過労系 10
蔵人は最初、この不愉快な気分になる感覚が理解出来なかった。
しかし蔵人としてでなく前世の自分であるクラウディアとして考えてみるとすんなり心に落ちた。転生している以上クラウディアはもう他人である。と、割り切れるものではなかったようだ。
この不愉快の正体。それは技術への侮辱行為にあった。
文字通り死ぬ程己の身体を酷使して使い続けた蘇生魔法。転生前の世界で最高峰の蘇生力だと自負している。
たとえどれだけ他人に貶されても、これだけは自信を持っていた。
なのにそれを言うに事欠いてゾンビ? あんな損傷した魂の入っていない死体と同列?
「私が肉体を死ぬ前と同等に回復させ、魂を固定化するのにどれほど労力を掛けていると思っている? それをまさかのゾンビ扱い。しかもその流れを誰も止めないで肯定する始末」
俺の蘇生魔法をお前らにそれはもう沸々と怒りも湧いて来る。
「SNSでトレンド入りしていたな。ゾンビだのゾンビタウンだの。これで俺は誰を生き返らせろと?」
「お、俺?」
「おっと失礼。少し間違えました」
興奮のあまり一人称が蔵人に戻ってしまったがすぐに平常心を取り戻す。この程度で『ファントム』の魔法は切れたりしないが精神面で今の自分自身が出てしまうのは仕方なかった。
「こほん。ともかく私の蘇生魔法がたとえ損傷した肉体を回復させ死ぬ前の状態に戻し、剥離した魂を肉体に固定するものであってもゾンビと変わらないと世間は言い張るのです」
・私はそんな風に思ってません!
・それは一部が言っているだけだ!俺は関係ない!
・夫を元に戻して!!
・これは激おこ
騒がれるコメントは必死に弁明や蘇生を求める声で溢れていたが、そんな薄っぺらい言葉は蔵人には届かない。
「違うと言うのなら何故私がこうして伝えるまでゾンビを否定するものが無かったので? 所詮私の蘇生魔法は不完全で無価値なのでしょう?」
どれだけ大切な人だとしても、個人の都合を押し付けられ蔑ろにされれば腹も立つ。
ましてや肝心要の蘇生魔法を事もあろうにゾンビと、蘇生の紛い物と評価されたのだ。唾を吐かれたも同義だろう。
「彼女たちのように呼吸して心臓が動き生前と同等の思考と性格で剥離しかけていた魂を元に戻して子どもだって産める状態であっても『ゾンビ』なのでしょう?」
・あんたは本物の蘇生をやってる!! だから父を生き返らせてくれ!!
・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
・違うの! 謝るから許して!!
・これは蘇生終了のお知らせ
・鬼だわ
・謝ってるんだから何とか言ってよ!!
「嫌に決まってます。が、私も鬼ではありません」
ニッコリと蔵人は微笑む。しかしその笑みは聖女ではない。これはやれるもんならやって見ろとする悪魔の笑みだ。
「蘇生魔法のようなナニカは【棺に眠りし者に目覚めの詩を。傷付きしその身に癒しの光を。外れし魂に救済の鐘を。理を崩し今ここに導きの灯火へと照らし合わさん・・・リザレクション】と魔法式を唱えて聖属性の魔力をファイアボールに必要な魔力の一万個から十万個程度を注げば発動します」
・は?
・ちょっと待って!?
・いやいやいやいや
・最低でもファイアボールを一万個分?
・あのー、俺ファイアボール出せても七個が限界なんですが?
・私魔法職でファイアボール二十個同時に出せるので自慢してるんですけど?
・無理やん
・魔石使うにしてもドラゴンクラスか?
・これは不可能
あまりにも無理難題に阿鼻叫喚となるコメントに内心でしょうね、と言葉に出さなくても同意する。
何せ聖女と呼ばれた時も、平民でありながら何故貴族たちの集まる大聖堂に入れたのはこれだ。どの貴族の魔力量を比べてもダントツで多く、それでいて魔法制御の面でも高い評価から聖女と認定された。
聖女に任命されたあの頃の自分に戻れたら全力で逃げろとアドバイスを送りたいもの。酷使されたが故に更に異常なまでの高い魔力量と制御力を身に付けたのは皮肉でしかない。
「私の蘇生魔法は死体の損壊率と経過時間で必要な魔力量が増えますし場合によっては蘇生も不可能です。魔道具も使ってませんが、これでは皆さんの求める力は無いようですので参考程度にお願いいたしますね」
・待って待って待って!!
・求めてる!凄く求めてるから!!
・え?! 魔道具使ってないの!!?
・なんでそんな意地悪言うんですか!!
・娘を生き返らせてよ!!
「無理に決まってるじゃないですか。私の魔法ではゾンビを作るのが精一杯。そう判断したのでしょう?」
・ゾンビじゃないから!
・ごめんなさいもう言いませんから
・何卒ご譲歩を!!
・幾ら積めば良いんですか!
ここまで需要と供給のバランスが最悪な状況は類を見ないだろう。必要としている者たちが世界中にいるにも関わらず蘇生魔法が使えるのは一人だけ。もしかしたら世界には他にも蘇生魔法が使える者がいるかも知れないが、ここまで騒ぎになって表に出て来ない以上いない可能性は高いだろう。
「あー、幾らですか…」
お金。それは古今東西価値の指標として扱われてきた文明の叡智。交渉を円滑に進める手段としては非常に優秀ではある。
「そうですね。仮に十億としましょうか」
・ふざけるな守銭奴!!
・払える筈がないよ!!
・人命を何だと思っているんだ! タダで蘇生しろ!!
「だいぶふざけたコメントがありますが、もしタダで蘇生したとするとそれこそ人命なんて安くなりますよ。無茶なダンジョン攻略して死んでも生き返れるとか宣うバカが現れるでしょうし」
・それはそう
・実際それは起きるね
・それでも生き返らせてよ!!
「じゃあ貴方は医者に無償で働けと言って見て下さい。私が医者ならやりませんね。そう言う事ですよ。十億は量産されるバカの歯止めです」
百円で生き返れるのなら幾らでもダンジョンに潜って無茶もするだろうが十億となれば一流の冒険者であっても尻込みする。命を軽くしないなら対価を重くするのは当然だった。
もっとも貨幣を使うには致命的な弱点が存在する。どうやってその金を受け取るかだ。キャッシュレスはもちろん論外。現金で受け取るにしても本気になれば紙幣の番号から蔵人に近付かれる可能性が十分にある。
コメント欄では一千万だの一億だのと勝手に盛り上がっているが、お金に困る生活を送っていない上に自分で安全にダンジョンでコツコツ稼げる蔵人にそこまでの価値はない。欲しい物も特にないので交渉に乗る気にならない理由だった。
「言っておきますが十億は例えでしかないですから。そもそも交渉に乗ったら私の居場所とか連絡手段がバレますしやりませんよ」
「そう言えば私たちまだクラウディア様の連絡先聞いていませんね」
すっ、と有栖がスマホを取り出す。
「教えませんよ? 助けてとか言われても困りますし」
「そこは私たちの仲!」
「どんな仲ですか、それ」
追従して詩音もスマホを取り出す。そんな事されても動じない蔵人。いや、ほんのちょっと可愛い子の連絡先は欲しいとか思ってない。思ってないったら思ってないのだ。
もっとも蘇生したさせたの間柄でしかないので仲と言われても精々バストサイズやそれぞれが持ってる特徴を知っている程度。交わした会話も知り合いの域を出ない。
ここから交流を深めてと希望が生まれなくもないが、蔵人がもっとも気にしているのは今の自分に辿り着かれる事。僅かな痕跡も残したくないだけに連絡先を交換なんて以ての外だった。
「可愛い子は好きですが面倒がセットでやって来るのでゴメンです」
「そんな事ありませんよ! ほらスマホ出してください!!」
「押しが強い」
キラキラした目で未来もスマホを取り出すも蔵人はそもそも通信機器を持って来ていない。
万が一がある。何かよく分からない技術で電波を拾われてデータを抜かれるかも。そうした過剰な心配から持って来なかったがある意味で正解。よく分からない技術ではなく単なるゴリ押しであるが、可愛い子にお願いされて気持ちが揺らいでしまうのは男の性だ。
早くここから出ないとゴリ押しに負けて何かしら渡しかねないので蔵人はここで終止符を打つ事にする。
「まあこんな形で彼女たちは私と連絡先を知りませんので騒いでも無意味です。今回はこの騒動を起こした責任を感じたのでアポなしで直接事務所にやって来ただ……おや?」
蔵人が配信を終えようとした矢先、始める前に張っておいた結界に何かが接触するの察知する。
「え、どうしました?」
「邪魔者が来ましたが丁度良いでしょう」
聖女の居場所は分かっているのだ。なら消えられる前に先に動いた方が良いに決まっていると過激な考えを持つ者たちによって襲撃を受けていた。
襲撃者たちは聖女を迎え入れたいといち早く動いた者たちが邪にも事務所を強襲しに来たが、蔵人の張った結界に足止めされてしまい攻撃を加えて破壊を試みていたが全く破壊出来ずにいたのだ。
ダンジョン外での攻撃性のあるスキルの使用や武器の使用は緊急時以外犯罪であるが、そうした面も警察関連に根回しが出来ていたりする。しかし蔵人の張った結界まで読めず悪戦苦闘していた。
そんな事務所の下の状況を察した蔵人はもう十分配信で伝わっただろうと窓際まで歩く。
「私がこうして表舞台に現れるのはこれが最初で最後でしょう。力を持つ者の義務を果たせなど言う輩がいるのは分かりますが、私はもうウンザリなのです。放っておいて下さい」
放っておきはしないだろう。だからここまで徹底して身バレを防ぐ為、クラウディアの姿を敢えて晒して日本人でしかも男だと言う事実から遠ざけられるようにした。
「それでも尚、私を捜すと言うなら構いません。もし私を見つけられたのなら条件付きではありますが蘇生魔法の一つも使いましょう」
これで蔵人まで近付けたのなら賞賛して誰にも漏らさないのを条件に蘇生魔法を使っても良いなとタカを括っていた。それだけ身バレ対策は徹底してやったと自信を持っている。
蔵人は窓を開けると風が強く吹いて顔の布がはためいてた。
布が少し鬱陶しくなり頭巾ごと外すと銀の肩まで伸びる髪が顕になる。
「「「あ…」」」
初めて見せたクラウディアの全貌に思わず見惚れる三人。それはスタッフもリスナーも同じだった。
そんな見惚れられていると知らない蔵人は空を見る。ああ、何と美しい満月かと。上ばかり見ていられたら世界は綺麗なんだろう。
しかし下を見れば力を求めて足掻く蛆虫たち。揃いの武具を着けた者たちや、高そうな一点物の武器を振り回す者。その周囲には止めるどころか結界を破ってくれと応援する始末。これ野盗と変わらないのでは?
そんな虫たちを睥睨する。これが自分に群がっているのかと思うとつくづく虫唾が走る。
「それでは私は家に帰りますね」
「ちょっ、クラウディア様ここ七階!?」
「フライ」
開けた窓から身を投げ出すと空を浮遊する。
蔵人を求めてやって来た襲撃者たちは動画でこちらの様子を見ていただけに直ぐに上を向いて蔵人に指を差す。
「聖女様降りて来て下さい!!」
「どうか話を聞いて!!」
わーわーぎゃーぎゃー、と思い思いが喋るだけに内容を聞き取るのは不可能で蔵人はただの騒音として下を眺めた。
「……SNSやコメントとは違う五月蠅さがありますね」
もはや他人事。いや、最初から他人事でしかないのだ。聖女でなくなりクラウディアとしての生を終えたあの瞬間から人の為に国の為にと働く必要性は消え去り、今の彼はただの蔵人。蘇生ばかりを求められているクラウディアとは違うのだ。
あんな人生を二度も送るほど善人ではなくなった。あんな人生を送るほど知性も欠けていない。あんな人生をもう一度送るほど神様なんて信じていなかった。
そもそも他人に何かを求めるばかりで何も提供しない奴をどうして信じられるか。下にいるのはその真逆。利を得るためなら、ああして襲撃するのも厭わない者たちばかり。
「救いようがありませんね。グラビティ」
「「「っ!?」」」
手を払う。まるで救いの手を撥ね退けるように振り払われた手はけして届かせないとする拒絶の動きは重力圧となって人々を襲う。
あたかも平伏するように膝を着く人々はそれでもと手を伸ばそうとするが、それさえも許さないと圧を強める。
「これは警告です。それでもなお私を求めるのなら、それ相応の覚悟をしなさい」
空を舞う蔵人に近付ける者はいない。そのまま宙を駆け海へと走ると【テレポート】を使い消えてしまう。
一体彼女が何者なのか。一体どんな人物であるか分からないままであったが唯一言えるのは蘇生をしてもらえる望みは薄く聖女の怒りを買っていた事実を焼き付けたのだった。