殺人UFOキャッチャー 〜捕獲される人々〜
今日は日曜日。
日が傾いて来たので腹が空いた俺は近所のコンビニで弁当を買うため住宅地を歩いていた。
実は昨日から両親が家に帰らなくなってしまった。料理のできない俺は仕方ないのでコンビニ弁当で夕飯を済ませることにしたわけである。
住宅地の路上を歩いてると、道の真ん中で中年の男や主婦がみんな空を見上げて騒いでいた。
「何だアレは!」
「百円でプレイできるアレよ!」
「ああ……! 名前が出てこない! ほら! 学生が帰りにゲーセンで遊んでいく……! なんつったかな! ほれ! プリクラの横に並んでる奴だよ!」
「プリクラは出るんだなタケさん」
「ピンクレディーが昔歌ってたタイトルに似てる……」
「UFOキャッチャーよ!」
「そうだ! それだ! その何とかキャッチャーだ!」
「いやUFOって言ったでしょ……今あたしが……」
UFOキャッチャー?
俺は空を見上げる。
するとそこには本当にゲーセンのクレーンゲーム機にある、あの景品を掴むアームが空にポツンと浮かんでいた。
よく見るとアームを支える柱が空のさらに高い位置まで伸びており、根元は雲の中に隠れていた。
何で空にUFOキャッチャーなんかがあるんだ……?
俺はその異様な光景にポカンと口を開けてしまう。
見た感じアームのサイズは十メートルぐらいはありそうだった。かなりデカいアームだ。
みんなが空に現れた巨大な機械に騒いでいると、空に停止していたアームは予告も無しにいきなり急降下してきた。
「おい! こっちに来るぞ!」
「きゃああああ!」
「逃げろ! 潰されんぞ!」
何トンもありそうな金属製のアームが迫って来たので、路上にいる連中はみんな悲鳴を上げながら走ってその場から逃げだした。
だが開いたアームは逃げ遅れた中年男に狙いを定めたらしく、アームをしめて男の頭を掴み取った。
「うわ! やめろ!」
「タケさんッ!」
「ぐえ……!」
重量感のあるアームが万力のようなパワーでタケさんと呼ばれた男の頭部をギリギリとしめていく。
「ぐ……ぐひッ……う……」
凄まじいパワーに押し潰されてタケさんの頭がメキメキ言わせながら変形していき、タケさんは鼻血を出しながら白目を向く。
頭を潰したアームは空に向かって勢いよく戻っていき、掴まれたタケさんは上空へ連れ去られてしまった。
空を見上げると、アームは飛行機が飛んでる位置と同じぐらいのかなりの高度まで上がっている。
みんな呆然としたまま空高く上ったタケさんを下から見守っていた。
するとタケさんを掴んだアームは遥か上空で停止し、再び動き出すときにタケさんを下へと落とした。
ヒュー……。
ドガアアァアアァァァッ!
住宅地にある二階建ての屋根にタケさんの死体が直撃した。タケさんは屋根を陥没させ、家の中へめり込みながら落ちていった。
そのショッキングな瞬間を目撃した大人たちは、恐怖で言葉を失ってしまった。
そんな人間を嘲笑うかのように、タケさんを落とした巨大アームは次の獲物を狙うべく再び急降下してきた。
「わああああぁぁぁぁッ!」
「ににに、逃げろみんなあああああッ!」
路上にいた大人たちは一斉に逃げ出した。
狙おうとしていた獲物たちが散り散りに逃げて行ったため、狙う対象を悩んだアームは追うのをやめて一旦停止した。
その代わり、アームは動かずその場で立ちすくんで見ている俺へとターゲットを変更した。
殺人アームは俺の頭上から真下へ向かって一気にこちらへ落ちてきた。
「うわあッ!」
俺は地面に転がり込み、間一髪アームをかわした。転がったせいでアスファルトに思い切り肘を擦りむいた。ヒリヒリとした痛みが腕に走る。
掴みそこない空振りしたアームは、バチン! と大きな音を立てて空中でアームを閉じた。
あれに挟まれたら俺もさっきのタケさんと同じ運命になっていた。危ないとこだった!
しかし冷酷なアームはすぐさま空へと戻っていき、再び俺に向かって落下してきた。
マズい!
走れ!
俺は必死に走った。
どこに向かうべきかは考えずに、とにかくスタミナが続く限り走って走って走りまくった。
「くそ……! こんなワケの分からないモノに殺されてたまるかッ! UFOキャッチャーに掴まれて死んだんじゃ葬式でみんなの笑いものだ! 俺はぜってーあんなもんに殺されたくはねえからな!」
どれだけ走っただろうか。
気付いたら俺は町の外れにある、フェンスに囲まれた工事現場まで来ていた。
「はあ……! はあ……! 何だったんだ今のは……!」
呼吸が乱れた俺は工事現場のフェンスの前で両膝に手を置きながら空を見上げる。
「はあ……はあ……よし! 追って来てないみたいだ……! ふう……助かった……!」
俺は深呼吸をして、しばらくこの安全な場所で気持ちを落ち着かせることにした。
ここはさっきの住宅地からかなり離れた場所にある。たぶんすぐには追っては来れないはずだ。
呼吸を整えながら目の前のフェンスを見ると、そこには『工事中のため立ち入り禁止』の立て看板が置かれていた。
フェンス越しから中を見ると、そこは雑草が生えた広い空き地になっていて、五メートルぐらいの巨大な穴がぽっかりと空いていた。
確か年がら年中この空き地は工事をしているようで、誰もこの工事の目的を知らないと言うのを聞いたことがある。
まあそんなことは今はどうでもいい。
とりあえず携帯で身近な人間に今の状況を連絡して教えてやらないと。
さてどうするか。うちの親は昨日からスマホで連絡しても一向に連絡がつかない。じゃあ友人の鈴木にでも教えてやるか。あいつとは小さい頃からの腐れ縁だし。
……いや、それよりまず警察に連絡すべきか? でも警察が出たとこであんな空の化け物なんかどうすることもできないか。あれは航空自衛隊とかじゃないと対処するのは無理だ絶対に。
「よお、中岡」
突然後ろから誰かが俺に声をかけて来た。振り返るとそれは友人の鈴木だった。
鈴木は何か長い物を肩から背負い、ママチャリにまたがって俺を笑いながら見ていた。
「鈴木⁉ 今お前に連絡するつもりだったんだよ! 何でお前がここに⁉」
「ああ俺か? さっきまでそこの広場で草野球してたんだよ。で、その帰りにお前が走ってる姿が見えたからさ、気になって追いかけて来たってわけ。なあ中岡、だいぶ慌ててたみたいだけどどうしたんだ? もしかして糞でも漏れそうなのか? ははは」
「いや冗談を言ってる場合じゃねえんだよ! 聞いてくれ鈴木! さっき空からUFOキャッチャーのアームが降りて来たんだ! すでに人も死んでる! 俺もあいつに殺されるとこだったんだ!」
「あはは、そんな馬鹿な。そういや昔、お前と駅前のゲーセンでよく一緒にUFOキャッチャーしたなあ。まあ今度また久々にやりに行こうか。取れた景品、お前にやるからさ」
「いやそんな話をしてんじゃなくて!」
「あ、そうだ中岡。お前も今度一緒に草野球やろうぜ。UFOキャッチャーもいいが、たまには運動もしねえとダメだぜ」
「いや、やらねえよ草野球なんか。俺、野球道具持ってねえから」
「なら俺の金属バット貸すよ。これで暇なときに素振りの練習でもしろよ。あまり下手なやつ連れてくと他の連中がいい顔しないからな」
鈴木は背負っていた金属バットの黒いケースを俺に手渡す。
「ああ、ありがと……て! 鈴木! そんな話をしてる場合じゃねえんだよ! 本当に空にUFOキャッチャーが……!」
「悪りいな中岡。俺コンビニに買いに行く途中なんだ。ほれ、お前んちの近くのコンビニ。あそこのカルビ弁当うまいんだよな。じゃあそういうわけだから、またな中岡」
そう言って、鈴木は俺が来た道を自転車でこいで行ってしまう。
「あ! おい鈴木! そっちは危な……!」
言い終わる前に自転車に乗った鈴木は背中を向けたまま俺に手を振り、遠くへと走り去ってしまった。
「あのバカ……! ち、しゃあない、こうなりゃ携帯であいつに知らせてやるか!」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、鈴木のアドレスを探す。
そのときふと、さっき鈴木が言ったフレーズが頭をよぎった。
取れた景品、お前にやるから……。
取れた景品……取れた景品……。
景品……か。
はは。そういやまるで今の俺は、UFOキャッチャーのガラスケースに入った景品みたいな存在だよな。
んで、もし俺たち人間が景品なら、この町は実はクレーンゲーム機のケースの中で、誰かが町の外からお金を払って俺たち人間を取ろうとしている……。俺が住んでる町はそんな世界に存在してるんじゃないんだろうか。
ははは……。何言ってんだろ俺は。そんなことあるわけが……。
あれ……。
何だろ。何か引っかかるな。
俺は鈴木に渡された金属バットのケースを眺めながら考える。
……そうだ。仮に本当に俺たち人間が景品みたいな存在で、それをUFOキャッチャーが狙っているとしよう。そしたら捕まえた景品はそのあとどうなる?
俺は振り向き、目の前の工事現場を見つめる。
町の中にポッカリと空いた謎の巨大な穴。
まるでそれは景品を落とす排出口にも見える。
もしかして、あの穴の先には、俺の知らない別の世界が広がってたりするんじゃないだろうか? 考え過ぎか?
……。
……確かめてみるか。
俺は工事現場の中へ入る扉がどこかにないか探してみる。
あった。これだ。
フェンスの一部に扉が備え付けてある。
だが扉には施錠がしてあった。
「ああ、くそ……。どうにかフェンスの中に入りたいんだが……。どうするか。よし、こうなったらフェンスを登るしかないか」
俺は見上げてフェンスの天辺を見る。そこには有刺鉄線がフェンスの端から端までビッシリと張り巡らされてあった。
ちッ。よじ登るのもダメか……。
どうにか中に入る方法が他にないものか……。
そのとき、俺の周囲が大きな影に包まれて暗くなる。
見上げるとさっきの巨大アームが俺を掴もうと襲いかかって来ていた。
「わあああああああああッ!」
咄嗟に俺は鈴木にもらった金属バットのケースを両手で水平に持ち上げ、アームにかませて頭を潰されるのを防御した。
バチン!
アームは金属バットの両端を挟み、そのまま持ち上げた。
金属バットを持っていた俺は金属バットごとアームに空へと連れていかれる。
「うああああああああッ!」
空高く上がった俺は下を見る。
そこには俺の住んでる町が広がっている。
「何だッ⁉ 俺をどうする気だッ⁉ ここから落とす気かッ⁉」
俺が必死に問いかけると、アームは再び下降し、さっきの工事現場の穴へ向かっていった。
ググ、ググ、と軋む音を出しながら、アームが少しずつ揺れている。
どうやらアームは俺をあの穴へ落とすため、空中で微調整しているようだ。
その間、俺は金属バットにしがみつきながら落とされないよう必死にぶら下がる。
だがついにアームは調整が終わったらしく、アームを開いて俺を空中から真下の穴へと落とした。
「わあああああああああッ!」
俺は工事現場の巨大な穴へと落ちていく。
ドサッ!
何かクッションのようなものが下にあったらしく、俺を落下の衝撃から守ってくれた。
アームが落とした高さも低かったお陰で、俺は奇跡的に打撲程度で済んだみたいだった。
何とか真っ暗な穴の中を確認したい俺は、暗がりの中ズボンからスマホを取り出し、スマホのライト機能を使って辺りを明るくした。
「あッ!」
そこにあったものに俺は驚きを隠せず思わず声をあげてしまった。
そこにあったもの、そう、それは……。
両親の死体だった。
完
よろしければ評価お願いします。
評価に値しない話だと思いますが(笑)