俺は拾われた
意識が目覚めると俺は、電柱の下にいた。まるで酒の2日酔いのようなものだった。
「マナ酔い、なのか?」
と俺は異世界の経験則からそう思ったが、俺のマナの総量はこんなちっぽけなことですぐ切れるようなものではなかった。
マナは異世界の全ての人間に備わっているものだ。異世界で過ごしていた俺はその影響からなのか、マナを持つようになっていた。そのマナの力を使うことで、体を浮かしたり火を出すことができるのは、異世界では普通のことであると認識されている。もちろん、異世界の住人はマナをもっているものの誰もが自由自在にコントロールして扱うことはできない。扱える技量やマナの総量については人それぞれとなっている。しかし、そこまでマナを使った感覚がないのにマナ酔いに近い現象が起きているのはもしかしたら異世界とこの世界では何かが違うのかもしれない。そう思うことにした。
そんなことより、これからのことを考えなければならなかった俺はというと、電柱の下で大の字にして寝転んでいた。俺が入院していたのは東京の病院であることは聞いていたが、空中をビュンビュンしていたのでこの通りがどこの場所か全然わからなかった。人通りがあるけれど、現在はそこまで人が行き通ってはいなかった。
時刻にして夕方頃だろうか。空がオレンジ色に変わろうとしていた。俺を見る目線が痛いが、マナの影響もあって立ち上がる気力がなかった。
ネコが俺の元にやってきて、ネコパンチをされたりペロペロと俺のを頬を舐めてくれたりするとなんだか悲しくなってきた。
「お前はいいよな、可愛いと言われて、みんなに好かれて」
答えはにゃー、とだけ返ってくる。俺の言っていることがわかっているのかどうか知らないが、しばらくすると俺の元を離れていった。
「この先どうしよう」
この世界には当然ながら魔物はいない。俺がいた異世界には魔物という生物がいた。魔物を狩って生活費を稼ぐなんてことは異世界では普通だが、この世界ではできない。
25歳。
学歴中卒。
無職。
この世界で通用する俺の経歴を考えると、悲しくなった。
「そこにいられたら困るんですけど」
そう声をかけてきた女性がいた。髪の毛を赤いバンダナで巻いており首筋が見えているのが、大人っぽさを感じさせた。一方、服装はエプロンをしているものの、スッキリとしたシルエットも女性らしさを表していた。
彼女は少しむすっとした態度だった。
「ここ店の前なんでです」
彼女はとある方向に指をさした。
俺は横目でチラッと指をさされた方を向く。そこには看板で《翼酔》と書かれた居酒屋らしい建物があった。チェーンというより地元にちょこんとあるような存在感の建物だった。全体的に赤い印象な建物は昔からあると思わせるデカデカとした提灯が店の前にぶらさがっていた。
俺は少女を見て、
「そうですか」
とだけ答え、この女性がこの居酒屋の店員さんなんだろうと理解した。
「開店時間なので、店の前にいられると困るんです」
「俺も困っているんです」
「え?」
「明日の人生という名の海原に」
「何を言っているんですか」
はぁ、とため息をつく少女は俺に近づくと、
「肩貸しますから立ってください」
「ちょっと気分が悪くて」
「昼間から飲んでいたんですか?」
「マナを使いすぎて」
「は?」
すっとキョトンな声が少女から出される。
「意味のわからないことを言わないでください」
「まじまじ」
「……」
「そんな生ゴミでも見るような顔するのはやめて」
「ここの場所ゴミ置場ですから」
そう言いながら少女は俺に肩を貸してくれ、俺はなんとか立ち上がる。それでも頭がボーッとするのは変わらず、立ち上がった瞬間にて、足をもたつかせてしまう。うわっとなりそうだったが、少女が支えてくれた。おそらく、俺みたいなやつを何度も対応してきたのだろうというベテランの所作であった。
「もう、全然ダメじゃないですか」
「……マナ酔いだから仕方ないんだよ」
「はいはい、わかりました」
適当にあしらう少女。
「そんなままだったらまた倒れるじゃないですか」
と言った。まぁ、そうかもしれないと思う俺。とはいえ、適当にここで休んでいたらマナも回復すると思うので、もうしばらくここにいさせてくれと切り出そうとした時、彼女がこう言った。
「店の中で休んでいきますか?」
彼女はそう言って俺を店の中に入れてくれた。
俺は彼女に拾われたのだ。