後日譚4(七年後)
季節が過ぎ、お父様からの手紙を受け取ったわたしは、その足でハロルド様の元へ向かう。
予想通り子供達の部屋で本を読んでいた。
まるで舞台役者みたいに感情を込めたハロルド様の朗読が子供達は大好きだ。建国神話もハロルド様が読むと叙情にあふれる。
見ているだけで癒される親子の情景に、いまはほだされてはいけない。
「あなた。お父様から手紙が来たわ」
お父様からの手紙をハロルド様に押し付ける。
「やっと届いたんだね!」
「ボルボラ諸島における養殖真珠の加工事業と観光産業の儲け話っていったいどういうことですか」
詰問するわたしに向けて破顔するハロルド様は、悪びれる様子は微塵もない。
「ほら、ボルボラ諸島は南洋に面していて気候がいいだろ? 今までは密貿易の舞台だったから、立ち入りも制限されていたが、本来ならヴァカンスにピッタリの場所だ。ヴァカンスに集まった富裕層が夜会を開けるようなホール付きのホテルを建設して、昼間暇を持て余したやつらに真珠養殖の視察をさせて、加工品を買い付けさせるんだ」
「……ホテルやホールをお父様に建てさせるの?」
「まさか。あくまでもアクセサリー加工の工房の建設への出資と職人の派遣だけさ」
「事業計画書を見せて」
ハロルド様は子供達に「また後で」と伝えると、嬉々としてわたしの腰を抱き執務室に向かう。
見せられたホテルの事業計画書は、ヴァカンス中に社交や商談に使えるようなホールやサロンの機能が充実している。
お父様が負担するのはホテル内に開店するオーダーメイドの宝飾店の費用と、近接する工房の建設費だった。
改めて分配された真珠養殖の利益と、これから得られるであろう利益を踏まえたファサン子爵家の支払い能力ギリギリの絶妙な金額だ。
あのハロルド様が酔って泣いていた夜以降、ハロルド様とお義父様が事業の視察だなんだと言って多忙にしていた理由がわかった。
いまやヴァカンスを楽しむのは別荘を持つ貴族だけではない。
このホテルが建設されれば事業に成功した人々がこぞってボルボラ諸島にヴァカンスに出向くだろう。
気候がいいだけじゃない。悪事を働いていた貴族が占有していた密貿易の舞台だった島なんて話題も十分だもの。
「借入は五十年で返済するのね」
「言いたいことはわかってる。金で縛り付けなくてもミザリーは俺のそばにいてくれるって言うんだろう?」
わたしが事業計画書を返すと、ハロルド様はいつも通り舞台役者のように大袈裟に嘆く。
「それでもこうすれば、この後五十年間ミザリーが俺のそばいいてくれると、安心できるんだ」
「……五十年でいいの?」
ハロルド様の腕の中に絡め取られたわたしは、耳元で囁く。
「え……」
「五十年後はわたしはお婆ちゃんだわ。ハロルド様の元からいなくなっても、お婆ちゃんだから構わないのね?」
「そんなことあるわけないだろう? 死が二人を別つまでミザリーを手放す気はない。そんなことを言うのはやめてくれ」
今度はわたしの肩を掴み顔を寄せる。
目の前のハロルド様の顔からは血の気がひいていく。
「そうよね? だからもう少し借入を増やしてもらうためにお父様にはホテルの建設にも投資していただきましょう」
「そうだな」
ホッとした様子のハロルド様をわたしは見つめ続ける。
「ねぇ、ハロルド様。お義父様やお父様と相談する前にわたしに相談してください。夫婦なのに後からお父様に聞くのは寂しいわ」
「だって、ミザリーに相談したらお金を使わないようにするじゃないか」
「あら。いま、投資する金額を増やしていただきましょうと言ったばかりよ? きちんと相談してくださればわたしだって闇雲に断ったりしないわ」
「そうか」
「そうよ」
「そうか!」
ハロルド様は笑いながら、わたしを抱き上げるとぐるりと回る。
「よし! じゃあ、ミザリーの新しいドレスを作ろう! ドレス一面に、買い付けた真珠を巻き散らすんだ! ドレスに揃えて真珠のアクセサリーもたくさん作らなくちゃいけないな!」
「あなた。ごめんなさい。それは遠慮するわ……」
わたしを抱き上げたままハロルド様の眉が垂れ下がる。
寂しそうなハロルド様をわたしは優しく抱きしめた。
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クロスオーバーとか、ハイパーリンクとかスピンオフとかカメオ出演とか好きなので、同じ舞台設定を流用した作品ばかり書いています。
もしよければ他のお話もお読みいただけると嬉しいです。
▶︎ミザリーの義妹ネリーネがヒロインのお話
『社交界の毒花』と呼ばれる悪役令嬢を婚約者に押し付けられちゃったから、ギャフンといわせたいのにズキュンしちゃう件
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悲劇の公爵令嬢に婚約者の座を譲って破滅フラグを回避します! ─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど、転生先の物語がわかりません─
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