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 ──そして一年後。

 

 今まさに、人生で経験したことがないような激痛がわたしを襲っていた。


「やめて! 離して! 誰か助けて!」


 叫んでも助けてくれる人は誰もいない。


 激痛はまるで寄せては返す波のように、痛みが引いたと思うと再び襲うのを繰り返す。永遠に続くようなその時間をわたしは脂汗を浮かべながら耐えていた。


「逃げようったって、無駄だ!」


 目の前に立つ、大きな鋏のような器具を持った老婆が怒鳴る。逃げようにも、わたしが逃げないように両脇を大柄な女性が押さえつけていて、身動きが取れない。


 恐怖でわたしは頷いた。


 わたしを睨んでいた老婆の目がギラリと光る。


「覚悟しな!」


 ──‼︎


 その瞬間、お腹に突き刺さるような激痛が襲い、わたしは歯を食いしばった。


 うめき声が歯の隙間から漏れる。


 バシャン! という水音の後、自分の身体の一部が喪失した感覚が襲う。

 その頃にはもうわたしは痛みがわからなくなっていた。


 ──んぎゃあぁぁぁぁ!


 一瞬の静寂のあと、断末魔のような叫び声が部屋に響いた。

 わたしの身体は弛緩し、視界が白んでいく。


 長いようで短かった一年間の記憶が頭の中を駆け巡る。


 ハロルド様と契約結婚をすると約束した一年前に突如始まった、うたかたとも思える日々は、水泡がはじけるのを待つだけのようで、わたしは不安を抱え新たな日常を送りはじめた。


 あの時は、一年後、こんなことになるとは想像もしていなかった──



 ***



 ハロルド様との結婚が貴族院で認められるとすぐに、デスティモナ家の親族や取引先を集めた内うちのお披露目のパーティーが開かれることになった。


 わたしの義妹になった美少女は、わたしの前に腰に両手をあてて立つと、ふんす! と鼻息荒く気合を入れる。


「ミザリーお義姉様。よろしいかしら。このドレスはお母様もお祖母様も、そのまたお祖母様も婚礼の時に着たドレスですの。デスティモナ夫人に相応しいドレスですのよ! さあ! 早くお召し替えなさって!」


 美少女の号令に、引き連れてきた侍女とメイド達が一斉にわたしに襲い掛かる。両脇を抱えられて部屋から連れ出され、装飾華美な鏡台の前に座らされていた。


「そんな由緒あるドレス、わたしには荷が重いわ」


 乳白色のドレスは何枚もの絹生地を重ねてできている。

 刺繍がふんだんに施され、幾つもの宝石が縫い付けられていた。


 かりそめの妻であるわたしが着ていいものじゃない。


「このドレスはネリーネちゃんが大きくなったら、着ればいいと思うわ」

「ミザリーお義姉様ったら何をおっしゃるの? ハロルドお兄様がこの家を継いで伯爵になるのよ? わたくしはデスティモナ夫人になることはないわ。そっ、それとも……わたっ……わたくし、どこにもお嫁に行けないってこと……?」


 大きく見開いた瞳が潤み、はらはらと大粒の涙がこぼれる。


「そんなことないわ! こんなに可愛いネリーネちゃんですもの、社交界にデビューすれば、若い貴公子達はみんなネリーネちゃんに夢中になって結婚の申し込みが殺到するに違いないわ!」


 慌ててわたしは否定する。


「それはもちろん当たり前ですけど、でも、お父様もハロルドお兄様も、わたくしのことを宝物のように可愛がってくださるから、手放そうとしないかもしれませんわ。わたくしだってミザリーお義姉様みたいに素敵な花嫁になりたいですわ!」


 そう言って悲観にくれたネリーネちゃんはわたしの胸に飛び込んでわんわんと泣く。


 困ったわたしは、ドレスを着るのを受け入れざるを得なかった。

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