過労系 9
「【緊急】クラウディア様が配信に出るよ!!」
「わーーー始まっちゃったね!!」
「もうヤケクソだよ!!」
・待ってた!!
・本当に聖女様がいるのか!?
・早く聖女様を出せ!!
・ゾンビたちがよく前に出れたな
・やっぱりいるんじゃないかこの嘘つき!!
・どうでも良いから私の息子を生き返らせて!!
・どんな配信をするんだw
SNSで告知してからは怒涛の返信と拡散で荒れに荒れた。それこそ配信の待機場ではコメントが兎に角酷く、待機だけで十万人を超えるとんでも配信となってしまった。
事務所の一角が元々配信用に作られていただけに僅か一時間の準備も余裕で終わった。しかしながら三人の心の準備は一切出来ておらず、出て来る言葉もどうにでもなーれ、とやけっぱちな気持ちで配信している。
「それじゃあ皆が待っているクラウディア様を呼ぶよーーー!!」
「クラウディア様ーーーー!!」
叫ぶ声に合わして現れる修道服を着た顔を隠した少女。その様子にコメントが加速する。
「どうもクラウディアです」
・きちゃーーーーーー!!!
・キャー――シャベッターーーーー!!!
・聖女様助けて下さい!!
・お願いです生き返らせて!!
・我がジャイニストに是非加入を!!
・一部妖怪扱いしてて草
ストロベリータウンのファン以外は面白半分で見ているか、蔵人の力を求める声で溢れていた。しかしその声に応える義理はないと蔵人は淡々と語りだす。
「今回このように顔を出させて頂いたのは少々灸をすえるためです」
・え?
・どういう事?
・聖女様どうか俺の娘を生き返らせてくれ!!
・顔隠してるのにwww
・ひょっとしてお怒り?
「察しの良い方も居られるようですが私は怒っています。何故でしょう?」
・それよりも私の娘を生き返らせて!!
・もしかしてクラウディア様もファンか?
・ようこそこちら側へ
「クラウディア様私たちのファンなんですか?!」
「違います」
「否定が速い」
「ファンならキャーキャー言いながらサインの一つも貰ってます」
「確かに私たち一枚も書いてませんね」
打ち合わせをしているので何故蔵人が怒っているのかを知っている三人が話を進めていく。
「しかしコメントを見る限り理解出来ている者はいないみたいだね」
「とても残念。まあ私たちも言われて初めて気付いたけど」
「今もクラウディア様の怒りに油を投下してる人もいますが」
流れるコメントの速さは凄まじく、今では三十万ものリスナーがこの配信を見ており思い思いのコメントを打ち込んでいた。
大概が助けを求める声や助かってズルいと罵る声、もしくはギルドや大企業の勧誘の声。もはや蔵人の怒りに対する考察をしているのは一部だけだった。
その一部もストロベリータウンを責め立てたから、助けろの声がうるさいからと方向性の違うものばかりで真相には届かない。
「はぁ…、少しでも理解の声があると期待しましたが無駄でしたか」
ガッカリとした様を隠さずに肩を落とす蔵人はこうなると分かった上で敢えて期待した。
期待をする事でやっぱり信じるのは無意味なんだともう一度心に焼き付けるため。ある意味思惑通りの展開に失笑しながら画面を見直す。
・期待ってなんだよ
・ゾンビどもを擁護して欲しいんじゃね?w
・どうだって良いから僕の子を生き返らせてくれよ!!
・聖女様ならこんな配信せず、もっと誰かを救うのに尽力すべきだ!
自分勝手で傲慢と偏見に満ち溢れたコメント欄は人間の善性を悪意で煮詰めたように不快なものだった。
まるで自分たちは正義だと責め立てる。一人の人間であるのを忘れて助けるのが当たり前だと押し付けがましく叫び出す。
前世の時と変わらない。ああ、人とは何と醜いものなのか。あの時のような生活に戻ればそれこそ前世で味わった感謝もなく蘇生されるのが当たり前だと早くしろと罵られるのが目に見えていた。
「く、くくっ…」
「クラウディア、様?」
ああ。本当に嫌になる。何で前世の俺はこんな奴らを救っていたのか。
救うのが当たり前だと洗脳されていたのもあるのだろうが、貴族だ平民だと身分の違いも仕方ないものだったと諦めさせられていた。
しかし今はどうだろうか? 身分による差はなく、一方的に求められる言われはない。
なのにこうして救え救えとほんの少し視線を戻すだけでそうした言葉は羅列されて途切れる様子はない。
これを馬鹿馬鹿しいと言わずなんと言えば良い?
「ふ ざ け る な」
「「「っ!?」」」
声を荒げた訳ではないが、憎悪の乗った声を発した蔵人に三人は恐怖する。
・こわっ…
・……え?
・ゾクゾクしました
・っ!?
・な、なんだ
我慢の続けた蔵人だったが理解者は得られなかったと怒声を浴びせる。
「まさかここまでふざけた奴らばかりだとはな。こっちも真面目に対応する気も無くなるものだ」
「くっ、クラウディア様、その、口調がヤバいですよ?」
「おっといけない。私とした事が」
クラウディアの皮が剥がれ蔵人自身が表に出てしまうも仕方ない。
クラウディアとして生きた一生はあまりにも無味乾燥としており、今の蔵人としての生の方が色濃く生きられている。それだけに人格は蔵人寄りとなり、クラウディアであった経験はあまりにも希薄で脆くあった。
「ともかく私が何故怒りを顕にしているかの理由は三つあります」
蔵人は三と出した指を一つ折りながら応える。
「まず私は聖女ではありません。その役目はもう終えてますし今後もやる気はありません」
この聖女否定宣言にコメントは一気に蔵人を責める声が出始める。
・やる気がないってなんだ! ふざけてるのか!!
・生き返らせてよ!
・力を持つ者の義務を果たせ!!
自分勝手なコメントに動じない蔵人は全員に問い掛ける。
「なら義務とは何でしょうか? 金持ちなら全財産使って慈善事業で貧しい人を救えと? 労働者なら二十四時間三百六十五日、年がら年中働けと? 子どもなら遊ぶ事なく勉強だけする毎日を送ればいいでしょうか?」
蔵人は顔の布に手を掛けてカメラに近付くと徐にその布を上げた。
「「「っ!?」」」
『『『っ!?』』』
その顔は聖女と言う煌びやかな言葉がまるで似合わない、目元はどれだけ化粧をしようとけして隠せない重い隈が出来ており、その目は精気の無い亡霊のような瞳だった。
元が美少女なクラウディアのその目は一定の領域に達した人間には分かる。これは社畜だ。それも重度に働いた者だけが辿り着く末期のレベルの社畜だと。
「これでもなお働けと言えるのでしたら、まずご自身が試して下さい。朝はパン一切れと一本のポーション。倒れそうならその都度ポーションを飲んで夜もパンとポーションで食事を終えて一日の睡眠は一時間の生活を繰り返しても働けと言えるのでしたら蘇生させて上げましょう」
もはや絶句。あれだけ責める形で走っていたコメントも静まり、今度は同じ社畜である者たちや元社畜たちがスパチャを投げ始めた。
・【¥12,000】もう休むんだ。君は十分働いた
・【¥50,000】これ以上働く必要は何処にもない
・【¥5,200】過労ダメ絶対
本当にそんな労働をしたのかと疑問の声が上がるものの、鏡越しで見た自分の姿が画面の中にいたと共感する者たちからしたら事実かどうかは些細な事でしかない。
社畜を知る者は嘘は言わないと蔵人に共感した者が多く、この日社畜聖女がSNSでトレンド入りしたのはここだけの話。
「では次に三人に危害を加えようとした者たち。彼女たちは私の気まぐれで助けただけだと何故分からないので?」
蔵人は指をもう一つ折る。
「なのにあれですか? 彼女たちが死んだら私はもう一度蘇生しろと? それを繰り返せと? またエンドレスに蘇生させろと?」
実際三人が殺されるような事があれば蔵人は間違いなく蘇生させに行くだろう。しかしその労力を割く必要があるのは不愉快以外何物でもない。それこそ同じ人間を何度も蘇生させるなんて前世を彷彿とさせるだけに不快感は考えるだけでも苦痛でしかなかった。
「そもそも他の者に害をなしておいて私が協力するとでも? 人の事を随分と舐めてくれていますね」
普通に考えてあり得ない。人質を取るなら蘇生魔法の代わりに攻撃魔法を飛ばしている。それくらいあり得ない行為だ。
どの道愉快犯がああした書き込みをしたのであって本気ではないと理性では分かっても感情の面では許せるものではなかった。
「貴方達の思惑通りこうして表には出て来ました。それで? これだけ不快感を持っている私に何をしろと?」
・頼む、生き返らせて
「は、それでも生き返らせろと? 断るに決まってます。寧ろその蘇生させたい者の魂をチリひとつ残さずに浄化しますよ」
それでもなお生き返らせてと願う声を蔵人はばっさり切り捨てる。
たとえ死んだ者が悪くなくとも連帯責任は当然発生する。何の責任かとなると不敬罪? まあ脅迫罪くらいはあるだろう。
しかしそれは他人が決めた尺度でしかない。蔵人にとって罪となる基準は無駄かどうかだ。
「私が何度も蘇生する無駄。こうして私の時間を消費する無駄。こんな無駄が私は嫌いです。それなら寝ていた方がずっと良い」
つまり蔵人は怒りを募らせ続けていた。この時間もまた無駄であるのだから。
「本来なら私はこの炎上を無視しても良かったのです。しかしそうすれば何処ぞのバカによって私の無駄を更に増やされかねない出張るしかないですよね?」
・これはオコ
・口調優しいのに滲み出る殺意
・そらゃ怒るわ
・社畜に時間の浪費なんてケンカ売ってるようなもんだわ
もう社畜ではないのでリスナーとの解釈に若干のズレはあるが、概ね間違いではない。
ケンカを売ってくる相手の機嫌を何故考える必要があるのか。そんなもん考える暇があるなら本当に寝てた方がマシってものである。
ただの気まぐれから始まった今回の騒動であるが決定権は蔵人にこそあってその他大勢の意見で決まるものではない。
なのにそれを勘違いし騒ぎを起こし、事を大きくするから仕方なしと動いただけでここまで厚かましく蘇生を求められる。怒りはピークに達する。
「それと最後ですが」
蔵人は残りの一本の指を折る。
蔵人の中で一番に不愉快だった件。それこそ他二つはあくまでもオマケに語ったに過ぎない。何せ聖女のまま他人の為に力を使うのも無駄な労力を強いられるのも、全て諦めて逃げてしまえばいい。
SNSを見ずに過ごせば情報はシャットアウト出来てしまうし、赤の他人、それこそまるで知らない人が助けを求めようとしてもクラウディアの姿しか知らないのだから蔵人に辿り着ける筈がない。
しかし最後の一つは別だ。こればかりは許す訳にはいかない。
これを許すとなると自身のアイデンティティを踏み躙られるに等しく、言い換えれば誇りを汚されるのと同じ。
だから蔵人は配信に出た。他人のチャンネルからで、しかもSNSから特定がされないようアポを取らないで直接事務所に行く形で極力自分に繋がらないよう配慮したが。
では蔵人は何が許せなかったのか。こうして身バレの危険に身を晒してまでその怒りを曝け出したかった理由。
「私の蘇生魔法をよくも低級アンデットと同じ扱いをしてくれたな」
SNSでトレンド入りも果たしたゾンビ呼び。蔵人はこれがどうしても我慢出来なかった。