過労系 プロローグ
クラウディアは聖女であった。見目はそこそこの平凡さに平民であるクラウディアは他の聖女よりも扱いが酷く、いや訂正しよう扱いは最悪であった。
それこそ見目が絶賛された能力が平凡な聖女は何故か『奇跡の聖女』と呼ばれて王族と結婚したのに対し、クラウディアは死者を蘇生しまくる割に給金はスズメの涙。平民の十分の一も手元に入らない。
これは着服などが影響している訳だがクラウディアは気付かない。そもそも金なんぞ使ってる暇が無い程にブラックな労働を強制されている。
そんなクラウディアの一日を見てみよう。
「………」
ステンドグラスから差し込む光が神を模した像を照らし、奇跡を授けんと偉そうにしている前でクラウディアは祈りを捧げる。――否、祈りを捧げるフリをして寝ていた。
クラウディアにとってこの祈りの時こそ唯一の休憩時間であり、安らぎの時でもあった。
その時は僅か一時。もう少し寝ていたい気持ちにムチを打って目を開けると鈍い動きで立ち上がる。
まずは朝食。パンを一気に食うとポーションを流し込む。以上、とても人の食事とは言えない何かが終わる。この間は一分もあったかどうか。
「ごちそうさま……」
一応感謝の言葉を残す。ちなみに席にも座っていない。もはや立ち食いソバのように済ませるのは習慣である。ちなみに他の聖女たちは優雅に紅茶を嗜みながらサンドイッチをじっくり時間を掛けて食べている。
この差には貴族か平民かの違いがある。クラウディアはもちろん平民だった。それも聖女の中で唯一の平民。扱いがおかしくなるのも無理なかった。自分が平民だから。そして周囲の聖女たちは貴族だから。それで殆どのキツイ仕事はクラウディアに伸し掛かる。
ゆっくり食事を楽しむ聖女たちを尻目にクラウディアはもっとも過酷な労働環境へと歩みを進める。
棺桶のギッシリ敷き詰められた礼拝堂はもうその棺桶が床なんじゃないかと錯覚するレベルである。
「リザレクション」
棺桶の一つに蘇生魔法を施す。これでしばらく放置したら中の人物は目を覚まして動き出すだろう。そんなものを待っているほど暇ではないクラウディアは次々と棺桶に蘇生魔法を施していく。
すると無反応だった棺桶が続々と開いて中から人が出始める。この光景をクラウディアは何度も見ている。たった一人でそれはもう飽きる程に。
「ちっ、もっとはやく起こせよ」
「まったくだ。これだから無能な聖女はダメなんだよ」
そして罵倒までがワンセット。聖女の中には蘇生魔法そのものが使えない者もいるだけにけして無能ではないクラウディアだが、救っているのにこの仕打ちなのも身分の違いが影響している。
彼らは国に中枢を担う騎士団。そんな彼らは三男とか四男であったり妾の子であったりするものの、貴族であるのは間違いない。それでいて魔物や敵国の進行を防ぐ国の防衛を担っているだけに自尊心が強い。だから蘇生されるのも当たり前だと思い、感謝の念なんてありはしない。
「あーあ、時間を無駄にしたぜ」
「さっさとこんな陰気臭いとこ出て娼館行こうぜ」
「そうだな」
こんな朝っぱらからお盛んな事だとクラウディアは思いつつも黙々と蘇生を繰り返していく。
正直言葉だけならマシな方だった。酷ければ平気で手が出る。しかしクラウディアに蘇生しないと言う選択はない。何せこれが仕事だから。そしてそう教育されているから。
クラウディアはつくづく運が悪かった。幼い頃に聖女の適正を見出さられてしまったのがそもそもの始まり。自身に常識が身に付く前だっただけに今の環境が最悪だと気付かない。平民上がりの聖女はこうなんだと本気で信じているだけに逃げると言う選択肢が出て来ないのだ。
更に言えば逃げるだけの体力も知能もない。逃げる先が思い浮かばず結局こんな悪列な環境に居続けていた。
全ての棺桶が無くなる頃にはとっくに昼を超えていた。この程度なら早い方だ。下手をすれば夜遅くまで掛かるなんて経験もあるだけに今日はマシだと自分自身に言い聞かせる。
空腹は感じていない。魔力回復に時折飲んでいたポーションのせいで腹の中がタプタプなのだ。これもまた日常。他の聖女も蘇生に力を貸していたならポーションを過剰に飲まずに済むのだが、当然そんな奇特な者はいない。大体がサボるのに尽力している有様だ。
「次は聖水とポーションか」
クラウディアの苦悩は終わらない。
水瓶の前に立つクラウディアは魔力を井戸から汲んだ水に浸透させて行く。そして半分は聖水として分けておき、半分をポーション作成に使用する。
当然この時使用された水はクラウディア手ずから汲んだ物であり、誰も井戸に近付いていない。ポーションだって薬草の粉砕から火を起こすまで一人でやっている。
この時魔法を使えれば水も火も楽に出せるが、僅かな魔力も無駄に出来ないクラウディアにとって井戸で水を汲んだ方がマシなのだ。ってか正直蘇生魔法使い過ぎて魔法一つ使うのもしんどいのが主な理由だが。
「出来た」
聖水とポーションの作成が終わる。
「あら、やっと出来ましたの?」
「相変わらず鈍臭いですわね」
「さっさと持っていきましょう」
こうして出来た聖水とポーションだが、本来なら教会の聖女たち全員で作る物。一人で作る物ではない。
しかしそんなもの知らないとばかりに現れる聖女たちは躊躇なくクラウディアの成果を掻っ払って行く。その様は正にハイエナ。アマゾンだってもう少し優しい環境なんじゃなかろうかと言うくらい躊躇いなく持ってかれる。
が、これもクラウディアにとっては日常だった。
自分の成果を奪われるなんて当たり前過ぎて盗賊の様な掠奪もただの譲渡と認識している。
あまりに不憫なクラウディアだが、自分が不憫であると認識出来てないだけ気持ちマシなのかも知れない。なんせ結局奪われるのだから。
「もう夜か」
ご飯は当然パンとポーション。時間によってはそれさえ用意されてない時もあるので食えるだけマシだった。
「いただきます……ごちそうさま」
涙無しでは見れない食事風景も貴族たちからしたら平民なのだから当たり前としか思っていない。
「掃除しないと」
クラウディアに休息は許されない。
このアホみたいに広い大聖堂の掃除がクラウディアには待っていた。具体的に言えば通常の教会の十個分。どう見ても一人でやる量ではない。
しかしクラウディアは一人でやる。やらされるのだ。でないと僅かな食事すら罰として抜かれてしまう。
他の聖女たちが寝静まり始める頃、黙々と掃除するクラウディアは最大効率を持って掃除する。
それでも気付けば朝。まだやり切れていない箇所はあるが、それは今夜やれば良い。そう割り切らなければいつまでも掃除する羽目になる。
そうしてクラウディアは祈りと言う名の睡眠を摂り始めた。
以上がクラウディアの一日である。
普通に倒れる、ってか死ぬ。そんな環境化に身を置いたクラウディアは何とこの生活を十年もやり遂げた。
その背景に自分で作ったポーションが思いの外効果が高くて死ぬに死ねなかったのもある皮肉な話。
ただしポーションも過剰に摂取を続ければ耐性も付く。
ポーションの効果と若さで何とかカバーされていた過重労働のダメージはポーションの耐性と蓄積された疲労の方が上回り、結果としてクラウディアを死に追いやった。
しかし世間にとってはただ一人の少女が死んだだけ。国に影響なんてこれっぽちの問題も――大いにあった。
大前提としてこの国は戦争をしている。これが毎日のように新鮮な死体がアホみたいな量が送られていた原因になる。
さてそうなると見えて来るのは蘇生魔法がもっとも必要とされている状況下で国一番の蘇生魔法の使い手を失った現実。
なんせ蘇生魔法なんて使用する魔力量が多く一日に十人、下手をすれば一日に一人くらいしか発動出来ない。なのにクラウディアは一日に何十、何百と蘇生させる。
そんな事実に目を背ける、と言うか一人でそんなに蘇生させているなんて誰も思っていなかった。誰かがやってるだろうと人任せにした結果、クラウディア一人でやる羽目になっただけ。
そして王族と結婚した『奇跡の聖女』なんて呼ばれる聖女は蘇生魔法なんて出来やしない。クラウディアの成果を丸パクリした上に、自身が蘇生魔法を誰でも使えるように教えたと無茶苦茶を言った口先だけの聖女だ。
実際この十年は上手くいった。複数の聖女が蘇生魔法を使ってる体で兵隊たちは何度でも蘇生して戦場へと戻って行く。
他国からしたら小さい国ではあり得ない兵数を持った化物国家に映っただろう。
しかも大怪我くらいならポーションで復活してまた戦いに来る。そんな効き目の強いポーションなんて他国ではけして作れないのに。そんなポーションもクラウディアの作である。
ここまで言えば分かるだろう。クラウディアが失った国の末路なんてものは。
急激に兵がいなくなる軍隊。効き目の悪いポーション。前線は維持出来なくなり瞬く間に衰退する。
これも蘇生魔法があるからとゲームの駒の様に兵を扱い続けた弊害があった。当然兵たちも「どうせ死んでも蘇生する。むしろ死んだ時に出る休暇や特別手当の方が欲しいし」なんて感じで気楽に死ぬのもあったりする。
他国からは死を前提としたおぞましい戦略を打ち続けられる狂気に圧倒されていたが、その脅威も取り除かれた。
蘇生魔法を使う聖女はいない。正確にはいなくなった。なんせあまりにクラウディアに任せ過ぎて蘇生魔法そのものの精度が極端に悪くなった。
それこそ頑張って一日二人。それくらいしか蘇生が出来なくなってしまった上に蘇生魔法が出来る者自体がかなり減っていた。
だからこそ需要と供給のバランスが一気に崩壊した。
増え続ける死者に追いつかない聖女たちの蘇生。悲鳴を上げる現場はクラウディアを蘇生させてしまおうと考えた。
しかしそれも甘かった。クラウディアの死体は魔物に喰われて無くなっていたから。
この実態の裏には過労で死んだクラウディアの醜聞の悪さを嫌がった上の者と平民を蘇生させるなんてとする聖女たちの共謀によって死体は森に投棄され、無惨にも蘇生させられないレベルで食い荒らされていた。
クラウディアにとって地獄に戻らず済むだけ幸運だったが、国としては瞬く間に消えていく兵など悪魔以外何物でもない。
しかも最悪なのは蘇生も万能ではなく、肉体が腐ればそれまで。蘇生は不可能。クラウディアであれば蘇生させられる損壊もサボり続けた聖女たちに出来る筈もない。
結果として国は終わった。
かつては大国に並ばんと領土を拡大したものだが、今では属国となり十年で広げた領土は元の半分まで奪われ多額の賠償金を支払わされた。
その為に貴族たちは貴族とは名ばかりの質素倹約な生活を迫られた。
聖女たちは金策に聖水とポーションを作成する機械に成り下がった。
奇跡の聖女は王妃でありながら奇跡を偽り国を騙したとして処刑された。
クラウディアがこの顛末を聞けば、ざまぁと一つ感想も漏らしそうだが既にこの世にいない。そんな肝心のクラウディアはと言うと――
「おぎゃあっ!!」
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
今度は男としてクラウディアを酷使した国、どころか違う世界にクラウディアは転生を果たしていた。