態度を取ってしまう。
ただそんな自分とももうすぐお別れだ。
少し、いや大分恥ずかしい思いをしたが、その甲斐あって臭いもかなり薄れており後何回か魔力を吐き出せば完全に臭いは無くなる。
そしたら何をしようか。買い物もネット越しにしなくて良い。物を直接見ながら店で買い物が出来る。
食事だって一人寂しく摂らなくて良い。顔を突き合わせてこれは美味しいと味を共有出来る。
画面越しに会話をしなくても良い。何気ない会話を顔を見ながら楽しく出来る。
誰かが一緒にいてくれる。触れ合えない寂しさをもう味わないで良い。
なんでも出来るようになる。暗く寂しい未来しかないと思っていた人生が変わる。これ以上の幸せがどこにあるのか。
外の景色を堪能していたルカは蔵人たちに振り向いて笑みを溢す。
「蔵人はん、愚弟ありがとなぁ。ウチは――」
そう、このまま順調に行けばだ。
「「ッ!?」」
ダンッ、と鈍く叩くような音と共にルカは倒れた。




