過労系3 3
蔵人は至極あっさりと病の名を告げる。
『「魔力過剰蓄積症?」』
二人は聞いたことのない病に眉をひそめる。
『そんなん聞いたことないで?』
「せやな。ウチも色々と調べた方やけど聞いたことあらへんよ?」
世間一般にそんな病は浸透していない。そもそもこの世界では魔力を多く持つ者が殆どいないのだ。だから前世ほどに治療法が確立されていなかった。
「名前自体は症状に当てはめるように言っただけ出しな」
半分は嘘である。前世で知ってますとバカ正直に言ったとしても納得は出来ないのは分かりきっている。
ならあたかも私が見つけましたみたいなテイストで誤魔化していた方が良い。
蔵人は二人に分かるようにルカの身体の状態を説明する。
「ルカは例えるなら身体がダムなんだよ。普通の人ならコップくらいしかない魔力がダムみたいな量が蓄えられてるせいで飽和状態みたいな?」
魔力は自然にある魔素を吸収することで蓄えられる。しかしその量は人によって千差万別。コップ程の量しか蓄えられない者もいればルカのようにダムのような量を蓄えられる者がいる。
しかし魔力は蓄えれば良いものではない。特に日常で魔力を使わない者や使い方を理解していない者には毒でしかない。
「コップ程の量しか蓄えられないのなら新しく入る魔力に押し流されて古い魔力が外に出ていく。けどルカはダムみたいな量があるせいで古い魔力が外に排出されない。だから魔力が腐る」
『なんやて!?』
「そんなん聞いたことないわぁ」
「それだけ魔力を持てる人も魔力が古くなるほど蓄える人も普通はいないからな」
前世であれば魔力についてかなり研究されていただけにこの症状についても広まっていた。
この世界では科学が主軸にあるだけにまだまだ魔力に関する研究が進んでいない。何よりこの世界は前世より魔素が薄いだけに魔力をそこまで貯められる器が作られないのだろう。
そうした意味ではルカは非常に珍しいハズレを引いたと言える。
「魔力量の検査ってしてないのか?」
「ウチの身体がこうなったのも小学生の時やからなぁ。その頃に魔力なんて測定せぇへんしダンジョンに入れる高校からしか測らんから魔力が原因なんて思わんかったわぁ」
『そら医者も匙投げるで。身体は健康なんやろ?』
「健康だな」
変質した魔力がどれほど影響を及ぼすかを蔵人は正直知らない。しかし触れられている内に身体の検査はしている。その上で肉体的には健康だと判断していた。
ただ今後変質した魔力がどう身体に影響を与えるか分からない。もしかしたら背の低さと胸のアンバランスさは魔力によるものだったのかも知れないが、この先今以上に身体を歪にさせる成長もあるのかも。
そうした意味ではまだ健康な状態で蔵人と接触出来たのは幸運の極みだろう。
『で、蔵っちはどうやって治すんや? ダンジョン潜っとるやつみたいに魔法でもいっぱい使えばええんか?』
ダンジョンに潜っている者たちが魔力過剰蓄積症にならないのはそこにある。
ダンジョンに潜れば成長もし、その分多くの魔力を貯められる器が出来上がる。しかしそうした者たちが魔力過剰蓄積症を患う事はない。
何せそうした者たちは魔力の扱い方を知っているし使っているから。
魔法を使える者たちの身体は身体の中で無意識に魔力を回している。だから古い魔力が肉体に残る事も無く、新しい魔力を蓄えて古い魔力を外に吐き出せている。
そもそも魔法を多く使うからこそ魔力を蓄えるように成長するので魔力過剰蓄積症にはなりえない。
「いやそれは無駄だな」
で、それなら魔法をいっぱい使えば改善するよね? と思えるだろうがそんな事で治るならそもそも魔力過剰蓄積症になんてなりはしない。
「何せ魔力が腐ってるってのは比喩表現で実際は魔力が変質してると思えばいい。そうなると仮に限界まで魔力を使い切ったとしてもその腐った魔力は使えない。そもそもダムみたいに魔力があるせいで普通に魔法使ってたら使い切るのにどれだけ掛かるか」
魔法を使っている最中でも身体は魔素を吸収しようとする。そうなると魔法を使って来なかったルカには強力な魔法は使えず弱い魔法を連打するしかないが、そうなると今度は魔力を使い切る前に疲労で先に身体が参ってしまう。
「ならウチの身体は治らんのやない?」
「普通ならな」
ただの魔力が水だとすれば変質した魔力は泥。こびり付いた汚れが簡単には落ちないように本来なら身体の中から出る事はない。
しかしそこに蔵人と言うルカ以上の魔力の持ち主がいれば話は変わる。
「俺の魔力をルカに流して変質した魔力を洗い流せばいける……筈」
『いや筈なんかい!?』
「なんせこれだけ変質した魔力を蓄積させたパターンって知らんし」
「ウチは僅かでも希望があるだけええけどなぁ」
前世においてクラウディアであった時、自身がこの症状に罹りシスターに治してもらい事なきを得た。
しかしその時でも精々が池だ。こんなダムの滞留物みたく溜めに溜めた魔力なんて今まで見た事もない。
そうなるとあの時よりもヤバいと考えると……。
「うーーん」
『どうしたんや?』
蔵人はチラッ、と孝介を見る。
少なくとも身内の見ている前でやりたい所業ではない。自身の経験からこのルカの身体からどのようにして変質した魔力が出るか想像出来る蔵人には孝介のいる前でやりたくはなかった。
「孝介お前は帰れ」
『え、なんでなん? 少なくとも今の姉ちんと蔵っち二人きりには出来んで。まだオジサンなんて呼ばれたないわ』
「どんだけ進展してんだよお前の頭は」
『だって帰ったら姉ちん確実に蔵っち食うやろ』
「いややわぁ愚弟は情緒があらへん。流石のウチも初日じゃ食わんよ」
『明日になったら食いそうやん』
「否定はせんなぁ」
否定して。そこは否定して欲しいんだけど?
「ただまぁ、ウチもちっこい頃からこの体質で営みの経験なんてあらへんし? 拙いけど許してな?」
「やらないから安心してくれ」
「身体に正直になってもええんよ?」
「触らないでもらえます?」
何処とは言わない。しかしその撫でる手つきは手慣れたプロのように優しくそれでいて興奮を助長させる動きだった。
「とにかく説明すると変質した魔力を出すのに軽度だったら汗と一緒に出せたんだがルカはとにかく酷いから汗として出すには無理がある。で、他のとこから出るってなると……」
魔力が変質したことで魔法に変換して外に排出出来ない。出そうとすれば魔力は体内の水分と結び付くので軽度の魔力過剰蓄積症なら汗となって排出が可能となる。
しかしルカのように家中に充満するほどに魔力を貯めてしまった身体は汗として出すだけでは足りない。だから他の水分と結び付いて排出される。まあつまり――
「――尿として排出されるの見たいか?」
『そら見たないわ』
しかも臭い。尿だからじゃない。身体と言う箱の中に入っていた変質した魔力を外に出すのだから今の数倍は臭い。下手をすればそのガスマスクでも対抗しきれるかどうか。
「……なぁ蔵人はん。それつまりウチは蔵人はんの前で粗相するのと同義やない?」
「………しかも一回じゃすまないオマケ付きでな。こんだけ酷いとかなりの回数がいると思うな」
「流石に恥ずかしいわぁ」
身体を密着させていた以上に頬を赤く染めるルカは何故か満更でもない顔でより蔵人にしがみつく。
『なら蔵っちどれだけ離れてればええんや?』
「なんだ信じるのか? まあこの山の周囲にしばらく近付かなければいいが」
『蔵っち以外に姉ちん治せんし素直に聞いてた方がええやろ』
「ウチとしても愚弟に醜態さらしとうないわ」
『ならワイは帰るで』
孝介は部屋を出る為に立ち上がるが、ふと思い出したようにルカに確認を取る。
『外でまだ転がってそうなんは片付けとこか?』
「ああ、誠はんもまだおるなら退かしといてくれると助かるわ」
『動かんかったらどないしよ』
「そん時はウチが『蔵人はんもっと突いてぇなぁっ…』って嬌声でも上げたろか?」
『「冗談でもやめろ(や)」』
恋していた相手の嬌声という恐ろしい武器を使って追い払おうとするなんてルカには人の心がないのだろうか?
「あっはっは、冗談やて。ウチもそないな真似出来ひんわ。せやけどあないな別れ方しといてどの面下げて会えるん?」
ころころ笑うルカは自分が誠に何をしたのか理解している。
三年もの間山奥の田舎に通い、試練こそ乗り越えられなかったものの誠は何度も諦めずに立ち向かった。にも関わらず触られないからとパッと出の他の男になびいた。
ルカと何度も対面で接していた人物は孝介以外には誠だけだったのだから、もしほんの僅かでも触れられていれば違う未来もあっただろう。
しかし現実は無常。指先さえ触れられないならとあっさり捨てたのだからそんな相手に顔を合わせられる筈もない。
「ウチは悪い女や。色々と悪い女なんやから。もう会わん方がええやろな」
ルカは何かを誤魔化すように蔵人の胸に顔を埋める。
少し含みのある言い方をしたルカに蔵人は違和感を覚えながらもやる事は変わらないか。
「取り敢えず治すには相応の時間がいるから。気長に待ってろ」
紆余曲折あったがようやく治療に入れると自身の思考を切り替えた。




