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 神妙な面持ちのお父様と心配そうな面持ちのお母様に見送られて、わたしはデスティモナ邸に向かう。いつも生意気な口ばかりの弟達も何かを察しているのか、じっと黙っている。

 手入れが行き届かなくなって煤けた印象の屋敷に、野菜ばかりが植わった庭をぐるりと見渡す。


 つぎにこの家へ戻ってくるのは一年後。


 わたしは馬車に乗り込む前にみんなに一礼し、笑顔で手を振る。幸せいっぱいの花嫁に見えるように、心配をかけないようにと細心の注意を払う。

 馬車の扉からは先に乗り込んでいたハロルド様が手を差し伸べてくれていた。

 その手を掴んでわたしは馬車に乗り込んだ。


 馭者の掛け声に合わせて動き出した馬車は荒れた道に車輪を取られて不規則な音を鳴らす。


 こうして私は生まれ育った村を後にした。




「君の父上にも結婚の許可をいただいたよ」


 街道に戻るとまた快適な車内に戻る。ハロルド様はわたしに書類を渡した。


 書類にはわたしがハロルド様に嫁ぐことを認めるとお父様の字で一言書かれて、署名されていた。

 すぐに騙されて署名してしまうお父様にハロルド様の嘘なんて見抜けない。一筆書かせるのは容易かったに違いないわ。


「父は何か言っていましたか」

「君に社交界の初舞台(デビュタント)を踏ませることが出来ずに、ドレスを着せられなかったことを後悔していらした。婚礼の際には真っ白なドレスを着せてやってほしいと頼まれたよ」

「お父様ったら……図々しいお願いをして申し訳ありません」

「頭なんて下げる必要ない」


 ハロルド様はそう言って首を横に振る。


「本当は婚礼までゆっくりと時間をかけてドレスを仕立て、君の父上の願いを叶えて差し上げたいところだ。けれど、すぐに結婚するためにもこのまま貴族院に結婚の申請を出しに行かなくてはならない。こちらこそ慌ただしくなって、願いを叶えられずに申し訳ない」

「そんな! それこそハロルド様が頭を下げる必要なんてないわ! いま着せていただいているドレスだって素敵なドレスだもの」

「ん? そのドレスは君の着てきたものではないのか」

「……はい。妹さんがお姫様みたいにしてあげてと用意してくださったものです」


 もし、あの時にわたしがいつもの服のままだったら、契約結婚の申し出もなかったかもしれない……


 そう思うと、勝手に着せられた服なはずなのに、後ろめたい気持ちでいっぱいになる。


「ドレスやアクセサリーなど持参するようなものはないかお尋ねしたら、着ていた服が一番いい服だと伺ったが、そうか……このドレスではないんだね」

「あの、ドレスは持っていなくて、着ていた服は、その、一張羅なんですけど、裏あてだらけのワンピースなので持参するような服というわけじゃ……」

「何たることか。君に初めてのドレスを贈るという名誉ある役回りは、すでに妹に取られてしまっていたのか」


 眉を寄せた下の、心から残念そうな、その切なげな瞳にとらわれて心臓が跳ねる。


 ハロルド様は顔の作りが大ぶりだからなんでも大袈裟に見えるだけよ。仕草一つ一つにときめいていたら大変だわ。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせる。


 しばらく思案顔でわたしを見つめていたハロルド様は何か思い立ったように馬車の窓を開けると、馭者台に向かって指示をだす。


「ミザリー嬢。君に初めてのアクセサリーを贈る、名誉な役回りを俺に与えてもらえないか?」


 わたしに向き直ったハロルド様の笑顔は眩しすぎて、ときめかないのはわたしには無理な話だった。

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