過労系2 4
予約ミスってて笑ったwww
蔵人は最後の最後で爪が甘かった。
何故水晶が今の偽った数値で良いかと聞いたのか。それを深く考えず、自身の偽装が完璧だと慢心して要求を通してしまった。
しかしもっと深く考えるべきだった。自身の魔力がどれほどの量を持っており、一般的な数値と比較してどれだけ差があるのかを正確に知るべきだったのだ。
「凄いよ! これ魔法使い一択だね!」
「今の私よりも魔力が高い」
「まだ学生なのに詩音ちゃんより優れてるなんて初めて見ました」
三者三様のリアクションにも反応出来ない蔵人はこの場をどう乗り切るか考えていた。
そもそも限界まで誤魔化してアレなのだ。それ以上どうにかするには水晶に一般的数値にしろと言うべき所を珍妙なやり取りのせいで意識をそちらに割けなかったのを悔やむ。
そもそも蔵人からしたら三桁まで魔力を落とすなんて不可能。三桁も五桁も誤差の範囲でしか無いほどの魔力を持つ蔵人からすればこれで一般的だろうと思い込むのも無理はなかった。
「これ多いですか?」
だが起きてしまったものは仕方ない。ここは無知を装うべきだと蔵人は何食わぬ顔で三人に話し掛ける。
「多いなんてものじゃないよ!」
「凄いですよ。これならダンジョンでの活躍は約束されたようなものですから」
「まだダンジョンに潜ってないのにこの数値は異常。羨ましい」
興奮、驚愕、そして嫉妬の混じるリアクションを受けながら蔵人は予定外に目立ってしまう。
「ありがとうございます。将来の一つとして冒険者も検討してみます」
「うん! もしよければ私たちのマネージャーの道もあるからね!」
「それは良いですね」
「ダンジョンの中まで潜れるマネージャーはレア」
そそくさと席に戻る蔵人。人材としてはかなり有能であると分かられた為に三人にロックオンされてしまった。
ここが学校で本当に良かった。もし今より人の多い場所であったなら勧誘は不可避。それこそストロベリータウンの三人の比ではないくらいのしつこい勧誘が待っていたに違いないだけまだマシだが。
それでもクラス中が注目してしまい蔵人は居た堪れない気分になるも、そんな蔵人を孝介はニヤニヤと笑いながら出迎える。
「なんや、そんな魔力持っとるの隠したかったんか?」
「まあな……」
「ごっつい魔力量やったしな」
その孝介の言うごっつい魔力量は蔵人が魔法で限界まで小さくした値だと言えばどうなるだろうか。
クラスメイトたちやストロベリータウンの三人はあの魔力量を最高だと誤認しているのが救いだ。寧ろ鑑定の結果なだけに正しいと判断してクラウディアと蔵人が同一人物である事実から遠ざかる。
ある意味で理想的展開。それでも高いとされる魔力量から勧誘の声は避けられなくなるだろうが水晶破壊して騒がれるよりずっとマシだった。
「なら蔵っちは魔法使いになるやな」
「出来れば魔法戦士のビルドで行きたいがな」
「万能やん。人の助けは要らんと?」
「後ろから刺される危険を排除してるだけだよ」
「は、徹底しとるわ」
正直な所ダンジョンに潜るなら一人が良い。しかし授業なのでそうも言ってられず極力他人の陰に隠れながら終わらせたいが、さっきからアイドルの一人に見られており熱心な指導が待っているのは言うに及ばず。
「なあなあ蔵っち、詩音ちんに見られとるで? 完全にマークされとる感想は?」
「その教育熱心なのはベットの上だけで願いします」
「夜のダンジョン攻略ってか? エロいやん」
異常な魔力量は傍に置いてバカ話に花を咲かせる二人。青春真っ盛りな学生にとってダンジョンよりも美少女との交流の方が余程楽しいものだ。
実際誰に教育されたいと雑談をする者は多く、未来ちゃんのあの胸に抱かれたいだの、有栖さんに優しくされたいだのソッチのネタで盛り上がっていた。
「はーい、じゃあこれでみんな鑑定出来たね」
「これで自分がどんなスタイルが合ってるか分かったと思います」
「今度は武器と防具を選ぶから来て」
全員が席を立ち体育館へと移動する。
予め用意されていた武器や防具が体育館の一角に鎮座しており使い手はまだかと待機していた。
「防具は皆んな似たような物だけど武器はそれぞれ合うの選んでね」
「ふざけていると怪我をしますので注意して下さい」
「ステータスに合うのを選ぶ方が良い。好みで選ぶと活躍出来ない」
クラスメイトたちが各々が合う武器を探すべく触れていく中、蔵人の横には何故か詩音が立っていた。
「……どうされました?」
「合う物選んであげる」
同じ魔法使いだからか親切心が働いてか不明であるが見事にロックオンされてしまった蔵人。
「これとかどう?」
「あんまり馴染まないですね」
渡される杖を握りながらこの状況をどうすべきか考える。
傍から見れば先輩冒険者のワンツーマン個別指導を受けているように見えるのだろう。実際クラスメイトたちは蔵人の姿に嫉妬の視線を送っていた。
「なんであいつだけ」
「くそっ、俺詩音ちゃんのファンなんだけど」
「羨ましい」
「後で処すか」
絶賛進行形でヘイトを稼いでいるこの状況は蔵人としても良くなかった。
目立てば目立つほどダンジョンでの行動が他人に見られ、何か起きた時クラウディアとしての魔法が使えなくなってしまう。
仮に使う所を見られれば何かしらの関係性を疑われるのは間違いない。何より何度もクラウディアの魔法を近くで見ており、かつ冒険者として活動もしているストロベリータウンの三人を騙しきるのは難しい。
今蔵人の持つ杖の力のお陰だと言ったとしてもそんな機能を持っていない安物なのは用意した人間が良く分かっている。つまりこの授業で陰になれなければ否応でも注目されリスクが高まる。
こんな授業でなんでそんな逆境に陥らなければならないのか。これもあの簡易ステータス鑑定が悪い。
「今度割るか」
「ん? どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。それよりこの長さだと取り回しが難しいと思うんですが」
「確かに初心者向けではなかった」
俺は俺の仕事をしただけなのに、と聞こえてきそうな理不尽を口にする蔵人はどうにかして詩音を引き離そうと画策する。
「ちなみに他は良いんですか? 俺にばっかり構わなくても」
「大丈夫。未来と有栖がやってる」
その二人他も子も見てって顔してますけど? 思いの外頑固な性格と言うのか。それとも気に入られる要因が他にあっただろうか?
蔵人が何故ここまでしてくれるのか疑問の思っていると詩音は淡々と語る。
「その魔力量は今の私以上。才能がある子は育てないと勿体ない」
「勿体ない、ですか?」
「そう、とても勿体ない」
詩音は人より少し多い程度の魔力を地道に増やした努力タイプの魔法使いである。そんな詩音がもっと魔力があればと思わない筈がなく、蔵人の莫大な魔力に嫉妬しない筈もない。
それと同時にこのまま埋もれさすのは惜しいと思わせ、自分では成し得なかった冒険者としての成功の可能性から蔵人に構っていた。
詩音自身が冒険者として大成するのを夢見ただけにその行動はある種自然の成り行きと言えた。
「私は人よりちょっとだけ魔力が多かった。けどそれは冒険者として成功するには不足していた。だから頑張って増やしたけど君には敵わない」
だから嫉妬した。必要とされる物を持ち合わせた蔵人に。
「正直言って羨ましい。攻略の難しいダンジョンもクリアー出来る才能があるのは」
誰もが同じだけ努力をしても同じ成果は得られない。どれほど望んでも結果は才能に依存する。
それが顕著に出るのがダンジョンか。必要とされるのは身体能力だけではない。生まれ持った魔力量はダンジョンに潜ると上げられるが、その振れ幅は初期値が高い者程多くなる傾向にあるだけにこれも才能と言える。
「でも才能だけじゃダメ。ちゃんと知識無いと死ぬから」
「そうですね」
実際死んだ者の説得力は違う。イレギュラーな魔物と相対した不運がそうそうある筈も無いが、逆に言えばイレギュラーさえなければ死なずに済んでいた。
それだけ貴重な経験を彼女たちは積んでいる。死なない為、大怪我をしない為の知識は彼女たちの中に確かにあった。現にあのイレギュラーに遭遇するまでアイドル活動に支障が出る様な怪我をした事がない。
ダンジョンが死と隣り合わせの世界である事を鑑みれば十分に優れた成果と言える。そうした意味では三人程安全マージンを確保出来ている冒険者は少なかった。
「一回死ぬと分かる。二度と死にたくない」
「………まあ死にたくはないですね」
自虐か? と一瞬声が出そうになるも、グッと堪えて無難な返事をする。
「私たちは前から死なないようにしてきたけど足りなかった。根本的なものが」
「根本的なもの?」
「実力」
ストロベリータウンの三人に本来ダンジョンを潜るだけの地力はない。それこそダンジョンの攻略を生業にしている者たちと比べると差は歴然となる。何より顔の怪我が致命的になるだけに怪我を負わないスタンスが必須となるだけにダンジョンの情報をとにかく集めて対処して来た。だがこれは弱者の行動だ。
他人の踏んだ道を歩むしか出来ない三人は薄々分かっていた。このままだと一過性の話題作りで終わり人知れず自分たちは消えると。
「実力さえあればどっかで見た事あるダンジョン攻略、なんてバカにされず済む。クラウディア様のお陰で生き返り話題にもなれたけどこんな状況長続きしない。だから必要なの実力が」
それがたとえ外付けでも、と蔵人は見つめる詩音の目はその才能が欲しいと暗に言っていた。
「マネージャーにはなりませんよ?」
「構わない。少しでも恩が売れれば良い。少しづつ懐柔する」
「そのやる気違う所に使いません?」
「それだけ君は貴重な人材。とても欲しい」
「アイドルに男が近くにいるのはアウトでは?」
「どうせアイドル売りなんて短い命。似たり寄ったりがいる以上他より抜き出て活躍するには男だの女だの言ってられない」
「アイドルの言うセリフじゃない」
「今はアイドルよりも冒険者として生きたいのが本音」
「どうしてそこまで?」
詩音はアイドルに限界を覚えたのか。それとも何かしら目標が出来たのか蔵人には分からなかった。
何せ世間一般で見ればストロベリータウンの三人は有名になり、冒険者アイドルとしての人生も順調に歩めている。それを態々捨ててまでただの冒険者になろうとするのか。
何をそこまで焦っているのか不思議に思っている蔵人に詩音は答える。
「元々私は二人と違って冒険者になりたかった。だけど人より少し多いだけの魔力じゃなにも出来ない。だからこの顔を利用した」
可愛い見た目に引き寄せられるのは男の性。それを利用すればリスナーと言うスポンサーも付けられ生活の安定性も上げられる。現にストロベリータウンはその力で有名になれずとも冒険者アイドルとして収入を得られていた。
「だけど限界がある。アイドル売りで危険な場所には絶対行けない。ある程度自由にやらせてもらってるけど顔が傷付くような事はダメ。過剰過ぎる安全マージンを取らざる得ない」