過労系 プロローグ2
「やっほー、みんなのアイドル木島未来と!」
「近衛詩音!」
「御手洗有栖の三人、ストロベリータウンが今日はダンジョン配信やって行きますよーーー!!」
・待ってた
・全裸待機
・きちゃーーっ!!
・こんにちは
・楽しみやで
各々が剣と弓と杖を携えた見目の良い少女たちが砂浜で押せば倒れそうなボロい襖を前でドローンによる配信を行っていた。
彼女たちは冒険者アイドル配信者。昨今では当たり前でやり尽くされたコンテンツとして日常に溶け込んでいる。
そんな冒険者である彼女たちが立つのはダンジョンと呼ばれるこの世界とは異なる空間にある資源が豊富である反面、魔物と呼ばれる人に害をなす生物が多数いる恐ろしい所。
ただ三人のいるダンジョンは確かに危ない所ではあるのだが何度も調査は入り、比較的安全なダンジョンであると証明されている。
こうした安全なダンジョンは小さな興奮と僅かなスリルを与えてくれるだけに配信を盛り上げる起爆材となる。だからダンジョンに入る配信者は後を絶たない。何よりダンジョンそのものの資源が割と美味しい収入源となるので仕事と考えれば一石二鳥であった。
「よーし、じゃあいっくよー」
元気いっぱいに未来は襖を開く。
世界が違う。そう断言出来る異質さが襖の中から伝わって来る。この襖が砂浜のど真ん中にあったのも異質さに拍車をかけた。
中は未来たちの立つ砂浜とは打って変わってレンガで四方を敷き詰められた人工的な洞窟だった。
普通であれば入るのも躊躇する異空間にピクニックでも行くかのように入っていく三人は各々の武器をしっかり握りしめて周囲を警戒する。
彼女たちは自分たちが見られている事を理解していた。
ここで怯えた表情でも見せてしまえばリスナーを白けさせてしまうだけに顔の笑顔は絶やさず襲って来るだろうナニかに内心ビビりながら探索を開始する。
彼女たちは自身の実力を十全に理解した上で安全マージンをしっかり取ったダンジョンに潜っている。しかしそれでもダンジョンは危険だと何度も味わっているだけにこの恐怖心は慣れない。
彼女たちアイドルがこうしてダンジョンに潜るのはダンジョン配信が世間のトレンドであり、ただのアイドルが見向きもされないと分かっているからこそ。普通にアイドルをしていてバズれるのはほんの一握りの才能と運に味方された者だけ。
自分たちがそちら側に無いと分かっており、かつ冒険者としての適正があるから今の道を選んだのが現状だ。もっとも事務所の方針でもあるが。
しかしそれを理解していないのもいる。
・また脆弱ダンジョンか
・安全過ぎて笑うwww
・もっとスリルが欲しいね
だったら自分らで潜れよ。そう愚痴りたくなる気持ちをグッと堪えて笑顔で心無いのを無視してコメントを読んでは魔物と遭遇して倒す。
「えいっ、楽勝だね」
今未来が倒したのは一体のスカルモンスター。全身人間の骨だけでただ殴って来るだけの激弱な魔物であり、武器があれば中学生でも余裕で倒せる魔物。
確かにこれではスリルがあるとは言えない。しかしダンジョンに潜る本人たちは真剣だ。
何せ怪我の一つが配信者としての今後に左右されてしまう。見目の良さを武器にするとはつまりそう言う事。顔に傷があるだけでリスナーは消えるし、お腹に傷でも残れば水着が着れず仕事が減る。
いかにダンジョンに潜るのがリスキーな行為か分かるだろう。だけど彼女たちはしなければならない。それが事務所の方針だし何より危険を冒さなければ見る者もいなくなる。
「この辺りは全然余裕ですね」
ドローンに笑顔を向ける有栖だが本心は帰りたくて仕方なかった。
自分に冒険者適正があったが故にダンジョンに潜っているがホラーがかなり苦手であり、今さっきのスカルモンスターも正面からじゃなく背後から急に現れてたら失神していた自信がある。
「今日はもっと下に行けそう」
近衛は他の二人に比べて笑顔が硬い。誰よりもダンジョン攻略を甘く見ていない上にこのままアイドルも冒険者も中途半端にやり続ける事から想定される将来への不安が表情を硬くする。
「よーし、じゃあリスナーのみんなも求めているしガンガン行くよーー」
そうした意味では未来が一番お気楽であるが、やはり怪我はしたくないだけに下調べは念入りにしている。場所によっては女性を嬉々として襲う魔物もいるだけに能天気にダンジョンに入る訳にはいかないのだ。
この骨ばかりの魔物が出るダンジョンは他のダンジョンに比べて多数の魔物が襲って来ないし基本的に弱い魔物ばかり。
だから万が一でも無い限り大怪我する事はあり得ない。多少の擦り傷はあるだろうがその程度なら最悪化粧で誤魔化せるので問題にならない。
そもそもそんな所でなければ声を出して配信なんて出来なかった。ダンジョンで声を出し続けるなんて狙って下さいと言ってるようなもので普通に冒険者をやっていれば自殺行為でしかないのは明らかだった。
「有栖ちゃん最近太った?」
「ちょっ、ちゃんと食事には気を付けてますし、こうして運動だってしてますよ!?」
「でも有栖は風呂上がりのアイスはやめられない」
「詩音ちゃんまで酷いです!」
こうした日常会話を繰り広げられるダンジョンなんて安全マージンをかなり取っていないと不可能だ。
もちろん配信の中には高難易度のダンジョンに挑むものもあるが、あれはガチ勢向け。彼女たちのようなアイドルで冒険者としての実力もそこまで無い者たちは可愛らしさを全面に押し出した配信をしなければ見向きもされない。
実際何度か安全は考慮したものの、声を出せないような危険なダンジョンに潜った際はリスナーの反応は悪かった。中には怯える女の子が見たいとする層も一定数いたが高評価には繋げられなかった。
だからこうして彼女たちは片手間で魔物を倒しつつ可愛らしさのある会話でリスナーを楽しませて何とか人気を維持している。
もっと冒険者として実力があれば。もっとリスナーを惹きつける魅力があれば。そんな風に思ってしまうのも無理はない。
だけどこれが彼女たちの精一杯。何かしらのキッカケさえあれば伸びるだろうポテンシャルは持っているのだが…。
・あれ? 今日はここ魔物あんまり出ないな
それはリスナーの一言から始まった。
「え? 今日ここ少ないんですか?」
未来はしっかりとそのコメントを拾うも、気付いたのは既に十階層を降りた後。
あまりに魔物が居なかったのとリスナーを楽しませる会話に夢中になっていた三人は自分たちが思いの外ダンジョンの下層に降りていたのに気付けていなかった。
あまりに危険性が無いのも考え物か。こうして自分たちが恐ろしい事をしている自覚も無いまま降り立った十階層。
弱い魔物ばかりと聞いていたし下調べで複数の情報から収集して精査し問題ないと未来たちは判断した。――しかしダンジョンに絶対はない。
「何、あれ…?」
降り立った十階層に待ち構えていたのは四本の腕にそれぞれ骨で出来た刺突性の高い武器を持った魔物がいた。
今まで出会った魔物に武器を持った魔物はいなかった上に全てが人体模型のような姿だった。それだけで十分脅威なのだが、その身体の異形さは未来たちにこの魔物のある事実に気付かされる。
「もしかしてイレギュラー?」
イレギュラー。未だに研究があまり進んでいない魔物の生態において一体どうして出て来るのかも理解されていない魔物。
その姿は通常の魔物よりも歪でありながら攻撃も防御も優れた能力値の高さに遭ってはならない魔物として認識されている。
そんな魔物に遭ってしまった。なら三人は逃げなければならない。しかしそうしたくとも階段までの距離は長く逃げてもこの魔物は追って来る。
「戦うしか、ないよね…」
各々が武器をしっかり握りしめて四本腕と対峙するしか道はなかった。
この魔物がどれ程の強さなのかは分からない。少なくとも今まで遭ってたガイコツの魔物より遥かに格上なのは十分理解していた。
身体が強張るのを自覚する。これに恐怖しないやつは余程自分の力に自信があるやつだけだ。そしてこの三人は力に自信があるタイプではない。
・逃げろーーー!!
・無理したらダメだ!
・勝てるわけないよ
・誰か救援を!
悲しいことにコメントはもうお祭り騒ぎだ。それだけイレギュラーが稀であり、誰もがこの局面を打開出来ると思っていない。
そもそもこの状況をどうにか出来るのならもっと配信映えのするダンジョンに潜って冒険者としても配信者としても稼いでいただろう。
全てが後の祭り。イレギュラーに遭えば死を覚悟しろ。これが冒険者の統一見解だった。
「やぁあああっ!!」
しかし何もせずに諦めろとは酷な話。未来は絶対に生きて帰るという意思を剣に乗せて四本腕に切り掛かる。四本腕は二本の剣の形をした骨を交差して受け止める。
「詩音ちゃん、やって!」
「ファイアボール!!」
詩音が接近している未来に配慮して打った魔法は的確に剣の骨に当たり一本を叩き落とした。
「しっ!」
それとほぼ同時に有栖が放った矢が運良くもう一本の剣の骨に当たり更に剣を落とさせた。
・おおおっ!!
・これはやれるぞ!!
・これは勝ったな
・このイレギュラーそこまで強くないな
コメントが興奮の嵐だった。三人の連携がイレギュラーに対抗する。配信としてはこれ以上の映えもそう起こせない。実際ここ最近では一番の見せ場だと言える。だが、それまでだった。
「きゃっ!」
交差していた腕が大きく振られて未来が弾かれる。
「未来!? ファイアボール!!」
離れた二人に詩音が放った魔法は四本腕に当たらず脇に逸れる。
「あ、外っ…」
「ダメっ、詩音ちゃん逃げて!」
魔法が一番の脅威と感じたのか四本腕は剣先を詩音へと向けてまるでサイの如く一直線に向かう。
ドスッ、と深々と刺さった骨は胸から背中にかけて貫通し、これが致命傷なのだと誰の目から見ても明らかだった。
「かはっ…」
「詩音ちゃん!? 離れて化物!!」
近接で弓は使えない。有栖は腰の短剣に切り替えて四本腕に振り回すも慣れない短剣で相対出来る実力は有栖には無かった。
「硬いっ?! あ…」
ずんっ、と脳天から突き刺さる骨は有栖を殺すのに十分な威力を持っていた。
「詩音ちゃん? 有栖ちゃん?」
瞬く間に倒された二人に愕然とする未来は自分の運面を悟った。私もここで死ぬんだと。
物語であれば二人が死ぬ前に颯爽と主人公が助けに来てくれただろう。もしくは三人の力を合わせてギリギリの所で倒せただろう。
しかしこれは現実だ。協力して難を打開しようにもその二人は早々に脱落した。待っても助けは来ない。そもそもこの四本腕に未来を殺す時間は一分も要らない。そんな僅かな時間で助けられる人間がどこにいるのか。
「あ、ああああああああああ!!!」
やけっぱちに剣を振る未来。ああ、確かに今だけがラストチャンスと言える。なんせ四本腕の武器である剣は二本は床に転がり、残りの二本は友人たちの身体に収まっている。なら今を逃して倒せる相手じゃないだろう。
が、それは普通の人間であればこそだ。
「カカカカッ」
小馬鹿にするようにドクロが嗤う。
「あ…」
四本腕は口からを骨の剣を射出して未来の腹と胸を刺した。
未来は魔物の持つ武器が骨であったのを正しく認識すべきだった。魔物にとって骨の武器はいくらでも作れる量産品でしかなかったのを。
ゆったりと詩音と有栖の身体から骨を抜く四本腕は三人が死んだのを確認する。
・そんな…
・嘘だろ?
・これだからダンジョンは
・救援は間に合わなかったか
唯一動くのはドローンのみ。そのドローンも四本腕は目障りだと言わんばかりに叩き落とした。
・こわっ
・まだギリ見れるけど
・もう終わりだろ
ひび割れた画面から映る映像からは死んだ三人と立ち去る四本腕の姿だった。
リスナーは残念に思いながら一人、また一人と視聴を止めていく。これ以上見ていても何も起きないからだ。死んだ者は生き返らない。それが普通であり常識なのだから。
この配信を見ているのは奇特なリスナーのみ。それこそ神の奇跡を信じる者、もしくは今目の前の光景が信じられない者だけが残っている。
「おや?」
そこに現れたのは一人のシスター服を着て顔を布で覆った少女だった。
・誰か来たぞ
・遅すぎだ
・なあ、こいつイレギュラーが去った方から来なかったか?
・んなバカな
・イレギュラーが一人で倒せるやつかよ
少女は三人の死体をマジマジと観察すると少し考えてから指をタクトのように振る。
「これも縁ですね。コフィン」
三人の死体を囲むように現れた木の箱はスッポリ彼女たちの身体を収納すると小さくなって少女の手元に落ち着いた。
・は?
・何あの魔法
・見た事ないんだけど
・彼女たちをどうする気だよ
その答えを少女は口にしない。そもそも今これが配信されていると知らないのだから。
少女はその場を立ち去る。その僅か数日で世界を震撼させる事態が起きる。
――死んだ筈の三人が生き返り配信をする。
世界は少女を探そうと躍起になったのは無理もなかった。