過労系2 プロローグ
評価頂きありがとうございます
これは遠い遠い、とても遠い過去の記憶。
まだ蔵人どころかクラウディアとしてもかなり幼く、聖女になれば世界中の魔物を消し去り平和な世界を作れると思っていた純情だった頃。
自分には魔力がある。だけどそれだけだった。クラウディアは使い方を最初から知っていたわけじゃない。それこそ持ち合わせた膨大な魔力を持て余してしまい体調不良も何度も起こしていた。
そんな彼女を救ったのは教会に所属していた年老いたシスターだった。
「クラウディアちゃんは聖女様になれそうだねぇ」
「けほ…、せいじょ?」
寝込むクラウディアの頭を優しく撫でるシスターは持っている魔力が低くそれでいて平民だ。
「聖女様は高潔で人々の憧れなのさ。人を襲う魔物も軽々倒し、怪我をした者や病気を患った者には癒しを与える。誰にでも優しく強い。そんな凄い存在なんだよ」
だから隠しきれない願望をクラウディアに押し付けてしまう。しかしそれをクラウディアは理解していなかった。
ただシスターの願いが綺麗だった。他人の為に自身の身を削り少しでもその願いに近付こうとする姿がとても綺麗だった。何よりも自分の恩人でもあった彼女の願い。そんな願いを叶えたら喜んでくれるだろうと子どもながらに思ってしまった。
それが地獄の始まりだとは知らずに愚かにもシスターの願いを叶えようと宣言してしまう。
「わたし! せいじょになる!!」
目を輝かせ、聖女になれば皆幸せになれると妄想し、それこそ目の前のシスターのようになりたいと呪いの様に胸に刻み付けた。
クラウディアにとってシスターこそ憧れだった。身体の弱い自分に優しく見捨てない。そんなシスターはクラウディアにとって聖女になっていた。
家族なんて物心ついた時にはいなかった。気付けば田舎の教会にいて、細々とした生活を送る日々。
そんな状況であってもシスターは見捨てなかった。時には自身で狩りもして肉を得て子どもたちに分け与えたり、よく体調を崩すクラウディアの面倒を見続けた。
正に身を削り奉仕する。そんなシスターの背中を見て育ったが故にクラウディアは逃げる選択肢が己の中になく、死ぬまで聖女をやり通してしまう未来が待っている。
「そうかい。無理はするんじゃないよ」
「うん!」
子どもだから許される憧れ。実際はそんな甘いものではないと後に知ったとしても今だけは子どもらしい甘えでシスターの夢を受け継いで行く。
「私は蘇生魔法が使えないがね。治癒魔法なら使えるのさ」
そう言って転んだクラウディアの足に治癒の魔法を掛けた事もある。
「なおった!」
「だろ? これが治癒魔法さね」
「すごい!」
魔物を倒す姿もその目に焼き付けた。
「今夜は焼き鳥さ」
「デカいとり!」
「これで皆腹一杯さね。羽もそこそこ売れるさ」
こんな日々を送り続けた。シスターと同じ境遇の子どもたちとの貧しくも幸せな日々。今思えばクラウディアにとっての幸せはここが一番の全盛期。そんな幸せも終わりを迎えるのはあっという間だった。
「魔物が村に…」
「それも何十匹も来るなんて」
「もう終わりだ」
こんな田舎の村に魔法を使える者はいない。魔法を使える魔法使いはシスターしかいなかった。
「逃げないと死んでしまう」
「逃げてどうするさね。この村を捨てて食う物もなく生きられる筈がないさ」
「ならどうしろと!?」
村の存続を決める会議。しかしその内容に中身が無く、解決策を提示出来る者はいなかった。ただ一人を除いては。
「仕方ないね。私が出るよ」
「シスター?!」
しかしそれは村にとって認められるものではなかった。
何せシスターは村の要。ここでシスターを失えば今後の村の防衛、何より狩りで得た魔物の素材があって初めて行商人がやって来るような場所だ。
もしシスターを失えば防衛もままならず、行商人も来なくなる。そうなれば村自体が立ち行かなくなるので到底認められるものではなかった。
「待ってくれシスター! あんたが居なくなったらここはどうなる!?」
「はっ、馬鹿言ってんじゃないよ。そもそもここで私が出張らなきゃ終わるんだ。こんな老体にいつまでも縋ってんじゃないよ」
こんな田舎の危険地帯に派遣されるシスターは余程だ。
大前提としてここに教会なんて無かった。そこに上司の反感を買ってしまった若き日のシスターが飛ばされただけ。最初から居ない者を当てにしてる時点で間違っていた。
「思えばもう四十年かね。これでも頑張った方じゃないかい? 狩りを出来る若者を育てなかったのもあんたらの責任。私に頼り続けたのもあんたらの責任さね」
なんて無責任な、と非難を浴びるシスターだがこの性格が故に僻地に飛ばされて戻れなくなったのだ。今更そんな性根を変えれる筈がなかった。
「ふん、無責任なのはどっちさ。私の狩った魔物の収益ちょろまかして懐に入れてたのは知ってんだ。その金で武器なり防具なり買えば良いものをぜーんぶ酒にして飲み干したのは何処の誰さ?」
顔を背ける村長やその傘下。先代までは村の存続の為に色々手を尽くしていたが、その息子に代替わりしてからは自分の都合の良い様にしか生きなかった。
その尻拭いをしていたのがシスターであり、村を襲う魔物の討伐や親を亡くした子の世話など本来なら村長が率先して考えてやらねばならない事を進んで行っていた。
そんなシスターがいなくなれば自分たちが元の生活を送れる筈がない。だから村長たちは慌てる訳だが、シスターからすれば自業自得だった。
「シスターとして最後の仕事はやり切るさ。ただし条件がある。まだ幼いクラウディアさね。あの子を引き取る者が来るまでしっかり育てな」
彼らはシスターの条件を飲むしかなかった。それだけ切羽詰まっているのもあるが、シスターに逆らえばその鉄拳がどう飛ぶのかを身をもって知ってるだけに嫌と言えない。
「わ、分かった。だからこの村を守ってくれ」
「あいよ」
まるでラーメンの店主のように軽い返事で席を立ったシスターは準備する。
その背中をクラウディアは見ていた。そして確信があった。シスターは戻って来ないと。
「シスター…」
「なんだいクラウディア」
屈むシスターの服をクラウディアは掴む。
「かえってきて」
この願いはけして叶わない。どれだけ祈ろうと訪れる運命を覆せる事はない。
だけどクラウディアは祈らざるを得なかった。それだけしか自分に出来る事がない。祈り願うしかない今のクラウディアはあまりに非力だった。
「ああ、ちゃんと帰って来るよ」
シスターはクラウディアを抱きしめる。強く想いを伝えるようにただ強く抱きしめた。
「かえって、きてよ…」
「心配すんじゃないよ。魔物なら何度屠ったと思ってるんだい?」
しかしそれは一対一、もしくは多くても三体程だ。何十体と襲って来る魔物を一人で相手にした経験はシスターにない。
「安心して待ってな。私がちゃんと倒して来るからね」
だが引く訳にはいかなかった。村を守らなければならない。大事な娘を守らなければならない。
使命感なんてものではない。そこに理由なんて崇高なものはなく、ただ純粋に守りたいと思う欲がシスターを動かしていた。
「…………やだ」
ただその欲求を幼いクラウディアが飲み込むのは難しかった。
「やだよシスター。にげようよ」
「はっ、バカ言うんじゃないよ。ここで逃げたら誰が村を守るって言うんだい」
「みんなでにげたら…」
「お前より幼い子どももいるし妊娠して身重の子だっているんだ。逃げられる訳がないさね」
村の防衛を考えずに飲んだくれたアホ共はともかく、自分を慕ってくれた者たち全員が逃げるにはあまりに難しかった。
まず逃げる先が無い。交流がないでもないが、他所の村人全員を受け入れられるキャパは何処にも無い。
仮に受け入れられたとしても食糧が不足して詰む。ろくに冬も越えられず餓死するのは明白だった。
「じゃあ行って来るよ」
だからシスターは止まらない。止まれる筈もなかった。
シスターはクラウディアを名残惜しそうに離して立ち上がる。その目は覚悟を既に決めていた。
「やだ! シスター待って、待ってよ!!」
追いかけるも追い付かない。どんどん離れるシスターに必死になって足を動かそうとするも何故かその足は一切動かなかった。
「シスター! シスター!!」
手を伸ばす。己の精一杯で手を伸ばすがシスターの背中には届かない。
「シスターッ!!………あ」
蔵人は目を覚ます。
儚い過去。転生を果たして尚も縛る過去が蔵人の頬を濡らしていた。
「夢か」
あまりの懐かしさにベットから動けず呆然としてしまう。
あの時既に今のような力を持っていたらと思わずにはいられない。
そしたらきっとシスターは生きていた。地形を変える程の爆発で死体も残らない結果になんてならなかった。
せめて死体さえあれば寿命でもなければ生き返らせられるだけに僅かでも力になれていればもっと違う未来もあったんじゃないか。
全部終わったこと。シスターは死んでクラウディアも死んで。そもそも世界も違うような場所にいて何が後悔だ。今更過ぎて鼻で笑ってしまう。
「なんで今更こんな夢を…」
右腕で目を隠す蔵人はまるで昨日の事の様に思い返してしまい更に涙を流してしまうのだった。