過労系2 1
蔵人は夢見の悪さからとても機嫌が悪かった。
機嫌が悪いからと学校を休む訳にもいかず、少しばかりイライラしながら登校すると悪友である大石孝介のニヤケ面に更に苛立ちを募らせた。
「なんや蔵っち、朝から機嫌悪そうやん」
「お前のその面見てより悪くなったんだよ」
自分が調子が悪い時程に人の幸福が憎たらしく感じる。そんな歪んだ蔵人は席に着くと孝介に話し掛ける。
「それで? お前はなんでそんなに機嫌が良いんだよ」
しかもそこそこゲスい顔だな、と内心思いつつも口にはしない。
孝介は自分がそんな風に思われているなんて知らずにウキウキとした口調で答える。
「そんなん決まっとるやん。今日から始まるダンジョン教育の講師がむっちゃ可愛い女冒険者って噂やし」
「お前の人間不信どこ行った」
猿のような理由に呆れるも教室中の主に男子が浮かれ気分になっているのに気付く。誰も彼もがどんな可愛い子だろと話題の大体が今日来る女冒険者に胸をときめかしていた。
「それはそれ。これはこれやで? 理性と性欲は別やって蔵っちも言ってたやん? お相手してもらえるならヤりたいと思うのが普通ちゃう?」
「それなりにな」
「最後に行き着く先はそこやしな」
「納得感あるから困るだけど」
他の男子と同様に女冒険者について語る二人。その性根が他の男子よりも正直で性欲全開な話になっているだけ。そんな男子だちを冷ややかに見ている女子はワンチャン男性冒険者が来ないかと騒いでいる。結局同じ穴の狢だった。
冒険者は危険も伴うが、その分だけ夢のある職業なだけにインフルエンサーなんかは冒険者が多い。それだけに冒険者が来るとはかなりの期待を寄せてしまう。
実際にはそこまで凄い人なんて呼べる筈もなく、卒業生から連絡の取れた者から僅かな報酬でどうにか来てもらうケースばかりだ。有名どころを呼べるコネクションを持っているのは有名な私立でダンジョンにも力を入れている学校くらい。
つまりこれだけ期待していても無駄なのだ。普通に考えて呼べるのは、うだつの上がらない底辺冒険者のみ。
それでも冒険者としての知識は持っているので知識の継承には十分だった。これをするかしないかで生存率も変わるのでどの学校も国の政策で必須授業として取り入れている。が、この冒険者ガチャは公立高校で底辺以外の当たりを引くのはかなり渋い確率と言っていい。
「まあ可愛いがどんだけか知らんから噂程じゃないかも知れへんけど」
「そもそも噂の出所は何処からだよ」
「担任やで。名前は教えてくれへんかったけど楽しみにしとれと」
「担任は知ってるのか」
この学校を卒業して有名な人なんて聞いた事が無い以上優れた冒険者ではなさそうだと読む。そうなると蔵人にとって学ぶ事はなさそうだった。
何せクラウディアの存在が世間にバレる前から蔵人はちょくちょくダンジョンに潜っている。魔法を使えば瞬殺出来る様なランクの低いダンジョンにしか潜っていないが、アイテムボックスには数年遊んで暮らせる程度の魔石のストックがあったりする。
実入りを良くするには高ランクダンジョンに潜る方が良いが、そうなると罠も出始めるので一人での探索は不向きになる。非常に面倒臭い上に罠の解除方法を知らない蔵人は能力面で既に高ランクのダンジョンに潜れる実力はあるが、罠故に誰かと組む必要があり潜れなかった。
怖いのはどちらかと言えば人間。いつ背中から襲われるか分からないだけに危険度は魔物より高く、それでいて倒す訳にもいかないので気が抜けない。
もっとも態々高ランクのダンジョンに潜るメリットも無いので罠に関してはもしもの時の参考程度には覚えておこうと考えていた。
「一体何を教えてくれるやら」
「そりゃダンジョンについてやろ?」
「実地でだから一人じゃ――」
そうでなければ現役の冒険者が来る必要は無い。もし話すだけなら怪我で引退した冒険者に小銭を渡して体験談を話させればいい。
しかしそうでないとすると冒険者が複数人来なければクラス全員を守りながらダンジョンには潜れない。それこそ少なくとも三人は……。
「――なんか凄く嫌な予感がした」
「どうしたん、風邪?」
「悪寒がするって意味ならな。まあ有り得ない話だ」
いやいやそんなまさか。ここはダンジョンじゃない。あのアイドルたちが来る理由なんて何処にもないしそれこそ二度も遭遇したんだ。今度は学校でなんて普通に考えて有り得る筈がないじゃないか。
うんきっとそうだ、と自分の中で自己完結を済ます蔵人は妙な予感を消せずにいた。一度目のガイコツのダンジョンでの遭遇はともかく、人なんて来ないだろうと考えて行ったスライムのダンジョンでのまさかの二度目の遭遇。こんな偶然が三度目もある筈がない。
何よりここは学校だ。二度あることは三度あるなんて慣用句があったとしても今ではクラウディア効果もあってあのアイドルたちは底辺から抜け出している。つまり可能性はゼロ。何も問題はない。
「なのになんでかな。いそうなんだよな…」
「蔵っちさっきから変やで?」
「気にするな」
そう気にする事ではない。普通に考えればただの杞憂だ。不必要な思考でしかないのだから無駄の一言に尽きる。
その筈なのに蔵人の中から全くと言っていい程に嫌な予感が抜けなかった。
「どの道ダンジョンには行かんとアカンし蔵っちが何考えとるか知らんけど、楽しみやと思った方が気楽ちゃう?」
「それもそうだな」
「で? どんな子がええん?」
「巨乳もありだが冒険者稼業で鍛えた身体ならスレンダーも良いな。悩ましい」
人はそこまで好きになれないが性欲は存在するだけに漢の本能には逆らえない。せっかく来るならどんな子が良いかと妄想する方が健全だ。
もはや来るのが冒険者でもデリヘル扱いになり始めたのは些細な話。
熱い議論を交わす二人だったがあっという間にその時はやってきた。
「お前らー、席に着けー」
うだつの上がらない中年男性教師による着席を促す声にダラダラと席に着き始める生徒たち。
しかしそのダラダラとした動きとは裏腹にどの生徒たちの目には期待の二文字が書かれており、気持ちはかなり昂っていた。
男子は可愛い子が来る期待を。女子はカッコいい人が来る期待を。それぞれが勝手な妄想を冒険者に押し付けながら席に着く。
「あー、お前らが期待している通り。今日は冒険者の方たちが講師としてやって来てくれた」
「「「おおっ…」」」
まるでアトラクションに乗る前の子どものようなリアクションで前のめりに喜ぶ一同は興奮が抑えられない。
蔵人にとってダンジョンはランクが低ければ金を生み出すドル箱でしかないが、生徒たちからすれば未知で危険が付きまとうアドベンチャーワールド。そんな危険地帯で活動する者たちはたとえ底辺であったとしても憧れがつく。
そんな憧れが教室前にいるとなると興奮するなと言う方が無理だった。
「いつもなら引退した講師をお呼びするのだが、運よく冒険者として活動している卒業生たちが来て下さった」
「せんせーー! その人たちは可愛いですか!」
クラスのお調子者が教師の言葉を遮って自分の欲望を忠実に伝える。
「可愛いぞ。良かったな」
「「「うぉおおおおおおおっ!!」」」
喜ぶ男子のボルテージは高まりに高まっていた。
「しかもこれ以上の経験をしている人はいないと言えるからな。しっかり教わるんだぞ。では入って下さい」
教師の入室の合図と共に開けられた扉から三人の見知った少女たちが入って来る。
「どうも初めまして。ストロベリータウンの木島未来と」
「御手洗有栖と」
「近衛詩音です」
「「「ふぉぉおおおおおおおっ!!!」」」
ボルテージはマックス。当たりも当たり、大当たりに男子のテンションは一部を除いて爆発的盛り上がりを見せていた。
その一部は当然蔵人だった。顔面に張り付く表情はホラー映画の主人公そのもの。逃げても逃げても何故か先回りしてくる幽霊でも垣間見た気分である。
「………アンチカース(ぼそっ)」
思わず呪われてるんじゃないかと自身に解呪の魔法を掛けてしまうのも仕方なかった。
しかし解呪の魔法を掛けても現実は変わらない。目の前にいるのがストロベリータウンの三人で、騒動のきっかけとなった蔵人に蘇生された者たちだった。
何故こんな所にまで? そんな疑問は直ぐに解消された。
「今日は卒業生として後輩君たちにダンジョンについていっぱい教えるよ」
そんなのありか!?
まさかのまさか。彼女たちはこの学校の生徒だった。そんな嘘のようなホントに内心眩暈を覚える。
無いわけでは無いが確率なんて恐ろしく低いだろうに見事に引き当てて愕然とする蔵人を他所にストロベリータウンの三人は笑顔でクラス中に手を振っていた。
「はい、はーーい! なんで仕事を受けたんですかー?」
今では人気も出始めたストロベリータウン。それこそこんな益にもならない営業に出るよりも写真の一枚でも撮る方がお金になる。しかしそれはあくまでも今は、でしかなかった。
「えーとね。この仕事はこうして皆んなに私たちの事が知られる前から受けてたんだよね」
木島はどうしてこの割に合わない仕事を受けたのかを説明する。
「冒険者になりたいって思っている人は一定数いると思うの。お金が欲しいとか、インフルエンサーになりたいとか動機は人それぞれだと思うんだけど軽い気持ちで入れば簡単に命を落とすんだよね」
――私たちみたいに。
それで偶然生き返れるのだから世の中何が起きるか分からない。
「だからそんな人たちが少しでも減るように立候補したんです」
「私たちなら配信とか違う事も教えられる」
三人は死を経験している。それはこの世界ではかなり希少な経験であり、だからこそ伝えられるものがあった。
「まあ最初は売名の為だったんだけどねー」
「地元だけでも私たちの事を知って貰えたらって考えてましたしね」
「結局クラウディア様騒動でいつの間にか知らない人いる? くらいにまでなったけど」
あはは、と笑う三人は先程の真剣さとは打って変わって朗らかに暴露する。
それはそうだ。三人が有名になれたのは蔵人が生き返らせたから。そうした意味では『一度死んだ』経験をしている三人はこの授業の先生にこれ以上ないくらい適しているが、時系列的に教師役を買って出る理由としては売名行為の方が本音だろう。
「でも実際死んでるからね。ちゃんとダンジョンの危険性とか色々教えるから」
「本当に死んでしまうと楽しい事も出来なくなりますから」
「慎重な方が長生きする。それは保障する」
慎重にあのガイコツのダンジョン行って死んでる人たちが何か言ってるとはけして口にしない分別は蔵人にある。思う分には自由だが。
こうして人知れず三回目の邂逅が行われた。その邂逅も気付いているのが蔵人のみであるのが救いと言えるかも知れなかった。
取り敢えず蔵人は魔法を使わないようにダンジョンの授業を乗り切ろうと考えるのだった。