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4話 大志

「タロウ!」


名前を呼ばれた気がして、あたりを見渡す。

タロウは俺の下の名前だ。

しかし、生徒も先生方も、下の名前で呼ばない。


「タロウ! 私だ! こっちを見てくれ!」


こっちと言われても、どこだろうか。

言葉の出所が分からない。

周囲には、渡辺先生と鈴木以外に誰も見当たらない。


少年のような声だ。小学5年生くらいの。

鈴木とも渡辺先生とも、声色がかけ離れている。


幻聴だろうか。

自分が思っている以上に、自分は冷静でないのか?


「私はハム吉だ! 君が飼っているハム吉だよ!」


「え……?」


ハム吉を見る。

ハム吉は二足で立ち上がっている。

いや、餌をねだるときはいつも二足だ。


「しゃべっているようには見えませんが」

口元が動いていない。


「直接、脳内に語りかけているんだ。つまりテレパシーだよ」


まん丸のつぶらな瞳でこちらを見ている。


「……ハム吉のお気に入りの野菜は?」

確かめるための質問を投げてみた。


「ニンジンだと思っているかもしれないが、本当はキャベツなんだ。君は料理に使った残りの固い部分しかあげないが、柔らかい部分は美味しくいただいている。たまには緑色の葉の部分を、ふんだんにあげてやってくれ」


ハム吉は友人から譲り受けてから、1年以上の付き合いになる。

テレパシーも人語で話しかけられたことも、今まで一度もない。


「鈴木も、ハム吉の言葉が聞こえるのか?」


「はい」


鈴木は即答した。

動揺している様子もない。

ハム吉が言う話をすでに聞いている感じすらある。


渡辺先生は、驚いた顔で固まっている。

聞くまでもなく、ハム吉の声が聞こえているようだ。


間違いない。

本物だ。

ちなみに、ハム吉が本当はキャベツの緑の部分が好きなことは分かっていた。


「タロウ! 生徒を守りたいのだろう! なら私の話を聞いてくれ! 時間がない!」


「分かった」

うなづく。

「聞かせてくれ。生徒を守れるんなら何でもやる」


こういう状況だ。

頼れるものがあるなら、ワラでもつかむ。


「じゃあ、能力を譲渡しよう」


「能力?」


「よし、移行した。君はこれから、好きに物質を発生させることができる。範囲は君の半径1メートルだ」


「え? 好きに? 物質を? なんでも?」


そんなチートな能力が存在していいのか?

それも、簡単に、秒で移行されていいのか?


「そうだよ」


「ウランでも?」


「ウランを出したら、君も被爆するよ」


「………」


鼓膜が破れそうな大きな破裂音がして、鈴木の後方、奥の廊下の壁から砂ぼこりが舞った。

砂ぼこりから緑色の肌が見え隠れする。


「来た! タロウ! 今授けた能力で化け物を倒すんだ!」


「どうやって!?」


「イメージするだけで良い!」


「わかりました!」

と返事をしたものの、何も分かってないのに等しい。


なんでも好きに物質が出せると言っても、本当に出せるのか?

そもそも、何を出したらいいかも分からない。

下手なものを出したら、俺が死ぬ。


緑の化け物がこちらを見た。

1歩目を踏み出す。

すぐに2歩目になる。


サッカー部の先生の姿が思い浮かんだ。


3歩目で俺たちは死ぬ。


「タロウ!」


もっと詳しく説明を聞きたかった。

でも何もしなかったら死ぬ。

やるしかない。


「鈴木! しゃがみなさい!」


化け物に向かって走り、鈴木を背後にする。


化け物は俺を見据え、右手を振りかぶった。

走馬燈がよぎった。

教頭先生と同じように頭をつぶされた自分の未来もよぎった。


きっと0.5秒後くらいにはそうなる。


はがね!」

言葉に出せとは言われていないが、不安すぎて言葉に出した。


鋼は、鉄に炭素を混ぜたものだ。

2%

炭素があるほど硬くなるが、多すぎるともろくなると聞いた。


硬さだけを選ぶなら、ダイヤモンドが一番硬い。

でも重要なのは重さだ。

鋼のほうがダイヤモンドより2倍も重い。


構造も形状も重要だ。

失敗はできない。

なるべくリアルに原子の姿までイメージする。


目の前が暗くなった。

真っ暗だ。

走っていたため、足が金属っぽい硬さの何かにぶつかった。

ひざが痛くて涙が流れた。


おそらく、鋼が現れた。

俺の半径1メートルは鋼に覆われている。


痛がっている場合じゃない。

このあとにものすごい衝撃がくる。

両腕で顔をガードした。


そのガードが間に合う前に、目の前の鋼の壁がぶつかってきた。

自分の腕が鼻の骨を折り曲げた。

温かい粘液性のものが鼻からだらだらと流れて出てくるのを感じた。


本当に、半径1メートル×俺の身長分+上下1メートルの長さからなるカプセル状の鋼なら、80トンはある計算になる。

それを殴って、ここまで衝撃を与えてくるか?

大型トラックだって3トンくらいだ。

大型にめいっぱい荷物を積み込んでも、25トン程度。


しかも、おそらくだが、慣性の法則が働いている。

蹴り上げた右足こそぶつけたものの、体全体はぶつかっていない。

走っている速度で向かってくる80トンに、殴りかかってこのレベル。


本当に生物なのか?


「タロウ!」


ハム吉の声が聞こえてきた。

今は分厚い鋼に覆われているせいか、まったくの無音だ。

だがハム吉の声がはっきりと聞こえた。


「モンスターの右腕が骨折したようだ! 殴るのは諦めて、左手で鋼ごと君を投げようとしている!」


「80トンを片手で? 正気ですか?」


「あいつらに正気なんてものは存在しない。ただ破壊衝動だけがプログラミングされている」


「プログラミング?」


生物に似つかわしくない単語が出てきた。


「その話はあとだ! 投げられて地面にぶつかったら、君は鋼の中でミンチになるぞ!」


確かにそうだ。

そういえば自衛隊の戦車をひっくり返していた。

戦車はたしか、50トンくらいあったはず。


「どうしたらいい?」

焦って思わずそう聞いてしまう。


「俺にも分からない! タロウのアイディアで乗り切ってくれ!」


浮遊感を感じた。

こいつ、マジで80トンを持ち上げたのか?


と思ったら、すぐに地面にたたきつけられた。

不意打ちだったから、頭をぶつけた。

頭に鈍い痛みと、目の前に星が散った。


たぶん、30㎝も持ち上げられてなかった。

それでもこれだけのダメージがある。

これ以上、この中にいるのは危険だ。


かと言ってこの鋼をなくしたら、一瞬で死ぬ。


どうする!?


ガソリンで燃やすか?

いや周りに人がいる。

爆発したら巻き添えになる。


また衝撃が襲った。

今度は大した衝撃ではないが、振動が低い除夜の鐘の音のように響いている。


「ハム吉! 今、どうなってる?」


「蹴り飛ばしている! いら立っている感じだ! 大丈夫か!?」


相手がバカで助かった。

うるさくて気が滅入るが、このまま閉じこもっていれば命に危険はない。


……いや、俺は助かっても周りが助からない。

あいつがこちらに興味を失ったら最後だ。

俺に興味を持たせなきゃ。

渡辺先生と鈴木とハム吉が死ぬ。


そうだ。

ここは機械棟。

あれを試してなかった。


「ニードル」


すぐ振動がきて、そのあと無音になった。


「タロウ! 化け物は足を抱えていたがっているようだ!」


外周10㎝を、直径5cmのトゲで覆った。

あまり厚みを薄くしたら、耐久性が下がるから。

それでも十分だ。


鋼を外す。

数分ぶりの外界に目がくらむ。



あいつの脚をみる。

トゲによる痛々しい穴が空いていた。

そこが黒く変色している。


あれが、効く。


息ができる程度に、周りを水酸化ナトリウム水溶液で覆う。

強アルカリだ。


「タロウ! 何をやっているんだ! 死ぬぞ!」


「先生!」

「危ない!」


久ぶりに鈴木と渡辺先生の声が聞こえた。


確かに。

今殴られたら死ぬ。


「こっちにきなさいバカ者!」


ハム吉の忠告を無視して、モンスターに向かって走る。

モンスターは、俺を視界にとらえた瞬間、咆哮、左手をふりかぶった。


「うおおおお!」


モンスターの叫び声が響いた。

モンスターは口から煙を出した。

そして、膝から崩れ落ち、倒れこんだ。


「どうなってるんだ!?」

渡辺先生の驚きの声が聞こえる。


「電気を借りました」


ここは工業高校。

三相300Vがある。


50Vでも人は死ぬ。

ただ生物は抵抗があるから、そんな簡単に死なない。


それを水酸化ナトリウムという電解質を使った。

ケガをさせたのも、体内に電流を流しやすくするためだ。

血液は塩分が多いから、電流を通しやすい。


「とどめをさしておきます」


怪物の上に乗る。

80トンの鋼を出した。


無防備な体は、車にひかれたカエルのようになった。


「無茶をしますね」

と渡辺先生は言った。

「自分が感電したらどうするんですか」


「空気は絶縁体ですしね。触れないようには注意してました」


「モンスターが感電するという確証もなかったでしょう?」


「鋼の外周をトゲに変えたとき、実は近くのコンセントに針を通して通電させていたんです。そのときはさすがにゴムで体の周りを覆ってましたよ」


「すごい判断力ですね……」


いや、きっともっと安全でまともなやり方があった。

使い方によっては、緑の化け物たちを掃討できるはずだ。


やってやる。

久しぶりになってしまいましたが、お読みいただきありがとうございます!

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