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 浴室での一悶着で、わたしの立場は使用人達に知れ渡ったはず。

 すぐにでも執事をしているというミアの父に引き渡されると思っていたのに……


 なぜか、おめかしの時間は続く。メイド達の手で香油で全身を揉みしだかれた後、鏡台に座らされていた。


 どういう事?


 鏡をじっと見つめる。いつもより色艶がいいにも関わらず、わたしは不安そうな顔をしていた。


 鏡に映るミアはわたしの髪の毛をとかしながら、ぶつぶつと呟いている。


「うなじを生かすためにも髪の毛を結い上げたいけれど、この長さだと無理ね」


 昔は長かった髪の毛も、手入れもできないからとギリギリ結うことができるくらいの長さに切ってしまった。


「コテで巻いてもいいかしら?」

「……どうぞ」


 ミアはわたしの返事を聞くや否やメイドに指示を出す。


 火鉢とコテが用意され、丁寧に髪の毛が巻かれていく。くるくると巻かれた髪の毛をピンで纏めるだけで、まるで結い上げたような仕上がりになった。


 顔だけでなく身体にも白粉がはたかれる。


「急ぎで買いに行かせたからお姫様みたいなドレスは準備できなかったけど、サイズは問題ないはずよ」


 わたしが湯浴みをしている間に使用人を走らせて買ってきたというドレスは十分豪華だった。

 手触りの良い紺色の絹生地に銀色のステッチで描かれる大小の花たち。

 絞られたウェストからボリュームたっぷりドレープが広がり、痩せぎすのわたしの身体を隠す。


 社交界に出る前に家が傾いてしまって、初舞台(デビュタント)でドレスを着る夢は叶わなかった。

 それなのに、なんで借金のかたに連れてこられたはずのお屋敷でドレスを着ているのかしら……


 わたしはミアにされるがまま身を任せ、思いを巡らせた。




 ──父は子供のわたしから見ても商才がなかった。


 お祖父様の時代、ファサン子爵家の領地は麦畑も大きくて、家業にしていた彫金の工房も活気があった。

 それなのにお父様が跡を継ぎ、真珠養殖の投機に手を出してから暗雲が立ち込めた。


 最初はこのお屋敷の主であるデスティモナ伯爵家の営む銀行から融資を受けるだけだった。屋敷や土地を担保に大口の借入をしてきた時は驚いたけれど、それでも利息だけならどうにか返せる金額だった。


 借金は減らないけれど増えることもないはずだったのに、新たな投機話にお父様はどんどんと手を出しては失敗を繰り返す。

 銀行から借りられなくなり、得体の知れない高利の貸付に手を出していた。小口にも関わらず金利が高いため、気がつけば銀行の借入よりも利息が膨らみ首が回らなくなっていた。


 わたしが社交界にデビューするときにはアクセサリーを一式作るのを任せてほしいなんて言って可愛がってくれていた彫金工房の職人達は、給金が払えずに一人二人と離れていった。

 いまは領地からのわずかな税収しか身入りがない。それだって、利息の返済だけで泡のように消えていった。


 お母様が頭を下げて生家に援助を頼み、家財など売れるものは全て売り払ってやっと高利の融資は返済にこぎつけたけれど、銀行に返すだけの体力はもう我が家には残っていなかった。


 爵位を返上して土地と屋敷を売ろう。


 家族でそう決めたはずだった。

 なのにいざとなったら爵位が惜しくなったのか、「娘を差し出すので返済を猶予してくれ」なんてお父様は言い出して、土壇場で約束を翻し、わたしを取り立ての男に押し付けて追い返してしまった。


 わたしに屋敷と土地を担保にした借入金を相殺するほどの価値はない。

 

 とにかくこの屋敷で下働きでもなんでもして、少しでも返済を延ばしてもらわないと……

 それなのにこの豪華なドレスの代金はどうしたらいいのかしら。


 バンっとまた勢いよくドアが開き、思考は中断される。


 開け放たれたドアの前には満面の笑みをたたえた美少女がふんぞり返って立っていた。


「さぁ、早く! ミザリーお義姉様、玄関ホールにいらして! もうハロルドお兄様がお戻りになっているわ!」


 美少女の号令に促されるまま、わたしは玄関ホールに向かった。

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