過労系3 5
蔵人はルカの家に泊まることになった。強制的に。
何せ蔵人自身、魔力的な面では問題ないが体力面でかなり消耗していた。このくらいであれば魔法で回復も出来たがクラウディア時代の悪夢を思い出すのでやりたくなかった。
ただそれ以上の理由にルカが帰してはくれなかった。何処にそんな力があるのかと言いたくなるほどそれはもうしっかり腕を掴んで蔵人を離さなかった。それは寝る寸前の今であっても。
そんな訳で蔵人はルカによってベットに連れ込まれていた。
蔵人自身疲れていたのもあり、ルカの家に泊まることにした。けして腕から感じる巨乳に負けたわけではない。けして。
「蔵人はんも配信出てくれたらええのに」
「顔晒したくないんだよ」
「照れ屋やなぁ。ウチの大事な人を紹介したかったんやけどしゃあないか」
蔵人はルカが配信者だと知らされ、そのまま出演させられそうになったが普通に断った。何が悲しくて野郎共に認知されねばならんのか。
その配信であるが中には一部心ない言葉でルカを非難する声もあったが大事な人発言は大多数に受け入れられた。あの臭いは恋心を壊すのに十分なものでガチ恋する者は少なかったのが救いだった。
蔵人も大事な人と言われて悪い気はしないが蔵人自身ルカを娶る気はない。そもそもここにはルカを治しに来たのであって嫁に貰いに来たのではない。
巨乳の誘惑にそのままフリーフォールしてしまいそうではあるがルカの重い感情を受け止めるには遊び盛りの学生にとって荷が重かった。
「一応言っとくが俺はっ」
蔵人ははっきり自分の意思を伝えようとするもその口をルカの人差し指によって押さえられてしまう。
「それ以上は無粋やで? ウチはこのまま溺れていたいんや。この夢に酔っていたいんや。やからウチを醒まさせるようならその口ずーーっと塞いだる。もちろん次は口でなぁ」
頬と頬が触れ合いそうになるほど近付くルカに蔵人はその顔を掴んで退ける。
「夢なら早々に目覚めた方が楽だろうが」
「なら夢の終わりは自分で決めたる。少なくとも今ではないなぁ」
「俺にその気がないんだが?」
「イケずやなぁ。女に恥じかかすん?」
「据え膳でも毒盛られてんの分かってて口にしないっての」
「毒がある方が美味しいんやで。たーんと召し上がれ」
「ノーセンキュー」
一度でも手を出せばなし崩しで人生のゴールまで走りそうな気配に蔵人は据え膳に手を付ける勇気がなかった。
そんな据え膳を頂こうとしない蔵人にルカは少しだけ頰を膨らます。
「蔵人はんは何が不満なんや? ロリ巨乳は嫌なん?」
「嫌じゃないが責任取れるほどの年じゃないし。ってかあんたいくつよ?」
胸を除けば見た目は小学生。頑張って中学生なルカは年齢不詳であった。
「ああ、ウチは今年で20やな。手出して問題あらへんよ」
「合法ロリでも子どもが出来たらアウトなんだよ」
残念ながら養えるだけの収入は……ダンジョンの攻略物で賄えるがそれとこれとは話が違う。
やはり倫理観と言うのか蔵人も性欲に負けそうにはなるし、このまま抱いてもよくね? と葛藤がないわけじゃないが子どもが出来ましたとなると責任のレベルが跳ね上がる。
「子やったらウチ一人でも育てたるわ」
「それを見て見ぬ振りとか出来ないんだよな」
「ならそのまま結婚でええやん」
「それが嫌なんだよなー」
何故こうも抱かれたがるのか。蔵人自身魔力過剰蓄積症に罹っただけに他人との触れ合いを求める気持ちが分からなくもないがルカの行動はあまりに性急過ぎた。
「なんでそんなに抱かれたがるんだよ」
あまりに分からないルカの行動に蔵人は訊ねる。
「そらイブが求めて止まないアダムが遂に来たんや。って答えじゃ納得せぇへんわなぁ」
ルカは隙あらば蔵人にキスしようとした顔を退けて天井を見上げる。
「ウチはここに一人住むようになったのは幼い頃。察しとるかも知れへんが小学四年くらいからやな」
最初から諦められていたわけではない。何度か病院には連れて行かれているが、その度に原因不明と切り捨てられている。もっともその医者たちがまともに診ていたかは怪しい。
何せ小学四年生の段階で横にいるだけで鼻がもげる程に臭かった。
医者はCTスキャンなどの機械任せであり、まともにルカに触れていたかとするとその時間は極めて短かったと言える。
まあ時間を掛けたところで魔法にかなり精通していなければ分かる筈もないので医者に分かる問題でもなかったが。
「小二やで? 幼女やで? 酷いと思わへん? 臭いで近付くのも無理なのは仕方ないにしてもウチは親の顔をもう思い出せへん。それくらい両親と会っとらん」
それこそ声も聴いた記憶がなくなってしまっている。ビデオ通話どころか普通の電話もなくなっていた。
「両親からしたらウチは疫病神なんやろうなぁ。愚弟から聞けば『姉はいなかったもんやと思いなはれ』やと。流石にへこんだわ」
ルカはあまりに会いに来ない両親に焦がれて孝介にどうして来ないのかと問い詰めた。孝介も最初はそんな真実が言えずに、しかし良い言い訳も思いつかなかったので沈黙していたが臭いによる拷問が行われゲロってしまったのだ。
その時ルカはどう思ったか。まだ幼い子が辛い現実を直視させられのだからそれ相応の絶望があったに違いない。
「そう言えばその時からやな。ウチが愚弟なんて呼び始めたんわ。でもしゃぁないやん。ウチは捨てられたって聞かされて自暴自棄になるわ。勝手に入ってくる金で生活しとれと投げ出されたらどう思う? そらヤケにもなるわ」
ルカは孝介を嫌っているわけではない。ただ自分は半ば捨てられ孝介は愛されているとする現実に気持ちの整理がつかなくなりズルズル引きずって意固地になってしまっただけだ。
「アホみたいな借金でも作ればウチを見るかと株にドカンと投資もしたわ。儲けてまったけどな」
ルカの資産は億を超える。その為金銭による繋がりさえも無くなったのは皮肉な話だ。
「ああでも別に最初から見捨てたわけやあらへんよ? でもその過程は最悪やったなぁ。ウチの両親政治家で宗教家とはズブズブの関係やったし」
両親の伝手だけは多くあらゆる方法は模索された。しかし解決には至らず、それよりも人間の醜さをルカと孝介は知ってしまった。
「ウチも愚弟も金に目の眩んだ欲深いアホはよう見たわ。そのせいで愚弟も歪んでもうたみたいやし」
「それで孝介は若干人間不信になったと」
「みたいやなぁ。まあ愚弟の話はええわ。そんでまあウチやけど金はあるけど他人と触れ合えん。しかも一人やから暇や。そんなウチがネットに入り浸るのも自然やろ?」
お陰で今後の生活に不安は無くなったが益々孤独感が増してしまい、手ぇ出したのが動画共有サービスを利用した配信業だった。
「擬似的でも他人と交流出来るんは楽しいし寂しさも紛れたもんや。けどな人間贅沢覚えると次が欲しくなる。それが婚活やったなぁ」
一時的に孤独感の消えたルカであったが、相手の反応を文字配列で眺めるだけの生活は所詮一時凌ぎにしかならなかった。
なら自分から外に出会いを求めればと思うが既にそれで異臭騒動を起こしてしまい、それ以降家から出る事はなくなっている。
そして考えた。自分が出ていけないなら向こうから来てもらえばいいと。
「住所晒してウチの臭いに我慢出来たら結婚しよ、って言った時はおもろかったわぁ。ひっきりなしに人が来るんやで? もっとも臭い無理と涙目で逃げられるのもセットやったから辛くもあったわぁ」
リスナーの大半はルカの家まで来ている。そして来た上でこれは無理だと諦めてしまう。それこそ誠のようなリスナーは極一部。だからこそ配信で蔵人について話をしてもアンチコメよりもお祝いムードで包まれたのだ。
それだけ臭いは強烈でゴミ屋敷に住むような強者であっても絶望させ二度と来ないと誓わせてしまう。
「結局ウチは一人や。画面越しとガスマスク越しで何が違うん? ずっと一緒にいてくれる人なんておらんのや。蔵人はん以外はなぁ」
「……その身体治ったら別に誰かいるだろ?」
「それでウチの身体がもう一度臭くならん保障は何処にあるん? ウチは蔵人はんから離れるのが怖いんや」
ルカの目に宿る狂気は強い執着から来る。たとえ身体が治るとしても蔵人の与えた温もりは蔵人の想像以上にルカに突き刺さった。
そしてそれは毒でもある。長年得られなかった感動を受けて失うことが耐えられるはずがない。
だから何が何でも蔵人を捕らえたかった。身体を使ってでも。
「………」
蔵人には目の前の女性が年相応には見えなかった。
それは外見からじゃない。まるで親に必死に縋る幼子のようでルカ自身の時が止まっていたかのように感じた。
両親からの愛は蔵人もあまり受けた覚えがない。それでもルカのように人を恋しく感じないのは前世の経験があり、人は人を利用するためにいると実感したからだ。
だから今のルカには共感出来ない。……筈なのに蔵人はその手を払えなかった。
それが肉欲から来るものであれば抱いてしまっているのだが、蔵人は子どもが出来るからと言い訳をして抱かないでいる。
子が出来れば責任がと思って誤魔化しているが、実際はそんな簡単に抱けない程にルカと自分を重ねてしまった。
目の前の幼子は過去の自分。それもシスターによって救われなかっただろうIFの自分。
そんな自分を気軽に食い物に出来る程、蔵人は心まで死んではいなかった。
「その身体は治る。だから今日は一緒に寝るだけだ」
故に嘆息して妥協案を提示する。それが蔵人に出来る唯一の譲歩だった。
「……ありがとな蔵人はん。ウチのワガママ聞いてくれて」
その日ルカもこれ以上誘うことはなかった。ただお互いを感じ合うように抱きしめ合いながら寝るのだった。




