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過労系聖女ちゃん、男に転生す~次こそ自由な生き方を~  作者: 雪野マサロン
第二章 アイドルは冒険す
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過労系2 6

 蔵人(くらうど)はストロベリータウンの三人の様子にやや困惑していた。


 三人の印象を一言で表すなら仲の良い姉妹と言ったもの。


「「「………」」」


 しかし今の三人はまるで初対面の正に他人の様な空気感が流れていた。


 お前ら仲良かっただろ? と聞きたくなる蔵人だったが、それを皮切りに接近されそうなので何も言わずにいた。


「じゃあ今日からダンジョンに入るよ」


 やや暗い表情を浮かべる未来が少しボロい(ふすま)の前に立っていた。


 ここは学校裏山にあるダンジョンの中でも弱い魔物であるゴブリンしか出ないダンジョン。


 学生が練習で入るには丁度良いダンジョンであり、過去を遡っても死者を出していないどころか重傷者も出していない本当に学生向けのダンジョンだった。


 それこそ自分で振り回した武器で怪我したとか、転けて怪我をしたなど最早魔物にやられるよりも自傷の方が多いだけに学校としても安心して授業に使えていた。


 その一つの要因がゴブリンと呼ばれる小学生くらいの身長しかない体躯と腕力しか持たない魔物が数匹しか現れない事。


 そしてもう一つの要因がダンジョンと呼ぶにはあまりにも見晴らしの良い草原が広がる奇襲ゼロの身を隠す場所が何処にもないフィールド型のダンジョンだからだ。


 ストロベリータウンの三人が死んだスケルトンのダンジョンであればラビリンス型の迷路的なダンジョンなので奇襲に怯える必要があるが、フィールド型は正に外。放牧も可能なくらい広く遮る物が何も無い。


 だから魔物が近付けば否応無く分かる。索敵もしないで寝ていれば違うだろうが、目を開けて軽く辺りを見渡せば直ぐに魔物の接近が気付けるだけに安全度合いはスライムやスケルトンのダンジョンよりも上である。


 しかしそんなダンジョンなだけに実入りも無い。まずこちらが気付けるのだから向こうも気付く。魔物が興奮状態であれば別だが、大抵の場合は向こうから逃げ出してしまう。


「ではもう一度説明いたしますが、ゴブリンを誘引する為に興奮剤を使います。けして油断なさらないようにして下さいね」


 だから魔物を引き寄せる興奮剤を使い、強制的に引き寄せるが興奮剤も使用量や場所を間違えれば命に関わる危険な代物。準禁制品として扱いに規制が掛かっている。


 だが、ダンジョンの危険度から使用に制限があるだけで今回潜るゴブリンのダンジョンであれば問題性は極めて低い。それこそ希釈して使うだけに精々三匹出る所が四、五匹になる程度。クラスメイト全員が同時に潜るだけに危険性などあってないに等しい。


「魔物って初めて倒すんだよな」

「実戦なんてドキドキする」

「ゴブリンだけたし楽勝だぜ」


 故に浮き足立っていた。誰も死の予兆を考えず、それどころか怪我する可能性さえ消え去った遠足状態の子どもであった。


「はいはーい気持ちは分かるし、私たちも昔そうだったから言い辛いけどダンジョンに危険はつき物だよ」


 未来が場を引き締める為に手を叩いてクラスメイトたちを落ち着かせる。


「下手すると死ぬ。実際私たちは死んでるから」

「言葉の重みが違うな」

「それほどでも」

「いや蔵っちは別に褒めとらんと思うで?」


 二人から少し離れてやはり蔵人の隣りにいる詩音は死んだ時の事を思い出してか若干顔を青くしていた。


「そんな顔するのに冒険者やるんだな」


 ダンジョンに恐怖を覚えない訳がない。ダンジョンはある種の非日常。死ぬ可能性は日常よりも跳ね上がる。要は死にたくなければ入らなければ良い。


 仕事なんて冒険者やアイドルでなくても良い。生きるだけなら職種はいくらでもある。なんならその為に資格も取れば良い。


 それでも詩音は一貫して自分の夢を語る。


「私はクラウディア様に、本当の魔法使いになりたいから」


 その夢がどれぼと無謀なのかを知る蔵人は口から夢を否定する言葉が出かけるも、どうせ言った所で理解は無理かと自己完結する。


「頑張れ」

「頑張る」


 諦めの混ざるエールであったが、受けた者にその諦めは届かない。


「じゃあみんなダンジョンに入るよー」

「「「はーい」」」


 2列に並びクラスメイトたちは続々とダンジョンに入る。


 全員が入り終えると(ふすま)は一人でに閉まる。まるで獲物を逃がさないと(あぎと)を閉ざすように。


 そこで(ふすま)に初めて変化が起こる。


 先程までボロかった(ふすま)は時を(さかのぼ)るように破れた跡が直っていく。それが何を示すのか。その答えは蔵人たちのすぐ側まで迫っていた。




 ・・・




 何かが迫っているのを知らない蔵人はこのダンジョンに少しげんなりしていた。何故ならここは蔵人にとって最も近場でありながら来るのを拒んでいたダンジョン。


 実入りの上では僅差でスライムのダンジョンよりも多く見渡しが良いので奇襲の心配の無い一見丁度良いダンジョンのように思うが――



「このゴブリンから倒して行くからね」

「「「うへぇ…」」」



 ――実際はハズレのダンジョンでしかない。


 ダンジョンに入った一行は興奮剤を使い、ゴブリンを誘き寄せたまでは良かった。


 初の魔物との戦闘に胸を踊らせた生徒も多いだろう。しかしゴブリンが近付くにつれて、その顔はドンドン陰りを見せる。


 見た目が緑色で自分たちの背の半分以下が迫って来る。字面にするとこんなものだが、より具体的に表現するなら浮浪者であっても絶対に着けないレベルの汚い腰布を纏った身体中から尋常じゃない体臭のする緑色のナニカである。


 まあぶっちゃけるととてつもなく臭いのだ。この草原フィールドで時折り吹く風が絶望的臭いを撒き散らして来る。


 何せゴブリンに衛生概念は無く、腰布には糞尿がこびりついており、身体も一度だって洗う事が無いので皮脂や汗で臭さがより酷さを増してしまう。


 実入りだって良い方では無い。手本として未来がゴブリンを倒すも出て来る魔石は小指の先より大きいか? と首を傾げてしまう程。


 そんなゴブリンしか出ないダンジョンに誰が来たいと思うか。授業でなければスライムのダンジョンに行った方が百倍マシと誰もが言う。


「みんな分かった? ゴブリン単体なら危険性は全然ないんだよ」

「ただしゴブリンは集団で襲って来るのが常ですので注意して下さいね」

「それでも防御力無いし魔法だって初級でも簡単に倒せるから」


 遠くから走って来るゴブリンに詩音はファイアーボール(小)を打ち込む。それだけでゴブリンは倒れて動かなくなった。


「コントロール良いな」

「これは自信ある。一緒に冒険者やりたくなった?」

「ならない」

「残念。それにしても臭いは平気?」

「このくらいなら問題ないな」


 事ある毎に冒険者に誘う詩音の行動に変わりはない。しかしその言動に蔵人は陰りを感じていただけに逃げる気になれず話し相手として付き合っていた。


 それが十中八九ストロベリータウンでの不仲が原因だと当たりを付ける。


 実際それが正解である。詩音も冒険者としての道を歩みたいと宣言したものの未来や有栖に負い目を感じているのもあり、今までのように気軽に声を掛けられなくなっていた。


 そしてそれは未来と有栖も同じだった。


 詩音の夢を応援したいがそれには自分自身の夢を捨てる必要がある未来と、計画性を捨て将来への舵を変える必要がある有栖は純粋に詩音の夢を応援出来ず苦しんでいた。


 それが結局、態度に出てしまい誰が見ても良くない空気が出てしまう。


 しかしそんな空気を壊す勇気は誰にもなく、クラスメイト全員が知らない顔で授業を受ける。そもそも他人よりも自分。危険なダンジョンにいるのは理解しているのでゴブリンを倒す事に集中する。


「――よーし、みんな一通り経験したかな?」


 ゴブリンは弱い。複数で応戦して来ようとも、それ以上にクラスメイトはいるので実質一対四、下手したら一対五くらいでゴブリンと戦っていただけに緊張感は既に抜けていた。


 魔物を前に震えていた者も今では気軽に談笑するくらいだ。もう魔物なんて怖くなくね? そう思い始めた程。



 しかしそれはダンジョンを前に甘い考えである。



 異変を感じ取ったのは蔵人だった。


「これは…」


 その異変は気のせいかと思うくらいの違和感。しかしその違和感は前世で覚えがあった。


 この空気中の魔力が濁っていく感覚。まるで空気が汚染されていくように撒き散らされる不快感。脳はこれに最上級の警告のアラームを鳴らす。


「ヤバい…」

「蔵っちどうしたん。トイレかなんかなん?」


 茶化す孝介に構ってる暇はなかった。


 これの正体が何なのか。もうここまで来れば()()筈だと確信を持って周囲を見渡す。

  

 そしてそれは草原よりも濃い緑となって現れた。


「っ――!?」


 顔の引きつる蔵人は全力で叫ぶ。 



「逃げろぉおおおおおおおっ!! ()()()()()()だぁあああああああっ!!」



 叫ぶ蔵人にキョトンとするクラスメイトたちは何を言われたのか理解出来なかった。


「え? それは…」

「あっ、あれよ!!?」


 一瞬呆けるクラスメイトたちは同じように蔵人の見る先を見て確信する。


 草原で分かりにくくあるが、地鳴りと共に現れるゴブリン。ゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリンゴブリン……。


 このダンジョンで本来なら現れる筈の無いゴブリンの群れが悪意の津波となって迫っていた。

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