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練習帳

最終回

作者: くまみ

 この村にはお店もろくになくて、野山くらいしか遊ぶところがない。。

 ぼくは自然というものが苦手だった。草木やお天気や虫や獣はぼくの思った通りには動いてくれないし、かってに泥まみれになったり傷がついたりして劣化していくから。

 田舎の木造建築も、ところどころ瓦が割れている屋根も、汲み取り式の便所も、四角く詰みあがったちりがみも、壁に飾られた何かのお面も、ご先祖様の白黒写真も、何もかも気持ち悪かった。ぼくが生きている世界より少しだけ古いものたちに取り囲まれて、ぼくもだんだん古びてしまいそうだ。

 たったひとつ大好きだったのは、ラジオから流れ出る音。どこか遠くから電波に乗ってやってくる、いまいちばん新しい音楽とニュース。そこだけがキラキラしていた。ぼくは部屋のすみっこで、毛布を被って、いつもラジオを聴いていた。ぜんぜん聴き取れない英語の歌詞や、音楽の合間の洒脱なトークや、時報が鳴る直前の垢ぬけたジングルを、1秒だって聞き逃したくなかった。

 この、何もかも煤けたくだらない田舎の村で、ラジオから聴こえる音だけが本物だと思って生きていた。


   *


 その夜、おとなたちはドタバタと駆け回って、広間に集まって深刻な顔をして話し合っていた。

 ぼくは今日も毛布の中で、音をギリギリ最小にしてラジオを聴いていたので、おとなたちは部屋のすみっこに子供が紛れ込んでいることに気付いていないようだった。

 ぼくは珍しくラジオのスイッチを切った。さすがに異様な雰囲気を感じて、おとなたちの会話の方が気になってしまったのだ。


 ――言うべきだろうか。

 ――いっそ黙っていた方がましじゃないかな。

 ――知ったところでどうしようもない。

 ――せめてこどもたちは、何も知らないままのほうが――


 不穏な会話だった。ぼくはわくわくした。おとなたちが日々のどうでもいいような雑談ではなく、こんな不思議な……まるで、ときどきラジオから流れてくる詩の朗読のような口調で会話することがあるなんて。お芝居の練習か何かだろうか。それならいいな。お芝居っていうのは大抵、新しいから。

 おとなたちも、こんな真剣な声が出せるなら、普段からもっと出せばいいのに……。


   *


 ……いつのまにか、少しウトウトしていたらしい。

 目が覚めたときには、広間には誰もいなかった。それどころか、家の中のどこにも人の気配がないような気がする。台所も、居間のほうも、しんとしている。

 月明かりがぼんやりと部屋を照らしている。世界が青みを帯びていて、気温は高いはずなのに、妙に寒いような錯覚がした。

 ぼくはラジオのスイッチを入れた。音がないのは怖かった。

 ざざっ、というノイズ。手探りでチューニングを合わせようとしても、どんなにダイアルを回しても、意味のある音が拾えない。電波が悪い日というのはあったけれど、こんなに悪いのは初めてで、ぼくは何だか不安になる。

 毛布から這い出して、少しでも電波を拾いやすいように、ラジオを縁側に持っていく。場所を変えたり、高さを変えたりしながら何度も試行錯誤を繰り返すうち、ようやく人の声がする周波数を探り当てた。

「……ません、まったく……られません……」

 なにかを叫んでいるようだ。よく聴こえない。

 ラジオではなく、もっと遠くのどこかから、低い地響きが聴こえたような気がした。眼を上げると、山の向こうがほんのり明るい。花火大会でもしているんだろうか?

「いよいよ最後です……」

 ラジオからそんな声が聴こえる。大人なのに泣きそうな声だ。

 今までにない、張り詰めた気配。

「さようなら、皆さんさようなら」

 最後に聴こえたのはそんな台詞だった。

 ブツッと、何かが断絶されたような音がして、それきりラジオからはノイズしか聞こえなくなった。どうやっても二度と音楽やトークは流れてこなかった。


 ああ、最終回なんだ。


 ぼくは何だか急に納得した。

 今夜が最終回だったんだ。

 不思議と、ガッカリはしていなかった。むしろ、最後の瞬間までラジオを聴くことができたのが誇らしかった。ラジオの周りに、ぼく以外誰もいないということは、ぼくが聴いた最後の音が誰よりもいちばん新しかったということになる。ぼくは最新だ。良かった。他のみんながどこに行ったのかは知らないけれど、一緒について行かなくってほんとうによかった。

 ラジオもないどこかで、古いものに囲まれて生きるよりもずっと幸せだ。


 ――山の向こうがひときわ明るく輝く。

 なにか紫の閃光が空に広がる。

 ぼくは幸せな気持ちのまま、ラジオが最終回だった理由を考える。

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