過労系 1
クラウディアは転生した。それを自覚したのは六才、小学一年の時である。
クラウディア、改め井出蔵人は自身が男に生まれた事に感謝した。なんせ聖女であったから酷使された前世。なら男であれば聖女にはならない。
あんな人を人と呼ばない環境に身を投じなくて済むのだと嬉しくて喜びを隠せなかった。が、すぐに絶望する。
「あ、聖女の力が使える」
感覚的に蘇生魔法であるリザレクションや聖水やポーションを作るために必要な魔力操作が余裕で出来てしまうと分かった。
とりあえず使うのを止めたのは言うまでもない。蘇生魔法が使えるとバレればまた死ぬまで蘇生させられるに決まっている。
なんせこの世界で何度も調べたが、あらゆる魔法がある中で蘇生魔法に準ずるものが何も無かった。
また蘇生するだけの毎日を享受する精神はクラウディアであった自分と一緒に置いてきている。さっさと蘇生しないと罵倒のオマケ付きなんて二度と味わう気は毛頭ない。
「どうするべきか」
この世界ではダンジョンに入り資源を回収する者が後を絶たない。そうなるとこの蘇生魔法の需要は計り知れないだろう。なんせダンジョンでは平気で人が死ぬ。
ではそんなダンジョンとは何ぞか? 少し人類の歴史を紐解いていく。
今から二百年ほど前。突如現れた壊れない扉に人々は戸惑いを隠せなかった。
撤去したくとも動かせず、燃やせず、壊せない扉は中を開けば別世界へと続いており、鉱石や植物など色んな未知なる資源であふれていた。
だからこそ政府は本腰を入れて調査した結果、潤沢な資源があるのと引き換えに危険な生物がひしめき合っている事実を知った。
政府はこの事実を公開することを踏み切った。そもそも他国でも同様の事象が起きている点と国内のあらゆる所にこの扉が置かれている事実が隠すのが不可能だと判断したからだ。
中は人を襲うのを躊躇わない危険で未知なる生物たち。全ての扉に自衛隊だけでは対応出来ないと一部の扉を鎖で巻いて封じていたが、数年後恐ろしい事にその未知なる生物は鎖を破り溢れ出た。
それが第一次魔物災害となるのだが、その被害は大きく三万人もの死者を出した。
人類は魔物に敗北した。それだけで終われば第二、第三と起きる魔物災害に対処出来ず人類史は幕を閉じただろう。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。人々は溢れ出た魔物を倒す事で新たな力を手に入れた。
スキルと呼ばれる超能力にも似た力や、魔物を倒したことで何故か現れたアイテムによって魔法が使えるようになり身体能力も大きく向上した。
そのことで人々の生活は大きく変わる。
スキルや魔法はダンジョンを攻略する足掛かりとなり、国も自衛隊だけでは対処不可能と判断してダンジョンそのものを解放した。
一時期は無責任だと批判もあった。実際ダンジョンで初めての死者を出した時は非難の声もあったが、民間に開放したことでダンジョン内の魔物が間引きされて魔物災害も殆ど起きる事なく済んだ。自衛隊だけでどうにかしようとした国は残念ながら滅んでしまっただけに英断だったと手のひらを返した者も多かったが。
こうして人類はダンジョンのある生活を受け入れるようになったのだが、その背景としてスキルや魔法だけに留まらず未知の鉱石によって新しい技術が生まれ、魔物を倒して出る魔石による高エネルギーは人類の新たな希望となったのもある。
「だからダンジョンは宝の山なんだけども」
一攫千金を目指してダンジョンに潜る者は多い。そこまで攻略を目論んでいないエンジョイ勢でも小金が手に入るとあっては潜らない理由にならない。
冒険者専門の学校なんてものも出来、更にはダンジョンを娯楽の場のように配信として自分たちが攻略する姿をライブで見せるなんて形で溶け込んだ。
さてその上で蔵人は考える。この聖女の力をどうするか。
まだ小学生であり将来について考えるには早い年頃。しかしながらせっかく手に入れた力を使わないまま生きるのも勿体ないと考える。
聖女の力を持ったまま蔵人として生まれ変わるも思考はクラウディア寄りであり、もう二度と他人なんぞの為に使いたくないという気持ちが強かった。特に権力者の為に使うなんて反吐が出る。
自分の為にのみ聖女の力を使う。その舞台は整っていると言っていい。
ダンジョンは蔵人にとってとても都合が良かった。もしダンジョンが無ければただの奇跡の人としてそれこそ宗教でも起こすくらいだったが自由気ままに生きるという目標から遥かに逸脱する。
「この聖女としての力をバレずにダンジョンに潜るにはどうするか」
蔵人の思考に仲間を募るという選択肢はない。
人は裏切ると前世で学び尽くした蔵人にとって幼い頃からの絆~、や、幼馴染だもんね~、なんて裏切る為の前準備とさえ思っている。
そんな蔵人に友人と呼べるような友人はいない。
外面は取り繕っているだけに表面上は仲良くしているが、基本的に一人でいるのを好んだ。そもそもあんな他人に使われ続けた人生を送っておきながら人間不信にまで至っていないのが奇跡と言える。
つまりダンジョンに潜るのにソロであるのは前提であり、その上で聖女の力を周囲にバレないように使うのが目的となる。
「どうにかならないか、あ…」
そう言えばと思い出したのは対外用に生み出した魔法。その名も『ファントム』。その効果は他者に幻を見せるもの。
用途として使われていたのは聖女ちゃんとして奇跡の聖女の替玉として自分の姿を変えていた。
あの頃はまだ純粋でありクラウディアが矢面に立つと危険だからとする戯言を鵜呑みにして奇跡の聖女の姿となって仕事をこなしていた。
今になって思えばそもそも姿を変えても矢面に立つのが自分な以上危険なのはクラウディアであり奇跡の聖女に成果を丸パクリされただけであった。
学がなく言葉攻めされたクラウディアに対抗する手段はない。大前提として貴族と平民である以上『はい』以外の言葉は持ち合わせていなかった。
そんな経緯はあるものの都合の良い魔法があった。ならば使わない手はない。
「ファントム」
魔法の使い方は覚えていた。指をタクトの様に横に振る。前世では僅かな予備動作と魔法名だけで発動するようになるまでどれだけ掛かったか。
この省略が出来ないととにかく時間が足りなくて仕方なかった。まあそれで時間を作ってもあれもこれもと仕事を押し付けられて結局は地獄が生まれた訳ではあるが。
しかしその経験が今に生きる。
小六のミニボディを覆うように聖女クラウディアだった頃の自分へと変貌し、そして――
「オロロロロロロロロロロッ!!」
――吐いた。それはもう盛大に。
何せこのクラウディアの姿はトラウマそのもの。そんな姿に見た目だけとは言え変わったのだからフラッシュバックの一つや二つもしてしまう。
鏡で見た自分自身に地獄を経験したあの頃に戻った気分になった蔵人は胃の中にあるものを全てぶちまけた。
「うぇ…、これはなかったか?」
選択肢の一つとしては最良であったが気持ちが持たないんじゃ話にならない。
だが蔵人は諦めなかった。何度もクラウディアの姿になりながら吐いて、ようやく自分は地獄から抜け出したんだと認識を深めた事でクラウディアになっても吐かないようになる。
もっともそれだけに一年の時間を費やしたが。一年も掛かったと言うべきかトラウマを一年足らずで克服したと言うべきか。どちらにしろこれでダンジョンに潜る下準備は出来た。
「ただもっと早く気付けば良かった。このアイテムボックスの存在に」
ファントムの魔法が使えた。なら他にはどんな魔法が使えるかも検討すべきだった。
しかし蔵人にとってトラウマの克服が何より優先すべきもの。過去を引きずって生きるなんてあのクソ教会の連中に負け続けてるようなもんだと。
だから意地でも克服したらぁっ! っと視野が狭まっていたのはもはや笑い話。
「ただこのアイテムボックスも碌なのが無かったな」
前の世界でもし冒険者でもしていれば量は少なくとも金貨の数枚は持っていた可能性があった。それを換金出来るだけでも小金持ちにはなれていただろう。
そんなたらればが起きるような物を残念ながらクラウディアは持っていなかった。
「あったのは修道服が十着にポーション多数」
何故こんなに服があるのか。それは貴族たちの風習と呼ぶのか。彼らが欲しいのは服ではなく名であるからだ。
大聖堂の聖女。その肩書き欲しさに大量の寄付金を出してまで自分の娘を入れる貴族は多い。
ただし入れるまでであって業務に従事させるかと言えばそうでもない。彼らが欲しいのはあくまで肩書き。だから用意された修道服が使われないケースもあった。
ちなみに何故クラウディアがそんな修道服を持っていたかと言えばその服を用意するのもクラウディアの役目だったから。
故にアイテムボックスの中に文字通り肥やしとなって放置されたのが今になって呼び起こされたのである。
「ぶっちゃけいらない」
前世のアイテムボックスがこうして現世にまで繋がる奇跡は凄いが残念ながらコスプレとしてしか役に立たない。
なんせクラウディアはもう男、蔵人として転生した。そんな自分が女装してまで着たいかと言えば当然否。そもそも服を手に取った瞬間にトラウマで再び吐いた。
「でも性能は良いんだよな」
手触りは高級なシルクそのもの。だけどその糸はグラウンドデススパイダーと呼ばれる魔物で編まれており、防御力は凄まじく、防刃防魔防火防寒とあらゆる面で優れている。
だからこれ一着着るだけで下手な鎧の何十倍も安心安全となっているので戦場でさえ出向ける代物だ。――クラウディアが昔着てた服? 麻みたいに荒かったしそんな優れた機能ありませんでしたが?
ある意味で天啓か。ダンジョンに潜るなら防御に優れた装備は必須。これを着れば安全が確保出来てしまう。
「ん〜〜〜〜」
物凄く悩んだ。女装する上にトラウマそのものを着るのか。それとも性能重視で安全を求めるのか。
元から見た目は問題ない。そもそも魔法を使いクラウディアの姿になってダンジョンに潜るつもりだったのだから。
あとは自分との折り合い。トラウマを再び着込むのかと魂が問い掛ける。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜着るか」
命には変えられない。性能が良いなら使うのが道理。あとぶっちゃけ一年も自分のトラウマに挑んでおいて逃げるのは正直癪に触る。
そしてまた吐いては耐えるを繰り返す。地味に着心地が良くてイラついたのはここだけの話。