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「わたくしにお義姉さまができるなんて夢みたいだわ!」


 目の前にいる美少女はそう言って、ふんす! と鼻息を荒くする。

 真っ青な瞳がキラキラと輝くと、わたしの手をとり指を絡める。


 少女の指は傷も汚れもなく華奢で白くて細い。少し力を入れたら折れてしまいそう。白い指の先には桜貝のような小さな可愛らしい爪が並んでいる。

 自分のささくれだった指に視線を移してため息をついた。


 子爵家とは名ばかりの家で育った私──ミザリー・ファサンは、国内随一の資産家と言われているデスティモナ伯爵家の絢爛豪華な応接間で、かわいらしく着飾った美少女と対峙していた。


 金銀宝石が惜しみなく使われた、見たこともない調度品の数々に囲まれた部屋のなかで、擦り切れて裏あてだらけのみすぼらしい服装のわたしは明らかに場違い。

 それなのになぜか目の前の美少女は、わたしがこの家に嫁ぎにきたと思いこんでいる。


 誤解を解かなくちゃ。


 そう思って口を開こうとした瞬間、バンッ! と大きな音を立て扉が開く。

 あれよあれよという間に沢山のメイドたちが部屋になだれ込んできた。


「さぁみんな! お兄さまが帰ってくるまでにミザリーお義姉さまのおめかしを終わらせてちょうだい! この機会を逃したら、こんな好機は二度と現れないかもしれませんわ!」


 そう美少女が叫ぶとメイド達が一斉にわたしに襲い掛かる。両脇を抱えられて部屋から連れ出され、誤解を解きたいのに口を開く機会を奪われた。



 浴室に連れ込まれ、裏あてだらけのワンピースは脱がされる。

 目の前の白磁のバスタブにはお湯をなみなみと湛え、赤いバラの花びらが散る。

 若いメイド達が楽しそうに笑顔で歌いながら、私の身体を隅々まで海綿(スポンジ)で磨く。たっぷり泡立てられた石鹸からは花の香りが漂っていた。


「細くて羨ましいわ」


 メイド達は嫌な顔ひとつしないで痩せっぽちのわたしを褒める。この家で見かけたメイド達はみんな栄養が行き届いているのか、痩せぎすなんて一人もいない。

 日々食べることにも事欠き、いつもお腹を減らしていたわたしの身体は、あばら骨まではっきりわかる。到底女性らしさなんてなくて、羨ましい訳がない。

 虚しさから涙が溢れた。


「あらまぁ、石鹸が目にしみてしまったかしら」


 お仕着せのメイド達と異なる品の良いワンピースを着た女性がそう言って微笑む。わたしが泣いているのがメイド達に見つかる前に誤魔化してくれた。

 ミアと名乗る女性はさっきの美少女の侍女だという。わたしとあまり歳は変わらなさそうなのに随分と落ち着いていた。


「とても丁寧に洗ってもらっているもの。目に染みたりしていないわ」


 涙を指で拭って、わたしは首を振った。


「それならよかったわ。あとはタオルで拭くだけね。さぁ、みんな次の支度よ! 準備をして!」


 私に向けて穏やかに笑っていたミアは高らかにメイド達に指示を出す。年頃のメイド達はきゃらきゃらと笑い声をあげ浴室から出る。


 賑やかだった浴室は一転して静かになった。


 ミアはわたしが浴槽から出るのを待って身体を拭こうとする。


「自分でできるわ」

「えぇ。わかっているわ。でも、わたしの可愛いお嬢様に『お姫様みたいにしてあげてね』と言われてるものですから。少しお付き合いしてもらえるかしら」


 なんてこともないように言われたけれど、お姫様みたいにしてもらう理由はない。


「……お嬢様は勘違いしていらっしゃるわ」


 ミアは小首を傾げる。


「だって、わたしは親の借金の代わりに差し出されたのよ。こちらの屋敷で奴隷のように寝る間も惜しんで働いて借金の返済を猶予していただかないといけないわ」

「借金代わりの奴隷ですって?」


 わたしの言葉を聞いたミアは、怒気のはらんだ顔で睨みつけてきた。


 わたしは最初から下働きでもなんでもするつもりだったのに、勝手に嫁ぎにきたと思ったのは貴女の可愛いお嬢様だわ。


 言い返したいのをぐっと我慢する。


 ここで下働きができなければ、娼館送りになるかもしれない……

 できればそれは避けたい。


「デスティモナ伯爵家の屋敷では使用人の健康には十分配慮しております。それに我が国ではとうの昔に奴隷制度は廃止されております。デスティモナ伯爵家の屋敷で使用人に寝る間も与えず働かせるなんてことありえません! そのような発言はデスティモナ伯爵やこの屋敷で執事をしているわたしの父への侮辱にあたります。以後お気をつけくださいませ」

「へっ、あっ、はい」


 ミアの勢いに押されて、わたしは焦って間抜けな返事をすることしかできなかった。

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