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我が家の玄関ホール何個分だろう……
あまりに広い玄関ホールに、開いた口が塞がらない。
高い天井にぶら下がるシャンデリアに、はめ殺しになっている窓のステンドグラスを透過して、いろとりどりの光が反射している。
キラキラと輝く玄関ホールはまるで大きな万華鏡みたいだった。
中心で使用人に囲まれた一際背の高い人物が、私たちの足音に気が付き振り返る。
万華鏡に負けないくらい派手な顔立ちの青年は、こちらに満面の笑顔を向けて両手を広げた。
「ただいま。可愛いネリーネ!」
「ハロルドお兄様! おかえりなさい!」
美少女は隣にいるわたしのことなんて忘れてしまったかのように、勢いよく走り出す。
ハロルドお兄様と呼ばれた青年は、美少女を抱きとめると、その場をぐるぐると回った。
「もうやめて! お兄様ったら目が回るわ!」
「どうしたんだい。いつもなら『もっと回って』とねだるのに。ネリーネはお兄様が王立学園に通ってる間に嫌いになったのか?」
青年は顔の造形ひとつひとつが大ぶりなので、少し眉を顰めただけでも、まるで悲観に暮れたように見える。
「そんなわけないわ! お兄様を嫌いになるわけないじゃない! わたしだってもう十二歳よ。子供みたいな振る舞いは卒業しなくちゃいけないのよ」
そう言って頬を膨らませて拗ねる仕草は子供らしくて可愛らしい。
そうか、十二歳なのね。
そりゃ六年前のわたしだって、まだ苦労の知らない無邪気なご令嬢だった。
「じゃあ、可愛いレディ。貴女のお隣にいた美しいレディはどなたかな? 紹介していただきたいなぁ」
いたずらっ子のようにそう言うと、わたしに向かってお辞儀をした。
濃い金色の髪の毛に深い青の瞳。年齢は私と同い年くらいかしら……
顔を上げるとフワッと笑う。
華やかなのに物腰の柔らかな青年に「美しいレディ」なんて呼ばれて胸が高鳴るのを感じる。
だめよ。ときめいている場合じゃない。
青年に促されてわたしの存在を思い出した美少女が慌てて戻ってくる。
わたしに腕を絡めると胸を張り、ふんす! と鼻を鳴らした。
「こちらは、ミザリー・ファサン子爵令嬢。お兄様の花嫁ですわよ!」
さっきまで笑顔だった青年は大きな瞳がこぼれ落ちそうなくらい目を見開く。
「えっと……ネリーネ? お兄様はそんなこと初耳だなぁ。一度もお会いしたことがないし、お名前も初めて伺うよ?」
「それはそうですわ! だって、わたくしも今日初めてお会いしてお名前を伺いましたもの!」
自慢げな美少女は今度は私を見上げる。
「ミザリーお義姉様。こちらがハロルドお兄様よ。こないだ王立学園を修了されたばかりで、この春から王宮の役人になりますのよ。この伯爵家を継ぐ予定ですし、お兄様と結婚すれば将来は安泰ですわよ。まずはお二人でお話しして仲良くなっていただかないと! さぁ、お兄様エスコートなさって! この好機を物にしなくてはいけませんわ!」
そう言って美少女は強引に私たちに腕を組ませた。