過労系2 5
蔵人は詩音が今の状況に不満を持っているのを理解した。
しかしだからと言って力になりたいかと言えば答えは否。そもそも一人でいる方が断然効率よく稼げるだけに誰かの為になんて考えは浮かばない。
「まあ考えといて」
「マネージャーなんてやりませんよ?」
「私の勘が君を逃すなと言ってる」
「なんて迷惑な勘なんだ」
その勘が驚く程に的確であり、蔵人にとってこれ以上ない程迷惑であるのだが当の本人はとても良い人材を勧誘しているに過ぎない。
これが蔵人が実はクラウディアですと分かればそれこそ色仕掛けでも何でもして手に入れようと画策しただろう。
「アイドルのお世話が出来る。実質ご褒美」
「それファンに向かって言ってもらえます?」
「ファンだと問題起きそうだからちょうど良い」
「じゃあファンになったんで無理って事で」
「ファンならご褒美。やったね」
「手のひら返し早くありません?」
「女の心は移りゆくもの。知らなかった?」
「台風並みとは知りませんでした」
暴風雨の様な乙女心に曝される側は賜ったものではない。
「取り敢えず今後じっくり懐柔する。じゃあまた」
「それ本人の前で言わないでくれます?」
二人に怒られるからと蔵人から離れる詩音にホッと息を撫で下ろす。
見た目にそぐわない嵐の様な人だ。クラウディアの姿の時からつくづく縁があり、今後も本当に懐柔しに来るんだろうと思うと蔵人は何とも言えない気持ちになる。
「ええなー、詩音ちゃんベッタリやん」
「やかましい」
そんな蔵人の気持ちを知らない孝介が身に付けた防具と武器をガチャガチャ鳴らしながら嬉々として煽りに来た。
蔵人も隠し事さえなければ歓迎もするが、クラウディアの正体が蔵人である事実がバレたくないだけにダンジョンの戦力目的のハニートラップはご遠慮である。
「そんな事より武器はそれで良いのか?」
「相性なんて使ってみんと分からんし。長剣かっこええやろ?」
「洞窟系ダンジョンならアウトな装備だとしか言えん」
孝介の金属防具は僅かに歩くだけでガチャガチャ音が鳴るだけに洞窟なら音が反響して魔物にここにいるとアピールしてるようなもの。しかも長剣は取り回しに慣れてないと身体を持ってかれるので自分も怪我をする。
要約すると初心者のする装備じゃない。ぶっちゃけ魔物の餌になりに行くようなものである。
「一緒に選んでやるよ」
「なんや、もっとマシに出来るんか?」
「少なくとも今のそれよりな」
蔵人は孝介の装備を多少良くする為に他の生徒たちと混じり防具と武器を選ぶのだった。
「よーし、じゃあ今日はここまで!」
「「「ありがとうございましたー!」」」
長かった。蔵人にとって妙に気疲れする授業は終わる。
「じゃあ行こ」
「どこにだよ」
「ご飯」
――しかし授業が終わったからと言って付き纏われない理由にはならなかった。さっさと逃げようとしたが整列時詩音はずっと隣りにいたので無理だった。
手を引こうとする詩音の手をやんわり跳ね除ける蔵人は目の前のアイドルが肉食動物に見え始める。
あまりの遠慮のない行動に敬語も消える。しかしそれを距離を着実に詰めれていると考えているのか詩音は満足そうに頷いた。
「うん、仲間なら敬語はいらない」
「仲間になった気ないんだよな」
「ご、ごめんなさい。詩音ちゃん迷惑だよ」
「そうですよ詩音ちゃん」
そして揃うストロベリータウン。どうして離れようとすると近付かれるのか。もう呪われてるとしか言えない。
「これは好機。ダンジョン系列の学校ならこうした青田買いはザラ」
「買われる気ないからな」
「ツンめ。さっさとデレて」
「ないから。デレとか在庫ないから」
「むー。手ごわい」
「詩音ちゃん私たちアイドルなんだから変な事しない方が良いですよ」
「そうだよ。他にも人いるんだし詩音ちゃんの行動なんてSNSで拡散されるよ?」
傍から見れば危ない橋をバイクで爆走しているような暴走っぷりに戦々恐々となる二人。
アイドルに男の影があるだけでファンは離れる。場合によってはそれがきっかけで炎上、活動そのものが出来なくなる可能性だって十分あった。
しかし詩音がそれを考慮していない筈がない。そもそも詩音の中でアイドルをやり続けるだけの興味が薄れていた。
「これを機に聞きたい。二人はどうしたい?」
「何が?」
「何をでしょうか?」
詩音は自身の胸の内を暴露する。
「私にアイドルで居続けるのは無理。そもそもそんなポテンシャルない」
「「っ!?」」
無理に繕っていた。そう語る詩音は自分がアイドルと言うジャンルが向いていないと薄々理解していた。
他人より綺麗で可愛い顔である反面、愛想が良いとは言い辛く配信では見られている意識から多少顔を造っていたがそれでも二人に比べれば圧倒的にアイドル向きではない。
「二人に迷惑掛けるならストロベリータウンを辞めるつもりもある。そしたらここにいる蔵人とダンジョン攻略に勤しむ」
「人を勝手に巻き込むな」
「それだけ本気って事。それにクラウディア様の魔法を間近で見たのもある」
魔法職であるが故に使う魔法の不自由さを痛感していた。
魔法と聞けばそれこそ何でも出来るようなイメージだが、そんなものは創作の中でしかあり得ない。魔道具によって使える魔法の威力や属性は決定してしまうので言ってしまえば複数の魔道具を行使しなければあらゆる魔法を使うなんて夢のまた夢なのだ。
それに強力な魔法であればある程に必要となる魔力は膨大になる。魔法の対価は人が支払うにはあまりに重く、高価な魔石を消費して奇跡を起こす人も多い。
にもかかわらずクラウディアは自由に魔法を使う。空を飛び、結界を張り、そして人を蘇生させる。
正に空想の産物と言っても過言ではない奇跡の連続はドラゴンの魔石を使いつぶしたとしても起こせない。
そんな奇跡を間近で見てしまった。憧れてしまった。かつて見た魔法へ憧憬が目覚めてしまった。何でも出来るんだと信じていた少女の頃の情景を。
「少しでもあの魔法に追い付きたい。私の願いを叶えるには安全な冒険じゃ得られない。だから強くなる必要がある」
「「詩音ちゃん…」」
アイドルのままじゃいられない。たとえ無理だと分かっていても詩音は目指したかった。あの偉大なる魔法使いに。
「それなら俺は協力しないぞ?」
そんな決意表明をする詩音に待ったを掛けるのは他でもない蔵人だった。
「……何故?」
「いやそもそも誰かとダンジョンとか行かないからな」
クラウディアとしての側面でも賛成は出来なかった。あの境地に達するにはそれ相応の地獄を見て初めて辿り着ける。
「何か不満?」
「不満云々じゃなく元から誰かしらと組む気がない。仮にダンジョンを生業にしたとしても一人でやるよ」
そもそも蔵人に高難易度のダンジョンに足を運ぶだけの理由がない。
枯渇する心配の無い魔力量と高威力の魔法を一瞬で打てる技量があれば大抵は一人で何とかなる。そうである以上低難易度のダンジョンでもソロで利益分配が無いので生活に困らないレベルで稼げてしまう。
贅沢な暮らしがしたいなら別だろうが普通の冒険者レベルで良ければ今の稼ぎでも多いくらいだ。
(それに稼ぎ過ぎると確定申告とかでバレそうだし)
高額に稼ぐ冒険者は目立つ。それがソロで何処の企業にも所属していないとなれば誤魔化しは効かないだろう。
ダンジョンで得た魔石や魔道具の買取、所得税の申告、そうした第三者の関わるものからクラウディアに繋げられると非常に困るのだ。
そうでなくとも蔵人が有能な人材だからとヘッドハンティングされても迷惑極まりない話。今世では忙しくない優雅な生活を送ると決めていた。
「とにかく興味無いので」
「くっ、色仕掛けしかないか」
「……ふっ」
蔵人は詩音がCカップ(偽造)と知っているだけに鼻で笑ってしまう。
「あ"? 今何処見た?」
視線が何処にいったのか。それを分かってしまっただけに詩音は怒りを露わにする。
「色仕掛け(笑)頑張って下さい」
「憐れむな。今心が傷付いたから慰謝料としてマネジャー」
「諦めてもろて」
「いや。諦めない」
「じゃあ、俺飯食いたいんで」
「なら一緒に食べよ」
無理矢理話を区切り離れようとするも詩音は蔵人から離れようとはしなかった。
「なんでそこまでする。魔法に憧れたにしても限度があるだろ」
あまりにしつこい詩音についにイラつきを覚えながら疑問を投げかける。
蔵人の剣幕の見え隠れする姿に若干気をされながらも詩音は自身の思いを伝える。
「わ、私はスタンピードから助けられた。だから本当は冒険者として誰かを助けられる人になりたい」
それが詩音の原点。スタンピードと呼ばれる魔物の暴走から救われた強烈な出来事は魔法に憧れを抱くには十分な理由だった。
――『安心して待ってな。私がちゃんと倒して来るからね』
しかしそれは蔵人にとって少なくとも今日の様な夢見の悪い日は間違いなくタブーだった。
「そんな理想、死んだら何も残らないのよ」
表に出てしまう。クラウディアだった頃の自分。かつて力が無く同じスタンピードでシスターを救えなかった自分自身が現れてしまう。
逃げて欲しかった。そんな強い後悔の残る過去が顔を出してしまっただけに蔵人はバツが悪くなり、逃げるようにその場を後にする。
妙な印象を残した蔵人にストロベリータウンの三人は何も言えずただその場に立ち尽くしたのだった。
・・・
全ての授業を終えてもストロベリータウン、特に詩音は何もして来なかった。蔵人にとってようやく得た安寧であったが気分は最悪だった。
まるでシスターを彷彿させる自己犠牲の肯定を口にした詩音。それが今朝見た夢とリンクしてしまったのが起因となっている。
前世の出来事なんて今は関係ない。あの時シスターを守れないのは確定していた事でどうにもならなかった事実で仕方なかった事。なのに生まれ変わってなお、蔵人は引きずってしまっていた。
「なんで逃げなかったんだか」
自分の命以上に大切なものはない。過労で死んだだけに蔵人は他人の事を言えた義理ではないが、それでも自己犠牲を進んでやった気はない。洗脳教育によって自我の無いクラウディアとして働かされていただけなのだから。
そんなクラウディアとは違いシスターは自分の意志で死を受け入れた。
理解出来るものではなかった。村を放棄して逃げれば良かったのに。
郷愁に襲われながら誰もいない広い家に帰宅した蔵人はダンジョンに行こうとアイテムボックスから修道服を取り出すも、その手は服を着ようと動かなかった。
「……今日は止めておくか」
気分じゃないと言えばそれまでだが、手に取った金の刺繍の入った聖女用の修道服が嫌でも前世を連想させられてしまう。
シスターの成りたかった聖女。でもそれはけして良いものではなく、苦難しか無い地獄そのものであったがそれでもシスターの想いはクラウディアとして叶えた事実は変わらない。
今世では自由に生きる。そう思いながらも心の何処かではシスターが願った聖女への渇望が燻ってしまう。
蔵人がもう過去の事だと割り切るまでしばらく掛かりそうだった。




