過労系3 1
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大石孝介は千載一遇の好機を得た。
もしかしたらクラウディアであれば姉の異常を治せるんじゃないか。あれだけの魔法を使い死者まで蘇らせる秘技を持った魔法使い。
そんなクラウディアとの接触はかなりの難題であり、あらゆる人間がクラウディアと接触するのを望んでいるが唯一まともに接触出来たのはストロベリータウンの三人だけ。
そうなると宝くじで一等を当てるよりも難しい。日本で活動しており海外での目撃情報がないだけにワンチャンあるんじゃないかと思っていたが、それはすぐ側に、しかも驚くべき事によく談笑する相手がまさかのクラウディアの正体だった。
何かの間違いなんじゃないかと孝介は思った。蔵人がドッキリでも仕掛けたんじゃないかと錯覚させられたが、それが一瞬で本物だと塗り潰された。
普通の魔法使いでは絶対に出来ない【ファイアボール】【ファイアランス】の超多重起動。
ゴブリンの攻撃をものともしない【セイントオブアイギス】の鉄壁。
そして全人類が敵わない速度で動く正に化け物じみた身体能力。
孝介は逃げながらもその光景を見続けただけに自分の持つカードの貧弱さに頭を悩ませた。
何せ相手はスタンピードによるゴブリンの軍勢をたった一人で処理してしまう化け物。孝介一人であれば人知れずに片付けるのは容易い。
そうなると正体を知っているのはプラスではなくマイナス。取引のカードである『クラウディアの正体は蔵人である』はトランプのジョーカー並みに扱いが難しかった。
しかし孝介には他の誰よりも秀でた面がある。それが蔵人との関係性だった。
蔵人が誰かといる事は少ない。必要性を除けば基本的に会話をするのは孝介だけ。だからこそ蔵人の性格もある程度認識出来ているのは孝介だけだった。
そんな孝介は蔵人が不誠実を嫌う傾向にあるのを知っている。信頼や信用をしない、と言うよりは出来ない蔵人を説得させるには最大限の誠意を見せる事。
クラスメイトたちがいる場ではあくまでも平常通りに。その上で何も知らない見てない体で蔵人と接する。
やっている事はいつもの日常でしかないが弱みを握ったと上位下位を作らない。たったそれだけが孝介に出来る誠意だった。
しかしそれが功を奏しスタンピードの影響で早引きの上しばし休校となった後の交渉も多少の遊びは入ったがスムーズに進み、その上で蔵人に興味関心を持たすだけの言葉を選びによって孝介は蔵人を己の舞台へと引っ張り出す事に成功した。
「で? こんな遠い山奥まで呼ばれたわけなんだが?」
交渉の数日後、孝介の案内の元人気の少ない山道を進み面白さ半分で訪れたとある一軒家の前に蔵人は立っていた。
年季の入った家であるが全体的にしっかりとした造りの日本家屋。呼ばれた側からすればそこそこ遠かったくらいのいちゃもんはご愛嬌。
「いつもここより遠いダンジョン行っとるやろ? それにこんな山奥の方が安心やない?」
「それはそう。壁の薄いマンションにでも連れて行かれるなら呼んで来いって言ってるな」
人がいない。それは孝介が蔵人との約束を守る面でも都合が良かった。だから行く場所がここであるのも蔵人は予め伝えられている。
「どっか行けるような症状やったらええんやけどな…」
顔をしかめる孝介は姉について思い浮かべこの山からは出すのが無理と語る。
「ただ臭いだけやと思うやん? 玄関前まで近付けばワイの言いたい事も分かるやろ?」
孝介は背負っていた大きなカバンを降ろして中を漁り始める。
その間に蔵人は言われた通り玄関前まで近付く。
「……っ!?」
その臭いは表現するのも難しい。腐った臭いなのは確かであるが納豆のような発酵とは明らかに違う異臭。これが食物なら口に入れる前から身体に悪い毒だと察せられるヤバさ。
工場から出る煙とも違う。薬品めいた臭いとも言い難いが百人いれば百人が『よく分からないけど取り敢えず臭い』と答えるのは確実。
普通の人なら鼻を摘まんで全力で逃げるか、あまりの臭さに倒れるかの二択だろう。しかもこれのヤバい所は玄関前でこの臭いであり、まだ臭いの根源に近付いていない点。
正に絶望的臭さ。ここが山奥でなければ異臭騒ぎで隣人騒動となっただろう。
「この臭い…」
蔵人も驚きを隠さなかった。この異臭の懐かしさに。
『よし、これが蔵っちの分や』
先程からガサゴソと荷物を漁っていた孝介はガチもんのガスマスクを着けて臭い対策を完全なものとしていた。
そんな孝介から渡されるガスマスク。あの気絶するような臭いを嗅げば我先にと手を伸ばすだろう代物。
「あー、いらない」
『っ!? 正気か蔵っち!?』
しかしそれを蔵人は不要だと言い退けた。
『我慢する事あらへんで!? 人類史に残るレベルの異臭や。近年でより酷うなっとるし宅配なんてかなり渋られるレベルの悪臭なんは嗅いでて分かるやろ!?』
だからこの山奥。民家は全く近くになく、ガスや水道に電気がギリギリ入れられる田舎にしか居場所がない。
身内でさえこの様だ。どこで売ってるんだとツッコミたくなる本格的なガスマスクで完全防備してないと耐えられないのだから孝介の驚きは相当だった。
「まあ何とかなるだろ」
『マジかいな……。必要になったら言うんやで?』
孝介は恐る恐るといった面持ちで玄関を開ける。
すると玄関前にいた時よりも濃くキツイ臭いが溢れ出して蔵人の鼻腔を襲うも当の本人は素知らぬ顔。これは宅配も嫌がると納得しているが蔵人には効いていなかった。
魔法で防いでいるのではない。ただ知っているだけだ。この臭いが何でどうしてこんな風になってしまうのか。そして蔵人にとってこれは経験済みの事象でしかなかった。
『うわ…、ほんまに耐えとるやん』
「耐えるって言うよりも慣れだろうな」
『これ慣れるんか?!』
「普通なら無理だけど」
『蔵っち普通ちゃうしな』
愕然としつつも納得する孝介は家の中へと入る。その後ろから着いて家に入ると中は外の見た目とは裏腹に意外と綺麗で広い内装をしていた。
それこそドラマでも見るような吹き抜けの家屋は庭まで見渡せる構造になっており、生活感よりも芸術性を際立たせていた。
「生活感ないな」
『普段はこっちの部屋使っとらんのやろ? 前に来た時のままやし』
おーい姉ちーーーん、と孝介が大声を出して家主を呼ぶとギシッ、と床を鳴らす音がしてそれは現れた。
「なんや愚弟? そないな大声出さんでも聞こえとるでぇ?」
少しダボついたシャツを着た黒髪が背中まであるロリがいた。ただしその胸部にはまるで現実感のない大きさの膨らみがあり、それこそ胸に詰め物でもしているのではと錯覚させられる。
ズボンは履いていないのかシャツ以外が見えず、細い生足が惜しげもなく出された姿は艶めかしい。控えめに言ってもエロかった。
「ん? ………っ!?」
そんな大変ヤバい姿のロリ巨乳は蔵人の姿を目視して目を見開いて固まった。
『……姉ちん?』
そんな筈ないと。
何度信用しては裏切られて来たかと。
自暴自棄にもなった。世界なんて滅べば良いと憎んだこともあった。
「なぁ…、お前さん鼻でも詰まっとるん?」
「いたって健康ですが? この臭いならちゃんと感じてますよ」
なのに目の前には平気な顔して立っている男がいる。
どれだけ渇望したか分からないくらいに、夢であれば数え切れないくらいに見た奇跡が目の前にいた。
「名はなんて言うんや?」
「井出蔵人ですが」
だがまだ分からない。まだ第一段階を潜り抜けただけに過ぎない。
過信はしない。期待した分裏切られた絶望は大きくなるから。
「………蔵人はん、ウチの手握ってくれへん?」
でも期待せずにはいられなかった。少なくとも今までこうして素顔を晒し対面しても平気だった者は蔵人以外にいなかったから。
「手ですか?」
蔵人は差し出された手を見ると、その手は僅かに震えていた。
この奇跡が偽物ではないと確証を得たいが、もし違っていたらとする恐怖と期待の入り混じった姿は蔵人の経験を持ってしても完全に理解するのは難しい。
「これで良いですかね?」
『「っ!?」』
だがそんなものは杞憂とばかりに蔵人はあっさりと手を握る。
少しばかりの反発は感じたが、その程度であれば蔵人の想定の範囲。この臭いが何なのか。この反発力が何なのか。その全てを知る蔵人にとっては些事でしかない。
しかし当事者にとって話は別だ。
「あたた、かいなぁ…」
「冷え性じゃないんで」
「そう言う意味やあらへんよ。けどそうやなぁ、ウチより暖かい手ぇしとるわ」
なんと反応して良いのか困る蔵人の手を愛おしそうに撫でながら孝介の姉は涙を浮かべる。
『奇跡の人やし何とかならんかなーって思っとったけどあっさりやな』
「別に何も解決してないが?」
『こっちの気分的には解決しとるけどな。何せ触れられへん姉ちんに触れとるし』
触れない。ある意味で呪いのようなものは孝介の姉からすれば原因も分からないだけに呪いとしか言えなかった。
なのにその呪いをも掻い潜り手を取る蔵人にどれだけの救いを感じたか。
だからこそ孝介の姉は暴走してしまう。
「蔵人はん、ウチと結婚してな?」
「ビックリするほど突拍子もないな」
あまりにビックリして敬語も消し飛ぶ始末。
「俺は結婚なん『ちょっと待ったぁぁあああああああああああああああああああああっ!!』……今度はなんだ」
突如現れたのはガスマスクを着けた痩せた男。その男がまるで花嫁を取り返すかの様に全力で叫ぶ。
『ルカさんは僕の物だ!!』




