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過労系聖女ちゃん、男に転生す~次こそ自由な生き方を~  作者: 雪野マサロン
第三章 配信者は愛を欲す
31/61

過労系3 4.5誠サイド

 朝霞誠(あさぎりまこと)は憤慨していた。


「くそっ! くそっ! くそぉおおおっ!! なんだあいつは! 僕の! 僕のルカさんを!!」


 誠は八つ当たりに部屋のゴミ箱を何度も蹴る。中のゴミが散らかるがそんなの気にも止めず、ただ己の不満を物にぶつけた。


「有り得ない有り得ない有り得ない!! ルカさんに近付く奴は何人もいたけどどいつもこいつも簡単に諦めたのに!!」


 ルカに惚れた男は多い。日本人形のような美しさを持ちながら小柄で胸も大きいと刺さる者には刺さる美少女である以上必然として男を引き寄せる。


 しかし人の通らない山奥の古民家に住むルカがどのようにして出会うのか。


()()見て満足するような奴らと違って僕はこんなにも頑張ってるのに!!」


 山奥であっても電気、水道、ガスのようなインフラはしっかり通っている。その中には当然通信であるネット環境も含まれており、隔絶された孤島ではない。


 ルカは一人で生きる寂しさから始めた配信であったが、その美貌と独特の訛り口調や男受けしやすいコンテンツに手を出している点から十万人を超える登録者がいる人気配信者となった。


 ただの美人であれば何処にでもいる。しかしルカには他では考えられない行為をしている。



 それが自身の住所の暴露だ。



 こうした配信業で住所を特定されれば厄介なファンが家凸などして警察沙汰にまで発展するのが常。だから窓の外などの風景が特定されないようにしたりSNSの投稿には細心の注意を払って特定を防止している。


 しかしルカは違う。婚活系配信者として来れるもんなら来てみろと住所を普通に公開して何人もの男が挑み脱落している。多い時は百人近くが凸った日もあるが全員が全員臭いにやられて大人しく帰っている。


 蔵人が耐えられているあの臭いは常人にとっては毒ガスも同然。


 今ではすっかり挑戦する者も殆どいない。精々何も知らない初見が俺なら大丈夫と根拠のない自信では挑んで脱落する。だからこそ誠のようにガスマスクまで用意するような男は極めて稀。


「くそっ! くそぉおおおおっ!! 僕はなんでルカさんに触れられないんだぁあああああああああああああああああああああっ!!?」


 誠は頭を抱えて絶叫する。これがマンションであれば壁ドン必須の煩さだが、そこそこの豪邸に住む誠には関係がなかった。


 金持ちであるのは両親でその足のすねを齧っているに過ぎない上に半ば勘当状態ではあるが、かなり裕福な暮らしを送れている。


 それだけにルカへ貢いだ金額も他の誰よりも多かった。


 限界スパチャは当たり前。ルカが止めなければ会いに来る度に高級な代物を用意する始末で入れ込み様は半端ではなかった。


 にも関わらず、パっと出の男がルカを持って行った。これを絶望と言わずになんというか。


「うわぁあああ!! ほんの指先に触れるだけで良いのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 ルカの妥協によって誠だけ恐ろしく難易度を下げられたにも関わらず触れられなかった。


 そのカラクリを蔵人は知っているが、誠は何も知らない。もっとも知った所で根性でどうにかなるものではないので意味はあまりないのだが。


 今こうして叫ぶしか出来ない誠は自身の不甲斐なさを嘆きつつも思考はどこか違う方へと飛んでいた。



 ――あの男がいなくなればワンチャンあるんじゃないか?



 危険な思考が頭に過ぎる。しかしそれはダメだと頭を振った。


 そんな事をすれば犯罪者として捕まってしまう。そうなればルカさんとの幸せな生活は望めないと考えを改めた。


 誠は自分が今勘当されているのを悔やんでいた。もし勘当されていなければ金の力だけでは出来ない朝霧家の権力を使って自然な形で蔵人を処理出来た。


 そう考えるだけに誠は自分本位でしかなく、その両親も誠を勘当したのは当然と言えた。


 しかし対応は甘く、既に一般的な生涯賃金は楽に超えるだけの資産を与えており好き勝手に暮らしている状況は変わらない。


 彼は昔からこうである。好きになるととことんハマり向こう見ずになってしまう。そして興味がないと知ろうともしないので頭の出来は悪い。


 どれだけ素晴らしい家庭教師を付けても同じで赤点を取るのも当たり前で素行は悪くないものの、朝霞家の一員としては恥ずかしい存在となり勘当となった。


 ある意味で両親の英断と言える。もしこのまま権力を保持したまま野放しにしていれば確実に被害は大きくなり朝霞家のイメージは地に落ちていただろう。


「くそぉおおおおおっ!! 警察を黙らせられる力があればあんな奴!!」


 大きい事は言うが小心者で何も成せない。それが今の朝霞誠であり、放置しても害は無い。そんな情け無い存在だった。


(僕が)SS(先に好きだったのに)!! (僕が)SS(先に好きだったのに)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 蹴っていたゴミ箱は壊れて蹴れる状態ではなくなるも、そんなのは知った事じゃないと今度は踏みつけて怒りをぶつける。


 しかしそれで状況が好転するわけではない。そんな事は百も承知だったが何かに当たらないと精神を保てないほど限界が来ていた。


「はぁっ…はぁっ……、くそっ!!」


 ダンッ、と強く踏みしめてゴミ箱だったものを破壊し尽くす。


 苛立ちを抑えられない誠は次の標的を探そうと周囲を見るとスマホから一通の通知が来たのに気付く。


「これは…、ルカさんの配信通知!!」


 配信前に必ず行われる告知に喜びをあらわにするが、その通知内容に誠は愕然とする。


「はぁあああああああっ!? 重大、告知ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 嫌な予感が止まらなかった。


 ルカに触れられる男が現れてから行われる重大告知なんて残された希望を打ち壊すようなもの。


 誠は既にルカによって希望を打ち砕かれていた筈だが、もしかして、まだ可能性が、と都合の良いように妄想を膨らませていたりする。


 そんな誠に無駄やと笑うようにSNSに挙げられた重大告知の文字に両目をガン開きにしてスマホを凝視する誠は大量の汗を流す。


 部屋の温度は最新のクーラーによって快適な温度が維持されているがそんなもの誠に関係ない。


「違うよねルカさん! あんな男と一緒になるなんて有り得ないよね!? 僕は既に式場を押さえているんだ!! 一緒になるのはこの僕だぁああ!!」


 この男、ルカに会う度に何度も結婚のため式場を押さえてはキャンセルしている。高額なキャンセル料を何度も払っているので式場のスタッフたちからは、またかと呆れられているがお金はしっかり払われているのでスタッフたちからは誠の予約は休日と勝手に解釈されていたりする。


「あああああっ!! とにかく配信! 配信を見ないと!!」


 軋むほどに握っていたスマホをベットに投げ捨てるとパソコンの電源を着けて54.6インチのとんでも大画面に食らいつく。


「ルカさん今日のは何か間違いだよね!! 僕との結婚発表だよね!!」


 他人が聞けば何を血迷ったかと呆れるだろうが部屋には誰もいない。精々このゴミで散らかっ部屋の惨状に家政婦がまた発狂したのかと慣れた顔で片付けるだけだ。


 ルカの配信までまだ一時間近くあるが、誠は待機画面を飽きないのかと思わされるくらい眺め続ける。


 そして時間は来た。


「……………‥っ、ルカさん!!!」


 軽快なBGMからなるオープニングに耳をひくひくと動かす誠はこれ以上開かないであろう瞼を更に開いた。


『待たせてもうたなぁ、みんなのルカやでぇ』

「ふぉぉおおおおおおおおおおっ!! ルカさぁあああああああああああああんっ!!!」


 このままオタ芸に移行しそうなほど興奮する誠は145cmもあるスピーカーから大音量でルカの声を脳に沁み込ませる。


『今日は重大告知って事でやらさせてもろうとるけど何か分かるもんおる?』



 ・なんだろ?

 ・グッズの販売か?

 ・【¥10,000】幸せの告知助かる代

 ・【¥50,000】僕との結婚だよね!! そうに決まってる!!!

 ・出た限界ニキw

 ・そのスタイル一周周って尊敬するわ



 迷わずスパチャを送る誠はコメントでバカにされようと気にしない。自分の声はルカにだけ届いていれば良いのだから周囲の声は雑音以外何物でもなかった。


『いつもスパチャありがとうなぁ。今日は記念やからスパチャの機能はオフにせぇへんかったけど今はしといた方が良かったかもなぁ』


 画面の向こうに座るルカは苦笑いを浮かべた。


 ルカには当然誰が送ったのかを理解している。それだけに今この時はオフにしなかったことに失敗したと笑顔に影が入る。


 しかしそれも一瞬。満面の笑みを浮かべるルカは今が人生の最高潮だといわんばかりに嬉々として語る。


『みんなもよう知っとると思うけどウチの特異体質あるやろ? あの地獄みたいな臭いや』



 ・あれはヤバかった…

 ・あの臭いを克服するだけでルカさんと付き合える! で無理だったやつな

 ・俺の方が臭いと思ったら上がいてビビったわ

 ・臭い克服中

 ・死ぬかと思ったのは良い思い出よwww



 ここのリスナーの大半はルカと付き合うために一度は家に訪れた挑戦者だ。ただ当然ながらクリアー出来た者は当然おらず、人によっては挑戦する前から諦めてもいる。


『そうやで。知っとるもんはよう知っとるあの臭いなんやけどな。それを克服出来たもんがおるねん!』


 乙女の顔で語るルカに誠は今朝に見たあの不快な光景が脳裏に過る。


「や、やめてくれっ。そんな顔で語らないでくれ……」


 誠は自身の嫌な予感が現実になろうとしているのを必死に拒絶する。



 ・嘘だろ!?

 ・そいつは神か?

 ・これは重大告知だな

 ・冗談だよね!?

 ・ガチ恋ニキ終了のお知らせwww

 ・奇跡じゃねぇかよ!!?



 コメントは勢いよく走る。それだけ衝撃的だったのだ。何せ一分どころか一秒だって耐えられないのを体感しているのだから。


『ウチがこうして配信始めたのも克服する人が現れるのを期待しとったのもあるんやけどな? そっちは無理やったけど。まあ灯台下暗しみたいなもんで偶然会えてな。お陰でウチも人の温かさを知れたでぇ』


 完全に()()()である。


「う、うわぁああああああああああああああああ!!! 僕のルカさんが汚されたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」


 今この瞬間、誠の中で何かが壊れた。

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